篠原友美誘拐事件 後編
「とにかく、その二人を離せ」
「ふん、要求を呑む気になったか、明日葉」
「お前の要求を呑む気はない、和都。罪もない一般人を盾に取って脅す様な奴に、空条は渡せんな。3日で潰れる」
「くっ、こいつらがどうなってもいいのか!?」
「っつ!」
うわ、こいつ人の髪の毛引っ張りやがった!サイテー!
「央川!」
白樹君の慌てた声。
「櫻ちゃんに酷い事しないで!!それに、そんな要求するだけ無駄だって言ってるでしょう!?空条せんぱ…、明日葉先輩は私達を人質に取ったぐらいじゃ揺るがない、強い人なんだからっ!!」
「ちっ、黙れ!」
友美ったらマジ(空気を呼んで自粛)!!
幸いにも犯人に強く怒鳴られて友美が首をすくめると、彼は空条先輩の方に向き直った。
そっちの方が大事か。だろうね。
……まだ止める気配が無いのは血筋ですかそうですか。
「まったく、どこまでも目ざわりな小娘達だ事。…ねえ明日葉さん、わたくしだって、このお二人の事、どうなったって構わないと言っているんですのよ?」
「七星、お前が空条の女当主の座を狙っているのは、近づいて来た当初から分かっていた事だ。だが、思ったより早く我慢の限界が来たようだな。…俺がその気にならないなら、次の男に俺を蹴落とさせるか。ふん、生憎だが、俺は当面後継者の座から降りる気はないし、たかだか女一人の為にお前等の要求を呑むつもりも無いと言った。…何度も言わせるな」
ここに来るまでの間に何か交渉があったのだろうか。
びりびりした空気に、こちらの心臓まで縮みあがりそう。
けどちょっとマテ。……今、さらっと友美を捨てる発言があったよね?
…やっぱコイツサイテー!
「それにどのみち、この茶番はお仕舞いだ。……何やら音が聞こえてきたぞ」
空条先輩がニヤリと笑う。
かすかに聞こえてきた音、それは、小父さんが呼んだであろうパトカーのサイレン……、って、何か台数多くない!?
「ふ、ふん、警察など怖いものか!揉み消してしまえば良いのだからな!」
「そ、そうですわ!北条と七星の名前を出せば、わたくしたちが捕まるなんてこと事態あり得ませんもの!」
その言葉に、思わずぷはっと笑いが漏れた。
「なっ!?」
「なんですの!?」
言葉では何と言おうとビビってんだろう。犯人達のその過剰反応でわかる。
これだけのサイレンの音、小父さんが呼んだからだけじゃない。
きっと空条先輩達が、あるいは空条そのものが何か根回ししたんだ、きっと。
そんなことも分らないのか、それとも考えないようにしてるのか、…兎も角、あんた等の身の破滅は、すでに決定事項なんだよ。
「あんた等アホか。こんな大事になって、それを無償で揉み消してくれる親切な人が、果たしてあんた達の周りにどれほどいらっしゃるんですかね。少しは我が身を振り返ってみたらどうですか?あんた達がこれまで空条先輩にして来たみたいに、あんた達をその地位から引きずり降ろそうとする人が、チャンスとばかりに、手ぐすね引いて待っていますよ?きっと」
「なっ!?」
「こいつ!」
図星かな?明らかに顔色が変わった二人を見て、少しだけ溜飲が下がる。ざまあ。
でも、私が優位だったのはそこまでだった。
「このっ!」
あ。
ナイフを振り下ろされるのが見えた。
それに気を取られていたら、横からドスンと体当たりを食らった。
友美が私を庇おうとしたのが分かって、とっさに胸の下に庇う。
そして、がつん、という衝撃とともに、私は意識を失った。
目が覚めると病院で、友美に盛大に泣かれた。
とりあえず、無事は無事らしい。
それからが本当に忙しくて、何があって何をしゃべったのか、自分でもよく覚えていないほど。
連絡が行ったのか、家族全員からメールが来ていた。ちなみに携帯の留守電はMAX。わあ。
明日には家族全員で病院に来るって言ってた。はっや!
