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狐の神様

作者: きつね

離れたところから、電車の走る音が聴こえてきます。ここは大きな神社の境内の林の中。

木漏れ日の差す土の道を進むと、小さな(やしろ)が見えました。

小さな女の子は、暑さで息を切らしながら、お社のそばに何かがいることに気がつきました。

小さな男の子が仰向けで、すやすやと眠っています。


男の子は着物の格好で、葉っぱを幾重にも重ねた布団の上で、寝息もとても静かに眠っています。

でも、男の子は涙を流していました。そして、男の子には、尻尾が生えていました。

尻尾は、丸みがあってふわふわで、お煎餅のような色をしています。

女の子は、とても驚いて声を上げてしまいました。


「ひゃあ」


その声で、男の子は目を覚ましました。


「う…ん…?」


男の子は涙でぬれた目をこすりながら、目の前に人間の女の子がいることに気がつきました。


「ひゃあ」


男の子も驚いてしまいました。

女の子は、白い日除け帽に、水色のワンピース、黄色の水筒を肩にかけています。

男の子は少しだけ不安そうな目で、女の子を見上げています。

女の子は、好奇心で目をぱちぱちさせながら、男の子が自分の尻尾を抱きしめている様子を見ています。

よく見たら、耳も何か動物のもののようです。ひくひくしています。

女の子から話しかけました。


「こんにちは。麦茶、飲む?」


水筒のコップに、注ぎ口を傾けると、中の氷ががらがらと音をたてながら、麦茶で満たされていきます。


「はい。どうぞ。」

「あ…ありがとう…。」


男の子は、小さな声でお礼を言うと、黄色いコップをひとくち、ふたくちと、口と喉をうるおしました。

もう耳はひくひくしていません。女の子は続けます。


「あたし、マーコっていうの。小学一年生。

 夏休みで、お母さんと一緒に、おばあちゃんの家に遊びに来てるの。」


女の子は、背中に手を置いてにこにこしながら、男の子をうながします。


「ぼ…僕はコウリ…狐の神様…まだ子供だけど…」

「かみさまー!?」


女の子の目が輝きます。


「あ、でも、子供だから、僕が守ってるのは、この小さなお社だけなんだ。」

「ねえ!コウリちゃんは、ここにひとりなの?」


子供の神様は、みるみる顔をゆがませていきました。


「…うん…。みんな…来なくなっちゃった…。」

「みんな?コウリちゃんのお友達は、なんで来なくなっちゃったの?」


神様は、首を大きく横に振ります。


「…分からない…。いつも遊んでたから、これからも遊べると思ってたのに…。」

「ふうん。ねえ!あたし、今日から一週間おばあちゃんの家にいるから、コウリちゃんと遊ぼっか!」


神様は少しだけ驚きました。


「え!?…う、うん。」


少しだけ温かい気持ちになったのは、返事のあとになってからです。



狐の神様の子供は、神社の境内から出ることはできません。

それは、大きなお社に住む、大きな神様からのお言いつけだからです。

子供の神様は、お言いつけを守って、女の子と楽しく遊びました。

それでも、この境内はとても広く、林もあり、遊びを探すのに苦労しません。

とても暑くても、とても汗をかいても、ふたりは楽しいことに夢中でした。


いつだったか、女の子が木の根っこに、つまづいて転んだことがありました。

女の子はへっちゃらなのに、神様は慌てふためいていましたね。


また、あるときは、神様が宝物を見せてくれました。

メンコやお手玉、ベーゴマ、お菓子のシールやカード、それに、おままごとのお茶碗もありました。

女の子には見たこともないものばかりで、とても新鮮です。



女の子は、明日の朝、お母さんと帰ります。神様は、最後に女の子を林の奥へ案内しました。

夏の木漏れ日の差す、薄明るいトンネルが続きます。

出口は、すぐ見えるのですが、下り坂なので、外はまだ見えません。


トンネルを出ると、女の子は初めて、光景を見ることができました。

目の前全体に、畑や田んぼが広がって、青々としています。

足元のあぜ道は、まっすぐに伸び、つきあたった線路を電車が走ってゆきました。

