あらたな問題
あれから一週間、俺は放課後に図書室に行っているが、山野先輩は来ていない。これ以上探しても無駄だと思って図書室から離れようとしたとき、
「あら、上杉君。ひさしぶり」
と、声がした。聞いたことのある声、振り向くとそこには本を抱えた山野先輩が立っていた。
俺の心に残っていたイメージの黒い長髪をバッサリと切り、短くしており、前はあまり気にしなかったが、スカートも折り込んで短くなっていた。そんななか、眼鏡だけは変わらなかった。
一瞬「誰ですか?」と言いそうになったくらいだ。
山野先輩を見つけた俺は図書室に入り、もう一度確認することにした。佐伯の推理、山野先輩が固定電話を使い、俺に電話かけたというのをだ。
今回は本を開いていない。視線が逃げる場所はほぼない状況だ。
「で、何のよう?」
「前のことでなんですが、山野先輩が」
「山野でいいわ。あまり堅苦しいのは嫌いなの。あと敬語もやめて」
山野は窓の外を見ながらボソッと言う。
俺は少し抵抗があるなか、眼鏡の隙間から見えるスラッとした山野の目を一度見て敬語は使わない方が身のためと考えた。
「山野さんが携帯ではなく、イエデンを使い言ったというのではということなのだが」
「推理的にはいいけど、それじゃあ子供の考えるレベルだわ。それに絵里なんて国内に何人もいるのになんで私を」
山野はため息を吐き、本に手を置いた。
「まぁこれ以上の濡れ衣を着せられたくないし、私も相手探すの手伝ってあげるわ」
「本当ですか」
「だから敬語はやめて」
「本当か。ありがとう、早速だけど」
俺はいつそいつから来るかわからないため、『絵里』という名前でそれを登録していた。そして山野にその電話番号を見せようとしたとき、
着信音が鳴った。
そこには『絵里』の二文字が出ていた。
俺が電話に出ようか迷っていると、山野は俺の携帯を盗り、電話に出た。
「もしもし山野ですが。あなたのせいでこっちは迷惑してるらしいです」
「おやおや、あなたですか。まぁあなたが着信に出ることはそこの窓から見えてましたから何の困惑もありませんよ」
向こう側で絵里がクスッ笑う。
「それに上杉君は私の言葉にただ翻弄されてるだけでしょう?あなたが何かする必要はないのですから。それと上杉君に伝えておいてください。もう時間だと」
そう言うと絵里はクスクスと笑いながら電話をきった。
山野はもう一度絵里に電話をかける。だが『お掛けになった電話番号は現在使われておりません・・・』と言われ、それ以降電話がつながることはなかった。
「・・・で『もう時間』とはどういうこと?上杉君、知ってる?」
俺は一つ、思い出したことがあった。やつが最初に言っていたこと、
『まずはあなたの友達が消えます』
「山野さん、ちょっと待ってて」
「ちょっ上杉君?」
俺はすぐに図書室から出た。そして走りながら鹿島に電話をかけた。
「もしもし!鹿島?今どこにいる?」
電話には出たようだが何も話さない。後ろで風の音が聞こえる。俺は風の音から屋外だと考え、屋上へ行った。
「待て!鹿島!」
俺は屋上のドアを蹴り開ける。思っていた通り、鹿島はそこにいた。
「なんでこんなことを・・・」
鹿島は屋上のしきりから外に出て、何センチかの縁に立っていた。今にも落ちそうだ。
「何してんだよ!はやく戻ってこいよ!」
「・・・君にはもううんざりだ。・・・」
そう言うと鹿島は
その縁から足を離した。
俺はそこから下を見た。そこには鹿島の死体が寝ていた。
俺は何もできなかった・・・
そのとき、また着信が俺のところに入る。
「もう少し階段を上るのが早ければね」
絵里だった。