家督と仕事を父に押し付け、60過ぎたらさっさと山梨の奥地に引き籠った祖父も、この事を聞きつけ、明日には顔を出すと言う。
一通り検査を受けて、事情を聴くまでどんだけかかったか。
友美と一緒の部屋なのは、元々一人部屋を貰う筈だったのを、友美が私と一緒じゃなきゃ嫌だとごねたから。友美ったら(以下略)
白樹系列である白塔病院の最上階で広い元一人部屋を貰い、手厚い看護を受けていた私達。
そこへ、ガーデンティーパーティの主要人物がほぼ全員集まる事になった。
「まったく、お前は篠原が関わると人格が変わるのか」
「後ろで聞いてたけど凄かったですよ。先輩に物凄い勢いでキレた後、恐ろしいほど冷静に篠原の|
小父さん《おやじさん》に指示を出していましたからね」
空条先輩の呆れた声に、同じようなトーンで相槌を打つ白樹君。
「あの央川がなあ。人は見かけによらないというか。ともかく、今後無茶だけはするなよ、絶対」
大寺林先生を筆頭に、先輩たちや東雲君、木森君が案じてくれた。
「暴走も、程々にしておけ」
「何にせよ、二人とも大きな怪我が無くて良かったね」
「まったくだよー、まさか櫻ちゃんが現場に乗り込んで行っちゃうなんて思わなかったな」
「僕は驚かないけどね、だって央川さんだから。でもほんと、二人とも無事でよかった」
それぞれ心配、してくれてるんだよね?っていうコメントだったけど。
う、まあ、すなおーに受け取っときますよ。
「無茶してすんません」
ぺこりと頭を下げる。
ここまで来て、ようやっと頭が冷えてきた感じ。
「本当だよ、俺、仕事失敗しちゃうかと冷や冷やしちゃった」
こうしていれば、ちょっとチャラい気のいいお兄さん、といった風情の天上氏がほっと胸に手を当てて言った。
「俺の事知ってるって聞いて、どんな子なんだろうと思っていたけど、物凄く、すごーく、友達思いなんだね」
強調された様な気がしたのは気のせいだろうか……?
天上氏は、犯人に雇われていたんじゃなくて、ちゃんと空条先輩に雇われていたらしい。
ただし、友美の護衛としてではなく、敵の内情を探るスパイとして。
その流れで、犯人に与したかのように見せかけて、友美を救出、犯人達を一網打尽、という予定を立てていたらしい。
そんな予定、あるなら言っといて下さいよ。
ぶち壊しにしかけた人間が言うことじゃありませんが。
……天上氏が私に何も聞いてこなかったのは、きっともうすでに調査入った、って事なんだろうな。何せ“組織”って言う位だし。
そう言えば先輩方も何も言わないな。
気を使ってくれてるのかな?一応けが人だしね。
……ま、いっか。探したところでどうせ何も出ないだろう。
何かあれば向こうから接触して来るだろうし。
もし荒っぽい事になったとしても、ゲーム情報にはこんな原作乖離状態での対処法なんて無かったから多分どうにも出来ないし、それこそ今考えたってどうしようもない事だ。
そう、この空条トゥルールート、友美誘拐イベントは、原作とは大きくずれ込んだ結末を迎えていたのである。
私が犯人、北条和都の持っていたナイフの柄で殴られて気絶した後、黒服達がもう一人の主犯、七星沙織の指示で銃を抜き、危うく空条、椿、警察VS犯人達の銃撃戦になりかけたらしい。
……いや、それもう別ゲ。
もしくは劇場版、あるいはOVA専用シナリオ、と言ったところか。
空条先輩シナリオに(一部椿先輩シナリオも?)、裏ルートの天上シナリオが混ざったみたいな。
……混ぜたの自分だけど。
何という自業自得…。だって、こんな事になるなんて思わなかったもん!!
混ぜたら危険、をこんな形で体感したのは、(ALL)人生で初めてです…。
それからついでに、あの時の友美の「たすけて」メールは、主犯の七星嬢が友美に掛けさせたものだったらしい。
もっとも彼女にしてみれば、あくまで空条先輩に連絡させるつもりだった訳で、まさか友美が私にメールするなんて思ってもみなかったらしいけど。
…デートに送り出す前に言ったあの、「何かあったら必ず私に連絡すること。何があろうと、何処にいようと、必ず駆けつけるから」の一言が、まさかこんな大騒動を引き起こす切っ掛けになるなんて。
是非はともかく、ふっ、愛の差ですよ、愛の。
…犯人達がその後どうなったのか直接は知らない。
先輩達も口を濁していたし。
友美は後々空条先輩から聞く事になるだろう。……LLEDを無事迎える事が出来れば。
私は…、いいや、その時が来て気が向いたら友美に聞けばいいんだから。
ただ、北条の家と七星の家があの2人の事を見捨てたらしい、と言うのを看護婦さん達の噂で聞いた。
病院の廊下で話していた、って事は社会的にも認められてTVとかでも流れている事なんだろう。
その話によると、それでも完全にはダメージを抑えきれず、白樹を始めいくつかの大きな企業が北条、七星、さらに一部の空条に関係する家や企業から手を引いたとか。
当然空条本社は言わずもがな。むしろ一番初めに手を切った口。
……おそらく空条先輩が本格的に跡目を継ぐ前に、大掃除して膿を出してしまいたいという思惑もあったのだろう。
もしかしたらあの大袈裟な程のパトカーは、空条の本家が手配したのかもしれない。
跡目騒動で基盤がぐらつくとか、空条としても本意では無かっただろうし。
誘拐騒ぎ、婚約者騒ぎ、跡目騒ぎ。……一体空条は何処まで想定していたのだろう…。
そこまで考えて思わず震えた。
ゲームに出て来ない部分の空条ぱぱん、やり手すぎてマジ怖ェ…gkbl。
「まったく、周囲の状況を見ずに飛び込むなんて、馬鹿のする事だよ、馬鹿の」
あれ、白樹君のブラック降臨した。
何故今?
