観月先輩とお菓子なスランプ
ツッコミどころ満載。
空条先輩との小さなお茶会から少し経ち、体育祭も近づいて学園内がざわついた雰囲気になって来たある日の事。
授業を終え、昇降口に向かっていた私達は、一部の特別教室が並ぶ1階の廊下に物凄く甘いにおいが充満しているのに気が付いた。
「……また、かな」
「また、だねえ」
原因は調理実習室。
ぶっちゃけ観月先輩だった。
どうする?行くの?行かないの?と何だか擦り付け合いの様になりながらも、ここ最近の観月先輩の様子が気になったのも事実で。
結局顔を出すことにした。
「あ、やっぱり」
「どーもです」
「やあ、君達か。今出来たばっかりなんだよ、良かったら食べて行くかい?」
邪気の無いその笑顔に、私と友美は二人して顔を見合わせる。
うあっちゃー、予想通りの展開になっちゃった…。
「ええっと…」
「というか、こういう時に一番に顔を出しそうな人がいないんですけど…」
「ああ、愉快?もう自分の取り分持ってっちゃったから、二人で分けちゃって良いよ?」
いや、二人で分けるには多すぎでしょう。
目の前に並んだお菓子は量もさることながら種類もバラバラで、1時間やそこらで作れる量だとは到底思えなかった。
「もう来ちゃったんですか、さすが東雲くんですね…」
気持ちは分かるがそこ感心するとこと違う、友美サン。
「一体何時間実習室に籠ってたんですか、先輩」
「ん~?2時間くらい?下準備して焼くだけにしてたから、そんなにかかってないよ?」
……サボり?
「えっ、2時間!?焼くだけにしても、そんな短時間でなんて…」
「友美サン、多分これだね」
床から延びたコードを指し示す。
とどのつまりは、ここにあるオーブンレンジをフル稼働させたと言う事だろう。
恐らく報酬目当てで東雲君も手伝って行った筈だ。じゃなきゃ時間の整合性が合わない。
一人でこの量ってさすがに無理だろ?
「そう言う事。で、どれ持っていくかい?どれでも良いよ?」
妙に嬉しそうに言う先輩。
何だかそういう言い方されると、まるで早く持って行けと催促されてるみたいだ。
「じゃあ、これと、……これを」
私が選んだのは色の違うマカロン3つと切り分けたチーズケーキ。
「わたしは…これとこれ、頂いても良いですか?」
友美が選んだのは桃のタルトとマンゴーのガレットだった。
選んだ直後、お互い顔を見合せて溜息をついた。
ノルマ増エマシタワー。
「ええっ!?それだけ!?もっと持って行っても良いんだよ!?」
「無理です」
「ご免なさい、先輩」
ショックを受けた様な先輩に即答で返す私達。
週2回もお茶会に参加してんのに、平日までこんなカロリーどうやって消化しろと!?
雨の中友美と二人、何処かの青春体育会系ばりに外でランニングしようとして小父さんと小母さんに止められた揚句、妥協点として週1のスポーツクラブ通いを許可して貰ったとか、それでも足んなくて帰る前にこっそり校舎とか体育館を徘徊してるとか、乙女の涙ぐましい努力にこれ以上追い打ちをかけないで下さい!
「やっぱり君達も僕の作るお菓子、飽きちゃったんだね?」
「飽きた訳ではありませんが、いくら私達でも限度ってものがあります」
しょんぼりした観月先輩の言葉に引っかかるものを感じつつ、溜息交じりにそう言えば、友美が後に続いた。
「私、先輩の作るお菓子、甘くって美味しくって大好きです。でもこんなにたくさんのお菓子、食べたくても食べきれません」
「我々乙女には体重の維持管理という、とても重大な使命と責務が課せられているんですよ」
「え、でも、ダイエットしてないって……」
「ダイエットは、です。ただでさえ定例会でカロリーが恐ろしい事になっているのに、これ以上肥えろ、と?」
「あ~、うん、…うん…」
状況を理解して頂けたようだが、それはそれとして落ち込んでしまわれたらしい。
だが、こちらも今後の生活がかかってる。ここで引くわけにはいかなかった。
私が先輩に圧力をかけていると、友美が珍しく直球で聞いて来た。
「先輩、ここのところずっと放課後、というか授業サボってまでお菓子作りしてますよね?何かあったんですか?」
その言葉に先輩は大きく溜息をついた。
「最近ね、僕の作ったお菓子あんまり評判良くないみたいでね、皆いらないって言うんだ」
すごく悲しげにそう言った先輩に、私と友美は顔を見合わせる。
評判が良くないだなんて誰が言ったんだろう。そんな噂聞いた事も無い。
「去年もね、この時期になると皆離れて行っちゃったんだよね。それまでは美味しい美味しいって食べてくれたのにさ」
「先輩…」
落ち込んだ観月先輩の様子に、心配になったのか友美が名前を呼ぶ。
ん?これってもしかして…?
