勇者木森、現る
体育祭の後、クラスの皆で打ち上げをした。
それがきっかけで、放課後皆が集まって遊ぶ事が増えた様に思う。
中心人物はもちろん白樹君。
東雲君なんかの他クラスの子が飛び入り参加する事もある。
「それじゃ、また明日」
「うん、また明日ー」
「おつー」
うちのクラスでは比較的大人しい、木森君達の草食系男子グループ(?)が挨拶して来たので、友美と二人、手を上げて返事を返す。
うんまあ、おつー、の返事が自然と出るあたり、草食って言うよりはサブカル仲間と言った方が分かりやすいと言うか。
そこへ白樹君と、いつの間にかやってきた東雲君が声をかけて来た。
「ねえねえ、僕達これから遊びに行くんだけど、一緒に行かない?」
「暇なら、って事でさ。人数多い方が盛り上がるし」
ずいぶん急ですな。いつもならお昼頃には情報回ってくるのに。
ん~、話が来る度毎回思うけど、友美が特定の誰かとデートしてない今、これも好感度上げるチャンスと言えばチャンスなんだろうから、無碍にお断りするのも悪い、…というよりもったいない…?
幸い今日はもう予定ないので、多少は時間とれるから、参加するにやぶさかでは無いのだが…。
「どうする友美?」
「う~ん、どうしよっか」
小首を傾げる友美。
かあいい…、って、萌えてる場合じゃ無くって。
ふむ、決めかねてるみたいだな。
「白樹君と東雲君の二人、って事もないよね?他に誰が行くの?」
参考意見として聞いてみる事にすると、思いもかけない規模の集団が出来上がっていることが分かった。
ちなみに今回の内訳は、白樹君を中心とする、うちのクラスで一番大きな男女混合グループと、東雲君を含めた数人の他クラス男子、それに、参加するとすればそれプラス私達、ということになる。
「結構な大所帯だね」
「わたし達もほんとに参加していいの?」
その人数の多さに、つい気後れしてしまう。
普段一緒に行動しない人達ばかりだから、余計そう感じてしまうのかもしれないけど。
…おまけに何か女子に睨まれてるような?
そうでなくてもあそこのグループの女子、ちょっと排他的なとこがあるんだよねえ。
一度行動しちゃえば白樹君が指揮を執るから、一緒に遊ぶだけならそんなに問題無いと思うんだけど。
「ね、一緒に行こうよ!」
「構わないって、な!」
東雲君が友美の腕を引き、白樹君が振り返って確認取ると、とたんに女子達の表情がにこにこと和らいだ。
……うん、分かりやすい。
「どうする?櫻ちゃん」
「真っ直ぐ帰って勉強、あるいは図書館」
「今すぐ行こう!」
勉強の2文字に東雲君が素早く反応した。
友美の腕をがっちり抱え込んで放そうとしない。…こりゃ駄目だ。
「…まあ、ただ帰るには確かに早いしね。あまり遅くならない、なったら帰る、って条件なら良いんじゃない?」
「決まりだな」
「やったあ!!」
嬉しそうに笑う白樹君と、オーバーリアクション気味にはしゃぐ東雲君を見ながら、ぼそっと呟くのを私は忘れなかった。
「(遅くなると色々、ねえ…)」
「(……だねぇ)」
返ってきた友美の小さな囁きから察するに、私達は同時に同じ事を考え、同じ方向を見て遠い目をしていた様だった。
すなわち、友美のお父さんが大騒ぎするから宥めるのに苦労する、と。
「……メールしとこうか」
「うん…」
私達は揃って溜め息を吐いた。
「篠原さん達は参加するんだ?」
「じゃ、僕等帰るね?お先ー」
その声に反応したのは友美の方が早かった。
「ねえ、皆も一緒に行かない?」
いやさ、空気読もうよ友美。
基本的にクラスの中で出来上がったグループのうち、サブカル系、ぶっちゃけオタク連中と、垢抜けてる人達の集まった、クラスを牽引する役目を担う中心グループというのは、総じて相性が宜しくないと相場が決まっているものだ。
…ああほら、向こうの人達も、えーと、って顔してるし。
「いや、僕達は遠慮しておくよ」
「篠原さんと央川さん達で楽しんで来て」
用があるから、と言わないのは、とっさに嘘吐く事が苦手だからなんだろう。
前世でやらかした記憶に思いを馳せていると、白樹君が「人数多い方が楽しいし、お前等も来いよ」と、木森君達に誘いをかけていた。
「いや、だから僕達は…」
木森君がしどろもどろにお断りの文言を口にしようとするも、
「ね、どうしても、ダメ?」
と、友美の必殺おねだりのポーズがさく裂した。
……こりゃ不安なんだな。
何度か遊んだだけの、そう仲良くもない集団にいきなり二人で乗り込もうというのだ。
その気持ちは分からなくもない。
タイミングが少し悪かったな、とも思う。
もう少し早く声をかけてくれれば女子友が残ってたんだけどな…。
