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エピローグ


唯一の第3者視点。


「あの、一つだけ、お願いしたい事があるんです」

「何だ?一つと言わず言ってみろ、出来る事なら何だって叶えてやる」

 その日の明日葉先輩は、とても上機嫌だった。

 だったらなおさら、今のうちに言っておかなきゃ。

 篠原友美は決意を胸に、両手の拳を胸の前でぎゅっと握りしめた。


「そんなに甘やかして貰わなくても結構です、って、いつも言ってるじゃないですかっ、もうっ、……その、実は、櫻ちゃんの事なんです」

 

『央川櫻』、彼女は『篠原友美』の一番の親友だ。

 幼い頃出会い、そしてすぐに仲良くなった。

 当時、まだ親しい友人のいなかった友美を心配した篠原父がその事を知ってすぐ、都内から彼女の住む街に引っ越しを決めた事で、2人の関係は現在に至るまで強固な絆で結ばれ続けている。



 櫻が自分の為にどれだけ親身になってくれたか知っている。

 そのせいで、櫻の身を危険に晒してしまった事さえもあった。

 それでも彼女は、何も持たないこんな自分の為に、これからも一途に尽くそうとするだろう。

 事実バレンタインデーの時にだって……。


 ならば、自分も彼女を守りたい。

 たとえ自分自身には何の力もなかったとしても、彼女の為に出来る事があるのならば。

 いつか彼女(あのこ)が言った『お姫様は守られて強くなるんだよ』という言葉を信じて。

 ……わたしが、『空条明日葉』という人物の『お姫様』になれると言うのなら。



 しかし明日葉先輩は、どういう訳か若干気分を害したらしい。

 以前はそうでも無かったのだが、最近は友人(さくら)の名を出しただけで不機嫌になる事が多くなった。

 一時期櫻と先輩の仲こじれかけた事が原因だろうか?

 友美が、このまま言うべきか不安になって迷っていると、明日葉の方がじれたらしく、不機嫌ながら言うように促された。



「で?」

「はい、あの……、自分でもこのタイミングで、って、思わなくもないと言うか、ちょっと言い難いんですけど」

「良いから早く言え」

 中々本題に入れない様子を見かねたのか、少々強く言われてしまい、でもそのおかげで今度はちゃんとはっきり言えた。

「あの!櫻ちゃんの事、守ってあげて欲しいんです!」


 何故か唖然とする明日葉の様子に気付く事無く、友美は続けた。

「あの、ここしばらく、というかずっと、櫻ちゃんの様子がおかしかったのは知っていますよね?」

「あ、ああ。……とは言え、俺はお前ほど央川の事を知らんからな。せいぜい1月の例の件で、ヤツには“盛大に被っていた猫の皮があった”事を知ったのと、何か“俺達の知らない事を知っている”様だ、という事位しか分からん」

「……そうですね。わたし、櫻ちゃんにあの後頼まれたんです。『友美(わたし)が閉じ込められていた場所の事、友美(わたし)がメールで教えた事にしておいて』って」

「……」


 調べればすぐに分かってしまうような嘘である事には、すぐに気付いた。

 だが、誰も何も言わない。

 組織の人だと言う天上という男も、あの場にいた白樹君(もう一人の目撃者)でさえも。

 彼等が何故その事を口にしないのかは分からないが、それはそれで都合が良かった。

 でも、これからもそうであるという保証は無い。


「……他には何か言っていたか」

「………言えない、と」

「聞き出そうとは思わなかったのか?」

 その声色は、いつもの優しい空条先輩の声では無く、以前ほんの僅かにだけ聞いた事がある、『空条グループの後継者』としての物だった。


 その立場としての明日葉に直に触れ、何処か恐ろしささえ感じたが、それでも友美は真っ直ぐに彼を見つめた。

 ひとえに、彼女の大切な友人を守る為だけに、

「聞きません」

 と、きっぱりと。


「何故だ」

 顔を顰めた明日葉に、正面から向かい合う。

 それは、あの時友美が自分で決めた事。

「わたしは、櫻ちゃんの事が大切だからです」

「俺が言ってもか」

「はい」


 僅かな沈黙の後に、友美は再び語り出した。

「櫻ちゃんは、わたしと、わたしの周囲に関する事を昔からよく知っていました。おかしいな、と感じたのは、この学園に入学してから。……あの時は分からなかったけど、こうなってやっと分かったんです」

「……何の話だ?」

「入学式の日、私が屋上に行ってみたいって言ったら、最初は何故か止めようとして、でも、櫻ちゃん優しいから結局一緒に行ってくれる事になって、その時彼女、『友美(わたし)の運命に会いに』行く、って言ったんです」