心に浮かんだ懸案事項にはひとまず蓋をして、気になった事だけ確認する。
「ええと、つまり他の人たちにはもう声はかけたんですね?でもこんなに余ってしまった、と」
その言葉に先輩はこくんと首を縦に振った。
「作る前にね、クラスの女の子達には声をかけて来たんだけど、皆苦笑してたみたいだったよ。男子はそもそも甘党が限られているからね。でもその人達もちょっと、って断られちゃったよ」
あちゃー、と友美と顔を見合わせる。
「だからこうやって、毎回新しいレシピを考えては作ってるんだけど、もうどうしたらいいかちょっと分らなくなってね…」
思わず呆れた声が出た。
「そりゃ、それだけ毎日大量のお菓子出されたら誰だって飽きますよ」
「そっ、……そうかな…、飽きないようにこうやってバリエーション増やしてはいるんだけど」
そう言う問題じゃないです、先輩。
見かねたのか友美が一緒になって考え始めた。
「先輩、クリームたっぷりの洋菓子ばっかり作るでしょう?洋菓子って、例外もあるけど基本味が濃くて、脂肪と糖分が多いですよね?他の女子の人達はそれで倦厭し始めたんだと思いますよ。…う~んと、だから、例えばカロリー控えたお菓子ってどうでしょう?せめて焼き菓子じゃなくてゼリーにしてみるとか。今の時期、さっぱりしたものの方が皆食べてくれるかもしれないです」
「ゼリーか…、ババロアとかもアリかな…?でも元々オーブンで焼くお菓子が作りたくてやってたわけだし…」
友美の言葉に先輩がうなりだした。
……個別イベント「先輩のスランプ」、か。
何だか内容が“アレ”な気がするけど…。
ゲームだともうちょっと、こう、真面目な内容だった気が…。
食べてくれないからってムキになって作り倒すとか…。
いや、これだって本人にしてみれば死活問題なんだろうけど。
まあ今回は自分にも関わって来る事だから、ここは一つ私も一緒に考えてみますか。
「カロリーを気にするなら、和菓子とは行かなくても、そう言ったものを取り入れてみると言うのは?それなら椿先輩も食べやすいと思いますし」
さりげに椿先輩の名前も出してみる。
椿先輩洋菓子苦手だからな。このままだとちょっと可哀そうだし、和モノの許可が出れば、椿先輩もお茶会に参加するのがずいぶん楽になるだろう。
でも、それには観月先輩はあまり良い顔をしなかった。
「素材は大事だからね。美味しいものを作って喜んでもらうためには、そこは妥協しちゃ駄目だと思うんだ」
だからそれが原因の一環なんですって。
「気持ちはわかりますけど、高カロリー食品毎日食してたら体持ちません。他の人達もそれに気付いたのでは?」
美味しいって食べ続けて、自分の体がピンチだって気付くのがちょうどこのあたり、と。
女子なら特に、自分の体が変化したことに気付いたら容赦なくお菓子断ちするだろうな。
そんな私の発言に、観月先輩はきょとんとした顔をした。
「愉快は毎日食べてるよ?」
素かよ!?
「奴は人間の範囲外です」
「東雲くんを基準にしないで下さい!」
さっきからそんな気はしてたけど、お菓子に関しての考え方が東雲君と一緒かい。
これは血筋なんですかね。血筋ですね。(断定)
おっかしいな~、ゲームじゃここまでおかしな人じゃ無かった気がするんだけど…。
むしろメンバーの中では大人組に位置する、ほんわかしてても割と常識的なタイプの人だったと思う。
……どうしてこうなった。
「せめてクリームを豆乳仕様にするとかどうですか?」
なんとかしてこの不毛なループから脱出せねば。
そう思って代替案を出してみるも、
「癖があるだろ?」
と言われてしまった。ダメだこの人早く何とかしないと。
それと何で断定なんですか。…何か私の知らないトラウマがあるとでも言うんですか、まったくやっかいな。
「最近の豆乳、言うほどでもないですよ」
「ソイラテ美味しいです」
友美と2人で畳み掛ける。
さらに友美が追撃をかけた。
「“真の職人は材料にこだわらない”とか、…どうでしょう?」
言っている途中で恥ずかしくなったのか、受け売りですが、とはにかみながら言う。
それって、友美のお父さんのモットーじゃ無いか。
と言うか、今この状況でそのセリフって…。
「そ、そうかな?そういう、ものか…。うん、参考にしてみるよ」
その一言に、観月先輩は憑き物でも落ちたかの様に急にさっぱりした表情を見せた。
うわあ、さすが主人公効果。
言霊使いかよ、ってくらい一言で状況ひっくり返しちゃった。
…ん?あれ?もしかして私ったら空気?