白樹君も東雲君もメンバーにいるけど、良く知らない他クラスの男子だっている。
いくら友美が誰とでも親しくなれる様な、明るくて社交的な性格をしてるとは言え、気を使わずに遊べるまで仲良くなるには、やっぱりそれなりに時間がかかるものだ。
その点木森君なら信頼できるし、いくら私が一緒とは言え女子2人だけでアウェー参加するより、良く話す男子達が混ざってくれた方がよっぽど安心できるのだろう。
と、なれば、だ。
「え、えーと」
顔を見合わせた男連中に止めを刺す。
「一緒に行くけどいいよね?答えは聞いてな」
以下略。
なんだかんだぎこちなかった皆も、一緒に遊んでいるうちに気にならなくなるもので。
最初はゲーセンでちょっと遊ぶだけの筈が、人数の関係でボウリングになり、そのままカラオケになだれ込むという流れになった。
移動のその前に、トイレだけ済ませておこうと思ったのだが。
「あれ?誰もいない…?」
「櫻ちゃん、どうしたの?」
「やー、なんか、知ってる人が誰もいなくなっちゃったみたいなんだけど…」
「えーっ!?」
どういう、事なの…。
外に出て辺りを見回しても誰もいないっぽい。
どうにも置いて行かれたらしい。…って、まじか。
白樹君や東雲君達がついていたから安心しきっていたけど、これってやっぱ嫌がらせかなあ…。
女子に反感買われるのは今に始まった事じゃ無い。中学の時だってあった事だ。
幸いそれなりに対策とったおかげか、酷いいじめにはならなかったけど、それでも口きかなかったり、ひそひそと口さがない噂話をされたことはあった。
友美、可愛いからどうしても目立っちゃうんだよね。
で、男子と仲良く話してると、一部の女子がギリギリする。
体育祭でティーパーティ同好会の存在が公になってから、余計炎上しかかってる気がするなあ。
実際呼び出し何度かくらったし。……これだからイケメンは、まったく!
つか、ここまで来たら心底どうだって良いんだけど、先輩方、同好会は秘密って言ってたのにそれは良いんですか?
「どうしよう?櫻ちゃん」
「とりあえず連絡かな」
ケータイを取り出す。
こういう時この世界は本当に便利だ。
ゲームそのものの世界観なら、この状態から合流するまで、あちこちうろつき回らなければならなかっただろうから。
「とりあえず木森君に連絡取るか。白樹君にもメールしといた方が良いよね?一応主催だし」
付き合いの長い木森君はともかく、ティーパーティ1年組とはメアド交換しかしてない。
連絡の関係上3先輩とは電話番号も交換してるんだけど。
「あっ、じゃあわたし白樹くんにメール送っとくね?」
「そう?じゃ、任せた。……ねえ友美、このまま帰っちゃおうか」
気がつけば辺りはもう薄暗くなっていて、時計を確認してみれば、もう結構な時間が経っていた。
「えっ?…いいのかなあ?」
「とりあえずさ、合流できそうならしてから別れればいいし、離れてたらこのまま現地解散でどうかな?あまり遅くなるとほら、小父さんが…」
小父さん、で思い出したらしい。
納得行った様に友美が頷いた。
「そうだね。これ以上遅くなると、お父さんまた五月蠅いから」
心配かけてるこっちが悪いのは分かるんだけど、あれはちょっとねえ…。
それに、友美は気付いて無いのかもしれないけど、嫌がらせっぽく置いてかれたのに、その後さらに合流して一緒に遊ぶなんて空気の読めない事、これ以上するつもりもさせるつもりも無かった。
下手にしつこくくっ付いてって女子の反感買うより、ここは良い機会だと割り切って大人しく帰るのが正しいだろう。
帰宅希望と伝えるべく、木森君にコールしようとした時、不意に声をかけられた。
「ねえね、かーのじょたちっ、一緒遊ばない?」
「君たちか~わい~ね~、なな、これから俺達といいとこいこうぜ?」
げ、ナンパかよ。
ヤな奴等に引っかかった。
私はナンパが嫌いです。
大嫌いです。
すっごく嫌いです。
大大大大大っ嫌いです。
ちょー嫌いです。
バリ嫌いです。
激キライです。
とにかく嫌いです。
友美といると、たまに引っかかります。
歩いている途中なら、そのまま無視してどっか行くんですが、今日はうっかり足を止めていました。
……失敗です。
何故なら私は、ナンパに言い返したことが無い。
どうかわして良いのか未だに分からないからです。
「(ツッコミだけなら心の中で散々こきおろせるんだけど!)」
現状私が出来たのは、友美を後ろに庇って俯く事くらいで。
「(~~~、やっぱ怖くて顔見れない、嫌だなあ、帰りたい)」
このまま強行突破すべきなんだけど、友美が後ろでぷるぷるしてるかと思うと、足が動かなくて。
「なあなあ、行こうぜ?たのしいよぉ?」
「震えちゃってるの?か~わい~♪」
ぎい!
