白樹君とデートその1 プラネタリウム編
翌土曜日は約束の日。
放課後、一旦帰宅してから駅前に集合という事になった。
登下校の件は完全に諦めた。
何言っても無駄だ。ヤツに止める気が全く無いんだもん。
恥ずかしくはあるけれど、……慣れって怖い。
駅前のモニュメントの前には、結構な人だかり。土曜の夕方ならこんなもんか。
きょろきょろと見回すが、どうやらまだ白樹君は来てないみたいだった。
ちなみに現在の服装は、裾にレースとフリルをあしらった、そこそこシンプルなキャミワンピに、リボンの付いたブラウスを重ね、コートの代わりにニットのポンチョを着用。
……今年はポンチョデビュしたいなー、と衝動的に買ったブツをこんな所でおろすハメになるなんて…。
髪の毛は巻く時間が無かったので、とかし直してお気に入りの和柄シュシュでハーフアップに。…下ろすとビル風でエライ事になるからね。
そして白のタイツとミトンの手袋で防寒対策、と。
……何でこんな気合の入った格好してるかっつーと、友美に着せられたからですよ!
友美に出会ってすぐの頃、私はノートを1冊書き上げた。
以前にも言った事があるが、それはいわば手製の“攻略本”だった。
この世界がゲームの世界だと気付いた私が1番初めにやったのが、|「夢恋☆ガーデンティーパーティ」《このゲーム》の情報を片っ端からノートに書き出す事。
当時は大学ノートなんて持ってなかったから、お絵描き帳に一生懸命書いていたっけ。
何度か情報を整理され、その都度書き直されたそのノートには、攻略キャラクターの好みの服装に関する情報もあった。
昔のゲームだっただけに、上から下まで何でコーディネートしなきゃいけないとかは流石に無い。
好感度を上げ、順調にフラグを構築していくと、ゲーム中盤に差し掛かる頃に起こる特別なデートイベント。
「今日は何の服を着て行こうかな?」
冒頭に出てくる、その1回こっきりの選択肢に出てくる情報を、私は頭の中から何とかひねり出したのだ。
白樹君の好みはナチュラル系。飾り気の少ない、自然でシンプルな服を好む。
攻略対象の中では比較的王道と言えるだろうか。……私の趣味とも被るって、どんな苦行だよ。
ちなみに空条先輩はエレガント派、観月先輩はキュートで甘め、椿先輩はスポーティなタイプ、木森君はああ見えてシックで大人っぽい服装が好き、東雲君はちょっと露出度高めの、今でいう小悪魔系だろうか。
残念ながら、大寺林先生の時にはその選択肢出ないんだけどね、先生の車で急に拉致られるから。
で、その情報を友美にもばっちり教え込んでいた訳ですよ!…結果自分の首が締まるという。
そんな事をつらつら考えた挙句に溜息を1つ吐いた所で、ふと、頭上から影が射す。
来たかな?と思って顔を上げてみると、そこには思いもかけない人の顔があった。
「今すぐ返事をくれとは言わないから、良かったら考えてくれないかな?」
大人の男の人の、蠱惑的な低くて甘い声、首を伸ばさないといけない位のすらっとした長身に、良く手入れされ光の加減か時々紫色っぽくも映る、傷みの見えない長髪を背中でひと括りにしている。
色の付いたメガネをかけ、優しく声をかけて来たのは―――
「央川っ!!」
焦ったような白樹君の声が聞こえて、はっと我に返る。
「大丈夫か!?」
「え、あ、ああ、うん、だいじょうぶ…」
幾分ぼんやりした私の返事に白樹君が顔をしかめた。
あ、やば、まずい、誤解してる?
“コレ”一見ナンパだけど、ただのナンパじゃないんだよ!