「……運命か」

 ふ、っと明日葉が笑み、僅かに空気が和らいだ。


「それを思い出したのは、ひと月前のバレンタインの時です。櫻ちゃん、『友美(わたし)役に立てなく(・・・・・・)なったとしても、そこら辺にいるただ(・・)の女子高生になっちゃったとしても、変わらず友達でいてくれる?』…って言ったから」 

「なるほどな。何故かは知らんが、あいつが俺達の事を知っていたのは間違いないと言う事か」

「……はい」

「それで?」

「……」

「それだけ言うのが目的では無いだろう?“何の為に”あいつを守って欲しいんだ?」


「これ以上櫻ちゃんの事調べないで下さい」

 何処までも真っ直ぐな目で、何処までも真っ直ぐに。

 それは決然とした決意の下に。

「……ほう?」

「廃倉庫の事を誤魔化して欲しいと言った後、その理由を言えないと櫻ちゃんは言いました。何時か話すから、って。でもきっと、櫻ちゃんは“本当は言いたくない”んだと思うんです」

「言いたくないからと、そのままにして置くのか?」

 依然明日葉の視線は厳しいまま。

 だが、そんなものに負ける訳にはいかなかった。

「わたしからは聞きません。他の人にも聞かせたくない。……だって、そんな事をしたら、櫻ちゃん、わたし達の事、友達だって思ってくれなくなるから」


 我儘な事なのだろうとは思う。

 友人一人の為にだなんて。

 それに、例え本当に聞いたとして、もしかしたら特に変わらず普段通り接してくれるかもしれない。

 でも、

「きっと心を開いてくれなくなる、そんな気がするんです」

「本心を隠したまま友人関係を続けようとする、か。まあ、無くはなさそうだな」

 明日葉のその言葉が、何故だか少し他人事のように聞こえて、友美はむくれた。

「もうっ、わたし真面目に言ってるんです!」

「分かった、分かった、そうキャンキャン吠えるな」

 明日葉が嫌そうに言ったので、とりあえずその場の鉾は納める事にした。

 まだ話は終わっていないのだから。


「だから明日葉先輩には、櫻ちゃんをこれ以上傷付けるような真似はして欲しくない。むしろ、守る側に回って欲しいんです。『空条の力』を全部使ってでも」



 元々大した地位も無い一個人の、それも恋人になりたての女が、その地位を手に入れた途端に、と先輩は軽蔑するだろうか。

 不安が無い訳では無かった。

 もしかしたら交際自体無かった事にされるかもしれない、と言う恐怖さえあった。

 それでも、


「これだけは言っておきたかったんです。……先輩は、こんな事に空条の権力(ちから)を使おうだなんて、と軽蔑するかもしれませんが、あの子を守る為には、手段を選ばないって、わたし決めたんです」

 自身の交際(こい)が上手く行っても行かなくても、これだけは自分が、必ずどうにかするつもりだった。



「それは央川の入れ知恵か?」

「違います!全部私が一人で考えて勝手にお願いしたんです!」


 駄目だったのか。むしろ大切な親友にまで被害が及んでしまう様な事になるのだろうか。

 一瞬で冷水を浴びせられたかの様な感覚に陥ったが、そのすぐ後だった。

 明日葉が優しく友美の頭に手を置いたのは。


「まったく、央川も大した友人を持ったものだな」

 それは、いつもの尊大な『空条先輩』の声で。

 驚いた友美の不安を払拭する様に、明日葉は言葉を重ねて行った。


「ただ可愛らしいだけの人形も、美しいだけの動物も、俺には必要ない。お前のたまに見せるその強かさこそが、今の俺を魅了し、時に支えるものだと何故気付かない。……央川の件は承った。お前の大事な親友の為に、これから以後『空条は』あいつには決して手を出さん。手を出そうとするものは一切排除する。…これで良いか?」

「先輩……っ」

 明日葉の大盤振る舞いに、友美の涙腺が崩壊する。


「空条という大きな器を支える者には、欲に溺れる弱い心でも、すぐ不安に押しつぶされてしまう様な脆い心でも無く、お前のような強かで諦めない心の持ち主こそが相応しい。お前に足りないのは自信だけだ。そいつは俺がくれてやる。だから俺に、……ついて来い」

 優しく大きく包む様な、慈愛に満ちたその表情に、友美は「はいっ!!」と大きく返事をした。




「でも本当に良かったあ、それだけが気がかりだったんです。明日葉先輩、有難うございました!…あっ、櫻ちゃんにメールしとかなくちゃ!あっ、あのっ、お、お付き合いの事も、言った方が良いの、かな?」

 笑ったり驚いたり赤くなったり、くるくると表情の変わる友美は確かに可愛らしいのだが、それが友人(央川)の事だと言う事が少々気に食わない。

 気に食わないので塞いでしまう事にした。


「もうお前少し黙れ」

「え!?きゃっ!」

 

 悲鳴すらも可愛らしいと、そう思いながら。




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