「彼がどうしてこうなったか知ってる?彼はもう我慢できなくなったんだ。親からの暴行、友達の裏切り行為エトセトラ。君は確か今日、彼と何か約束があったよね?大事な大事な」
絵里は耳元でクスクスと笑う。
俺は思い出した。今日は彼の誕生日で帰りにプレゼントを買うという約束をしていたのだった。
「親は完璧に彼の誕生日なんか忘れている。いや、知らないんだよ。なぜかって?彼の本当の両親はもうこの世にいないからだよ」
昔、いや、昔っていってもまだ半年前のことか、彼の両親は車の事故により亡くなってしまい、彼はその両親の親戚に引き取られたんだ。だが、そこは彼にとって地獄だったんだ。まぁ彼が甘やかされすぎたんだけどね。
それのせいかストレスによってこんな状況になったんだよね。
「お前はいったい何者なんだ・・・何を知っている・・・」
「一つ言うとすれば人よりも優れた人間かな」
そう言うと電話はきれた。
次の日、今回の件について何の取材も集会もなかったのはどういうことなのか上杉はわからなかった。
そして鹿島の死体も消えてしまった。
上杉はあの事件があった中、悲しみを抱えながら学校に来た。もちろんあの席に鹿島はもういない。上杉、鹿島と同じクラスの生徒だけでなく先生すら鹿島が死んだことを知らない。
知っているのは上杉とあのとき見ていた私のみだろう。
さぁこのあとどうなるのかね。上杉君、君には新しい助言をしなきゃかもね。
佐伯と山野、どっちを殺すかってね。
俺はあれから考えていた。これ以上絵里に関わると今回みたいに人を失うのだろうかと。だが、無視したりなどしたらさらに怒って友達が死んでいくのではないのか。
悩みは連鎖していく。
「どうしたの?今日なんかテンション低いね」
俺が頭を抱え、悩み込んでいたときにやってきたのはいつも通りのテンションをした佐伯だった。
「・・・」
今は話せる状況ではない。それを佐伯にわかってもらいたかったのは心の中に隠した本性だ。だが、鹿島が死んだのは俺のせいもあり、佐伯は何も関係ない。
「鹿島君、どうしたんだろうね。休みの連絡も来てないって言ってたけど。サボったのかな?」
『そうじゃない。鹿島は死んだんだ』と言いたいが、声が出ない。言ってはいけないと確信しているからだ。いつかバレることだが、今言ったらクラス中がパニックになるだろう。
「・・・そろそろ授業始まるみたいだから・・・席に戻るよ・・・」
佐伯は暗い顔して席に戻った。何かに察したのだろうか。
昼休み、いつも前にいて面白い話をたくさんしてくれた鹿島はいない。こんな日は学校生活が始まってから一度もなかった。俺が休んだ日も、鹿島は電話をしてきて、今日学校であったことや明日の連絡をしてくれたくらいだ。
食べ物が喉を通らない。
「前・・・空いてる?」
そこに来たのはやはり佐伯だった。
「・・・空いてるよ」
俺は必死に涙を我慢した。
「・・・寂しいよね、一人だけの食事って」
「佐伯って・・・いつもは前原や羽山と食ってるよな」
と俺は小さな声でいった。
「たまにはね。それに上杉君が気になってさ。どうして、さっきからそんな悲しい顔をしてるのかってね」
佐伯はそう言い、箸を持った俺の手を掴む。
「隠し事はしないで、何でも言って。上杉君は何を抱えているの?何かあったの?」
次の瞬間、俺の目からは大粒の涙が落ちた。
俺はこのとき、人生で初めての"後悔"をしたのかもしれないと思った。
佐伯が俺にしたことを鹿島にすれば、今頃この事件は無く、目の前には鹿島がいただろう。
「・・・どうしたの!?」
「あとで話すよ。今はそれどころじゃないから」
どんどん涙が溢れ出てくる。
俺はそれを隠して、その場から逃げ出した。
放課後、お俺は佐伯に全てを話した。