「あの、俺達もう行くんで」
肩をぐいと引き寄せられる。その力強さに思わず白樹君の方へ傾く。
どっから突っ込んで言いか分かんないけど、とにかくしっかりしなきゃ。
「ああ、ごめんごめん、彼氏と待ち合わせ中だったのか、いや、これはすまなかったね」
穏やかに言うのは、現在私の目の前にいる外出時限定ランダム遭遇キャラで、『全員の好感度一定以上、全ステータス一定以上、さらにフラグ成立でモデル復帰ED』のフラグ担当で、前世でそこそこ有名だった人気アーティストをモデルにしたゲストキャラなだけに、そのものの顔(と声)をした、『モデルのスカウト』さん、だった。
……マジ本人ェ…。
「おい、央川?行くよ?」
ぐい、と手を引かれてバランスを崩しかける。わ、白樹君に抱きつ…!!
「ぅわ、ちょ、央川?」
「ご、ごめん、大丈夫だからちょっと待ってて」
慌てて体勢を整える。つか、今、耳元!!
自分、好きな声優さんはいるけど、少なくとも声オタじゃないと思ってる。
でもこの距離で吐息さえ感じるこの状況は、声オタじゃなくてもみぞおちに来るんだよ!!
止めて!声優と声一緒なんだから、その無駄に美声な声で耳を直撃とか止めて!
ぐい、と手を突っ張って距離を取る。あー、びっくりした。
おかげで理性は完全に戻って来たけども。
くい、と背筋を伸ばして相対する。
やっぱ、“現実の人”をモデルにしただけあって、目の前の人も良い人なんだろうな、と思いながら。
なら、こちらも礼儀正しくしなきゃね。
「お話は分かりました。しかし、申し訳ありません。現在のところ私はモデルになる気は全くありません。学業に専念したいので。ですが、いずれはアルバイトもしてみたいと考えています。もし今後その機会があれば、親友と共にご挨拶に伺わせて頂きたいと考えていますので、その際には是非宜しくお願いします」
ぺこりとお辞儀する。
「お、央川?」
ごめんね白樹君、解説は後ほど。
「驚いたな、こんなに丁寧に返事を寄越して貰えるなんて、思ってもみなかったよ」
スカウトさんにも吃驚されちゃった。ん?そんなに変だったかな?
でも、彼はすぐににっこりして、
「それじゃ仕方がないね、もし気が向いたらここに連絡してくれ」
と一枚の名刺をくれた。
「はい!大切にします!」
大げさだなあ、と笑うと、その人はじゃあね、と踵を返して去って行った。
…あ、握手して貰い損ねちゃった!
がーん、と少し項垂れた私に、
「今の、どういう事?」
と、隣から地を這う様な声が聞こえるまで後少し…。
結局、“直接は知らない人だけど、話には聞いたことがあって、信用できる人だと思ったから”という事で誤魔化した。
最近こういう時白樹君の目線が冷たい気がするんですが気のせいでしょうか気のせいって事にしとこ。
でも、友美が一緒ならともかく、私だけの時に遭遇するつもりなんて無かったし、仕様としてそんなことある筈ないと思ってたから、本気で吃驚したあ。
いきなりひと悶着(?)あったけど、その後大きなトラブルも無く、ビルの屋上の水族館に併設されたプラネタリウムへ。
え?プログラムの内容?普通っていうか、まあ、こんなもんじゃない?
つうか、周りがほんとにカップルだらけで、くわあああああああっ、てなったよ、リアルで。叫ばなかったけどさ。
上映中に目の前の人達がいちゃいちゃいちゃいちゃしてるの見た時には、素で爆発しろ、って呪ったもん。
え?隣にいる人は誰だって?相方がいるいないの問題じゃ無いんだよ、こういうのは。
「まあまあだったかな、来た事無かったからこんなもん、って分かっただけでも良かったよ」
「ごめん、俺正直寝てた」
あはは、と二人して笑う。
「リラクゼーションとかヒーリングプログラムだからね、匂いとか面白いな、とは思ったけど」
「本気でカップル多いのな。もう少し熟年層いると思ったけど」
「う~ん、日によるんじゃない?平日とか」
「あ~、そっか」
何となくまったりムードで帰路に就く。
さすがに遅くなったので連絡入れたら、直帰命令出たわ。主に小父さんから(笑)
「今度来る時は水族館も行きたいな。リニューアルされてからまだ行った事無いんだよ」
ついつい興が乗って話を広げる。
心の何処かで、テンション上がってる?と思わない事も無かったけど。
「そう?央川が良いんだったら、また来ようか」
ハイ、自滅しましたー。
でも、自分で思った程動揺しなかったみたいだ。
「はは、考えとく」
軽く流した。
最後の角を曲がり、篠原のお家の近くまで来たので、もうそろそろお別れの準備。
「今日は誘ってくれて有り難う。何だかんだ言ったけど、楽しかったよ」
最初にこの話受けた時は怒ってたり、混乱したりしてたから、こんなに穏やかな気分で楽しめるとは思ってなかった。
……ヒーリング効果、地味に出たのかな?