ま、いいや。何はともあれイベント回収無事成功、かな?
「あ、そうだ」
参考と聞いてちょっと思いついたので、カバンの中から紙袋を取り出し、がさごそと封を開ける。
取り出したのは…、
てれててっててー、イケメンパティシエが主人公の少女漫画~!
「……」
「……」
「し、仕方ないじゃん!うっかり仕舞ったまま持ってきちゃったんだもん!その証拠に開封して無かったでしょ!?」
二人の冷たい目線に慌てて弁解する。
さすがに私でも漫画本持ち込んだりしないよ!普段なら…。
「ま、それはいいとして、それは?」
「あ~、まあ見ての通り少女漫画の類です。先輩が普段参考にする物がどんな物なのか分りませんが、こう言った本を参考にする事はあまり無いんじゃないかと。たまには自分の頭の中からひねり出した新作ってだけじゃなく、誰かが造ったものを再現するって言うのはどうでしょう。何か思いもよらないアイディアが出てくるかもしれませんし?単純に…これとかこれとか、再現出来たら先輩尊敬します」
パラパラと軽くめくって、美味しそうなお菓子のイラストが乗ってる部分を探しては指し示す。
この漫画結構人気あるから、対女子の人気回復手段としてはアリだと思うんだよね。
「これかあ…。よし、とりあえずこの本買ってきて…」
「それくらい貸しますよ。レンタル2週間で」
先輩が少女漫画買いに行くって面白そう、げふん、機会もそうないと思うけどね。
これくらいなら貸しますよ。
「ありがとう、助かるよ。この歳で少女漫画はさすがに勇気いるからね」
苦笑したあたり、結構な決意で本屋に臨もうとしていたらしい。
お役に立てて何よりです。
「完成したら味見させて下さいね?」
「わたしも食べてみたいです!」
二人の言葉に先輩が笑顔を見せた。
「もちろんだよ」
良かった、スランプ脱出来たみたいで。
お片付けを手伝って、一緒に校門を目指す。
大量のお菓子は3人で配り歩くとあっという間に無くなった。
部活で残ってる人達がいてくれて良かったよ。
先生方や事務職員、学年の違う3年、あるいは1年の中には観月先輩のお菓子の話を知らない人達がいたので、その人達を中心に売れて行った。
体育会系の上級生の中にはあまり良い顔をしなかった人たちもいたけど、仕方ないね。
「やっぱり先輩、パティシエ目指すんですか?」
並んで歩いていると、友美が先輩にそんな事を聞いてきた。
「まだ、考え中だけどね」
少しさびしそうな表情。
先輩は親に強く反対されたから、専門学校じゃ無くてこの学園に入ったんだよね。
この先に続く観月先輩シナリオを思い浮かべ、老婆心ながらささやかなアドバイスをする事にした。
「友美のお父さんに認められるくらいになったら許可出るかもしれませんよ?友美のお父さんは味王様だから」
「味王?」
きょとんとされた。あ、この名前通じないのか。
一方の友美は、「何でバラすの~!!」と人をぽかぽか叩いてくる。
いや、痛いけど可愛いって。
「言い方が悪かったですね、要するに友美のお父様は、美食評論家の中でも結構発言力のある有名な方だという事です。もちろん甘い物にも造詣が深いというのは、彼女を見れば分かるかと思いますが」
「へえ、そんなにすごい人だったのか」
「もうっ、もうっ、櫻ちゃんたら!」
照れるなって。
身内を盛大に持ち上げられて恥ずかしがる友美マジ可愛い。
「なるほど、挑戦しがいはありそうだね。うん、頑張ってみる」
観月先輩ルート最大の障害が何を隠そう友美のお父さん、あの名物親父なのだ。
大きなコンクールに出場し、あの小父さんをぎゃふん(古い表現で失礼)と言わせられれば、友美との交際が許可される、というのが当ルートの主軸となる。
まあ、このルートになるかどうかは現時点でいまだ未知数だが。
現時点では先輩と小父さんの間に直接的な接点は無いが、何か心に触れる物があったのかもしれない。
さっきまでとは違い、何だかきりっとした表情をしている様に見える。
この話をしたことで、先輩の越えるべき大きな目標になって、その事で成長出来たりモチベーション上げる役割が出来たりすると良いのだが。
さて、どうなるかな?