「悪かったと思ってるよ。迷惑かけて御免なさい」
「ほんとさあ、」
お説教続行の雰囲気に、慌ててストップをかける。
「悪かったと思ってるし、車の件では本当にお世話になりました!だから、もう大丈夫。何だったらもう帰っていいよ?」
「は?」
あれ?周囲まで空気変わった?でもさ、白樹君言ったよね?
「関わるなって言ってたじゃん。だから、無理して付き合う必要ないよ?ここはもうへーキだから。先輩達もいるし、明日には家族も来るって言うから、見舞いとかも要らないし」
あれ、黙っちゃった。
え?部屋ん中急にシーンとした!?
それはそれで気詰まりなんだけど。
「……あっそ、それじゃ」
そう言い残して白樹君は退出して行った。
しばしの沈黙の後、口を開いたのは友美だった。
「……協力、してくれたんでしょ?それに白樹くん、櫻ちゃんの事すごく心配してたんだよ?……なのに、今のは無いんじゃないかな?」
「……だってさ、本人が言ったんだよ?“もう俺に関わるな”って」
「……」
それでも友美は何か言いたそうだったけど、結局何も言うことはなくて。
周囲の人たちは皆、顔を見合わせていた。
「おはよう!」
「おはよー」
「退院おめでとう」
「ありがとー!無事でしたー!」
幸いにも、特に異状もなく数日で退院した私達は、無事学校に戻った。
友美の誘拐と私の怪我を聞いて、文字通りすっ飛んで来てくれた家族に、篠原の小父さんと小母さんは頭を下げていたけれど、私がちゃんと訂正しておいた。
元凶は空条で、小父さんも小母さんも巻き込まれただけの被害者だって。
そう、悪いのは空条。空条が悪い。大切なので2度ry。
そしたら家族全員に、お前はちゃんと反省しろって怒られた。
はい、棚に上げて済みません。
家族にはさんざん心配かけたし、弟妹には泣かれるし、母に至ってはここに残ると言い出したくらいだったけど、それはもう長時間に及ぶ話し合いの末、とりあえず現状維持ということに落ち着いた。
特に両親は仕事放り出して来てたしね。
……ええまあはい、言われるまでも無く私のせいですが。
私が、一部とはいえ天上さんの事情や七星先輩の事、それにあの廃倉庫の件について知っていたっていう事実等に関しては、バタバタしてたせいか現在に至るまで流れ流れてスルー状態で、いまだに誰も確認に来ていない。
落ち着いたら先輩なり何なり、それこそ天上さんの組織の人とか、誰かが疑問に思って聞きに来る可能性もあったから、とりあえず倉庫の件に関してだけは友美に口裏を合わせるように言っておいた。
友美が私に「たすけて」メールを送った時、一緒に場所も書いた事にして、って。
……あの時友美の携帯回収されてるんだよね…。
んで、新しいの買って貰ったんだよ、弁償ついでに先輩に。
調べられたらバレるな。
私の携帯だって、やろうと思えばこっそり回収とか、…可能性が無いと言い切れ無い所が恐ろしい。
……そこまでやるかなあ?どうかなあ?
他のもどうにか誤魔化せればいいんだけど、今の所良い案が浮かばないので保留中。
……とりあえず何か聞かれたら、その都度臨機応変ということで。←
結局友美には話していない。
私が、前世だゲームだ、って言って引かれるのはやっぱまだ怖い。
いつか話す、とだけ言ったけど、そんな機会があるのかどうかさえ分からない。
あるとしたら、それこそまた事件が起きた時だろう。
……私が前世の事を話さざるを得ない様な、そんな事件が。
そんな中、一つだけ以前と変わった事がある。
「……おはよう、篠原、央川」
「あ、おはよう白樹くん!……ほら、櫻ちゃん」
「……」
声を掛けられてなお、そっちを向こうともしない私に、じれた友美がつんつんと突いて促す。
仕方ないな、とばかりに僅かにぺこりとお辞儀をし、何か言われる前に、と私は直ぐに席に着き本を取り出した。
昨日買ったばかりのラノベの新刊。
邪魔すんなよ、と相手を睨む。
……だから、なんでそんな顔すんの。
例の彼女達も何やらこっちを見てる。
まあ、あんだけ心折られたら何かする気も起きないだろう。
こっちは放置でいいかな。
問題は、目の前の男。
フクザツな顔したってダメ。この計画は続行するって決めているから。
何はともあれ央川櫻、対白樹好感度下げプレイ、開始。
主人公が まるで 人でなしの様だ!
様だ、じゃ無くて、確実に恩をあだで返した罰当たりです。
読者の方々から風当たりの強い(笑)白樹君に、作者から一言。
「ゆっくり 一生 苦労して行ってね!!」
でろでろでろでろでろり~ん
しろきくんは のろわれて しまった!