「こちらこそ。…でさ、それ、俺好みの服装とかわざわざ着てくれたの?」
「えーっと…」
…ちょっと、近くないですか白樹君。
こちらを向いて少し屈んで人の顔を覗き込む。
辺りが薄暗くて、少しだけはっきりしないながらも、その顔が意味深な笑顔になっているのが分かるものだから、何と言ったらいいのか分らなくて、私は顔を赤くして黙り込んだ。
ええまあ、図星っちゃ図星ですよ!
誤解なきよう言っておきたいが、やったのは私じゃなく友美だけどな!
…頭ん中テンパりすぎて、俯いたままの私から、その言葉は出て来なかったけど。
「すっげかわいい。こっちこそサンキュ、な」
…あれ、何か、裏表のない笑顔って、もしかして初めて?
わ、嬉しいかも。
「央川?」
「あ、や、そんな風に言われるとは思わなくて。…何かね、嬉しかったの。白樹君とこんな風に仲良くするの、やっぱり嫌じゃないんだな、って」
思いがけないご褒美に、何時になく饒舌になる。
けど、私のその言葉に、白樹君はちょっと眉根を寄せた様だった。
「……仲良く…?……むしろドキドキしてくれなきゃ困る」
え、と思う間もなく手を掴まれたっぽい。
ぐい、と引かれたその距離は、目の前に白樹君の顔が、ががが。
「!?」
握られた手の手のひらも、何だか指でなぞられている様な!?
ちかいちかいちかいちかい~~~~~!!!
顔が近すぎて逆に顔を逸らせない。
だって、次何されるか予想付かないんだもん!そういう意味で怖くて顔背けられないよ!
「ねえ、ドキドキ、した?」
ひぎい!
白樹君の顔の位置が首筋に移って、耳元で掠れた声。
こくこくと全力で首を縦に振った。
それ以上やられたら本気でどうにかなる!!私心臓まだ止めたくないんですけど!?
クスリと笑った様な吐息が聞こえて、白樹君はゆっくり顔を離してくれた。
……ほんきでしぬるかとおもった。
「央川」
名前を呼ばれて、思わずびくついた。
いや、仕方ないと思うんだ!
自慢じゃないけど彼氏いない歴前世の年齢+現在の年齢だよ!?
orz
「大丈夫?」
くつくつ笑いながら言われてもね!!
「……」
言い返す事も出来ずに、私はただ顔を赤くして睨みつける事しか出来なかった。
してやったりの表情って、あんな顔の事を言うんだろうと思う。
分かりやすくによによとした顔のまま、「じゃ」なんて手なんか颯爽と上げて帰って行った白樹君を見送って、私は大きな溜息を吐いた。
……この巨大な疲労感は何なの…。
ヒーリング効果全部持って行きやがった…。
ところで、ここが何所かって言うとですね、友美の家の前だったんですねー。
家の前でそんな事をしていたものだから、まあ当然御一家の皆様に誤解されましたよ。
「拓さん(私の父親)に何て言ったらいいのか…」
と小父さんがorzの姿勢で項垂れれれば、
「今日はもうこの時間だから用意できないけど、明日お赤飯ね♪」
うきうきした様子で小母さんが乗っかる。
「まだ付き合ってませんから!!」
と思わず全力で訂正したけど、それを聞いてた友美には、
「まだ、って事は、やっぱりその内お付き合いするのよね?」
と小首を傾げ、きょとんとした表情で言われてしまった。
……友美さん、最近ツッコミ厳しくないですか…?
あ、泣きそう。
まだまだ白樹君のターン!
2013.6.6 増量にともない一部修正。