きめえ!
逃げたいけど、そこで万が一にもつかまってしまったら、私達にはもう逃走手段が無い。
どうしよう、帰りたい、この人達のいない所で落ち着きたい。
俯いたままぐるぐると考えていた私は、テンパるあまりに大切な事を忘れていた。
この街には勇者が存在するという事を。
「こんなとこでつったってないでさ」
「行こうぜ、全然怖い事なんてないよ、お兄さん達と楽しくやろう~」
―――!!
動いた気配に視線を上げると、男達の手がこっちに向かって伸びて来るところだった。
やば…!
「待って下さい!その人達は僕達の連れです!」
辺りに響いた勇者の声に私は、この一連の状況が木森君のイベントの流れである事に、遅まきながらやっと気が付いたのだった。
「木森くん!」
「友美ちゃん、央川さんも大丈夫?」
いつもつい名前で呼ぼうとしては苗字で呼び直す木森君が、今日ばかりはストレートに名前で呼んだ。
…でも私はあくまで苗字止まりなのねん、とぬるい目で二人を見やる。
…どーせ眼中にねえ、おモブ様ですよーだ。
「なんだよおまえは」
「達、って独りじゃねえか」
「ガキにゃ用は無いんだよ」
「かわいい女の子助けるぼくちんカッコイーってか」
木森君だけでは相手にされないようで、むしろいらつかせる結果になったようだ。
でも、
「……」
女の子2人後ろに庇って男達と対峙する木森君の横顔は、いつにもまして精悍で、頼もしく見えた。
やっぱ、こういうとこ攻略対象だなあ…。
「二人とも、皆のとこ行こう」
「う、うん」
木森君の言葉に友美が返事を返し、私も無言で頷いた。
「おい待てよ」
「無視してんじゃねえぞ、コラ」
木森君が何か反論しようとしたらしかったが、その前に頼もしい援軍が到着した。
「木森!大丈夫か!?2人は!?」
「友美ちゃん!櫻ちゃん!せいぎのひーろーただ今到着、だよっ!!」
白樹君と東雲君、それに他の子達も一緒に来たみたいだ。
「お、おい」
「…ああ」
旗色が悪いと感じたらしい男達は、お互いに合図し合う。
いつの間にか周りにはギャラリーが出来ていて、いつ警察が来てもおかしくなさそうな雰囲気だった。
「…ちっ」
舌打ち一つ残して男達はその場を離れて行く。
地味にガラの悪い連中だった。
下手に言い返さなくて良かったかも。……そもそも言い返せなかったけど。
「ごめん、あんまり役に立ってないね」
そう言って謝った木森君だったが、
「そんな事無い、すっごくカッコ良かったよ!ありがとう!」
ようやくほっとした反動か、テンションの高い友美の様子にあっという間に通常モードに戻ったらしく、おたおたしてる。
そんな彼の様子を見てたら何か笑えて来た。
「ありがとう、助かった。どうして良いか分らなかったからさ」
私も木森君にお礼を言う。
カッコ良かった、とか、見直した、とかは心の中にこっそり仕舞って。
うん、流石攻略対象、とか、どんな見直し方だっつーの。
「央川なら、しれっと抜け出すかと思ったけどな」
そう言って話の輪に入って来たのは白樹君だった。
「央川さん、ああいうナンパ苦手だから」
あ、こら木森君、勝手にバラすな。
「櫻ちゃんも女の子なんだねえ」
って、東雲君もそこでしみじみ言わない!
その後皆に、「騒ぎを大きくしてごめん、遅くなったし、私達はこのまま帰るね」と伝えた。
「そんなの気にすんなって。こっちこそ置いてってごめんな。連絡取れるから平気かと思ってた」
そう返した白樹君に、「私もだよ」と苦笑する。
「篠原さんと央川さんが帰るなら僕等もこれで」
「ちょっとした騒ぎになっちゃったけど、楽しかった。また誘ってくれると嬉しい」
木森君達のグループもここでお別れするみたいだ。
まあ、元々友美と私で引っ張りこんだんだから、当たり前と言えば当たり前か。
「今日はありがとう、それとごめんね?」
「これに懲りずにまた誘ってやって。友美喜ぶから」
「もー、櫻ちゃんもでしょ」
「あはは、じゃあな」
「まったねー!!」
口々に別れの言葉を述べて帰路に就く。
また明日ね。
帰りながら友美と話すのは、やっぱり今日のナンパ、そして木森君の事で。
普段は温厚だけど、こういう時はちゃんと男らしいよな、と、何だかほくほくした気分で思い出しながら家に帰った。
ん?あれ?そう言えば私、今回何もしてなくない?
好感度的には主人公→木森UP
たまにはこんなことも。