今は夏ですが、秋や冬、そして春にはどのような光景となるのでしょう。

女の子は、夏の匂いと、電車の走り去る()に包まれていました。


夕方、お母さんが神社まで迎えにきました。

女の子は、お母さんのもとへかけて行くと、ぎゅっと手を握りました。

そのまま後ろを振り返ると、幼い神様が林の入口から、こちらを見つめていました。

何も話す必要はありません。女の子も同じ気持ちなのですから。お母さんに話しかけました。


「ねえ。今日もコウリちゃんと遊んだんだよ。」


お母さんも後ろを振り返りました。神様は、驚いて慌てて、近くの茂みに隠れました。

ですけど、茂みから尻尾だけが見えています。

お母さんは少し驚きましたが、すぐに優しい笑顔になりました。


「コウリちゃんと遊べてよかったわね。ねえマーコちゃん。明日の朝、お母さんのお手伝いしてもらえる?」

「うん!するー!」


翌朝。

まだ朝露(あさつゆ)の残る中、小さなお社に女の子が来ました。

そばで眠っている神様にはわるいと思いながらも、目を覚ましてもらいました。


「う…ん…?」

「コウリちゃん、起こしてごめんね。あの、これ、あたしとお母さんで作ったの。よかったら食べてね。」


見ると、両手にお皿を抱えています。

お皿には、大きさのそろったおにぎりと、大きさのばらばらなおにぎりがありました。


「あ、ありがとう…マーコちゃん…。」

「また…来るからね。」


神様は、その言葉を聞きたくありませんでした。本当に戻って来た友達は、いなかったからです。

神様は、お皿をかかえて、ただうなずくだけでした。


「また来るからね。」


もう一度、女の子は言うと、今来た道をかけて戻ってゆきました。

いつかの木の根っこのところでは、つまづいて転ぶことはありませんでした。

女の子は、最初に会ったときのワンピースを着ていました。

神様は、大きさのばらばらなおにぎりから食べました。


「マーコちゃん…でも、マーコちゃんもきっと他のみんなみたいに…。」


今度は、大きさのそろったおにぎりを食べました。


「お母さんも作ってくれたんだね…。あれ…?」


神様は、おにぎりのそばにあるものに気がつきました。手紙です。手紙はマーコちゃんから?

読んでみました。


「コウリちゃん。お久しぶりです。私がこの神社を訪れるのも、子供のころ以来になります。

 あなたには、ずっと淋しい思いをさせていましたね。本当にごめんなさい。

 あなたは神様の子供なので、大人になるのは、もっと先になるのでしょうね。

 だけど、私たちは、すぐに大人になってしまいます。マーコも。

 あなたが、今までに出会ったお友達の多くは、年を重ねて心が変わっていっただけなのです。

 でもね、あなたのこと、いつまでも忘れない人がいることも、どうか忘れないでください。

 私にとっても、マーコにとっても、きらきら光った素敵な思い出なのだから。

 コウリちゃんがいつか見せてくれた光景、今も変わらないのでしょうね。セーコより」


神様は、少し首を傾けました。


「セーコ…ちゃん…?セーコ…ちゃん…セーコちゃん!」


何かに気がつくと、お社にしまってある宝物のひとつを取り出しました。おままごとのお茶碗です。

お茶碗をひっくり返すと、子供の字で名前が書いてありました。

神様は、それを見ると、目がみるみる真っ赤になって、そしてわんわんと泣いてしまいました。


帰りの電車の中、お母さんは、マーコちゃんに話しかけました。


「ねえマーコちゃんは、大きくなってもコウリちゃんとまた遊びたい?」


女の子は答えます。


「うん!コウリちゃん好きだから、また遊びたい!ねえお母さん。

 あたしが大きくなっても、コウリちゃん、まだあそこにいてくれるかなあ?」


お母さんは答えます。


「マーコちゃんが、コウリちゃんのことを忘れないでいてくれたら、きっとまた会えるわよ。」

「うん!」


窓を開けると、夏の暑い風が入ってきました。


狐の子供の神様は、木漏れ日の差す林の中にある、小さなお社のそばで、すやすやと眠っています。

離れたところから、電車の走る音が聴こえてきます。明日も暑くなりそうです。

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