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クリスマスパーティパニック 後篇

 美しくライトアップされた英国式庭園の片隅で、友美と七星嬢は睨みあうように向かい合って立っていた。

「―――だから、今すぐ婚約を破棄なさい」

 キツイ声が友美を責めるのが聞こえた。

 立体的な花模様をあしらった胸元に、胸下からの切り替えしが特徴の、大人っぽい艶やかなブルーのロングドレス。

 ハーフアップにした長い髪の女性は、その高い身長で友美を圧倒しているように見えた。

 割って入るべきなのか、誰もが一瞬ためらったその時、


「誰に何を言われようとも、私は出来る事をするだけです」


 きっと、空条先輩から事情は説明されたのだろう。

 けれど、その上で彼女は選んだのだ。

 強い意志を感じさせる、はっきりとした声。

 今は周りが暗くてよく分からないけれど、きっとその瞳は強い輝きを放っている。



 ――――――心配なんて無用だった。

 そうだ、

 そうなのだ、

 


 あの子が自分の出来る事をするというのなら、私だってそうするだけ。


 何があろうとも、彼女をずっと見守って行くことに変わりは無い。



「止めないのか?」

 こそりと白樹君が囁いて来た。

「友美は強い子だから、あんなんじゃへこたれないよ」

 笑顔すら浮かべて言う。

 自分は満足しているのかもしれない。彼女がどこまでも彼女らしくあった事に。

 一体、何年の付き合いだと言うのか。

 自分自身忘れかけていたけれど、「ゲームの頃の彼女」は、こんな程度の恫喝に屈するような子じゃ無かった。


 大丈夫。彼女は、負けない。


「貴女なんか認めない、絶対に」

 私達が来た事に気付いて不利だと思ったのか、七星嬢は踵を返して会場へと戻って行った。

「大丈夫かい?」

「平気ー?」

 友美のそばによって口々に気を使う観月先輩達。

「…?」

 白樹君だけが動かない。

 あれ?普段なら混ざるだろうと思うのに。

 と、思ったらこっち見た。

「さっきは落ち込んだ様子だったけど、何か吹っ切れたみたいだな」

 あれ、そんな風に見えたかな?確かに考え込んじゃったけどさ。

「…友美への愛を再確認しただけだよ」

 茶化して言う。けど、内容は本当。

 にっこりとイイ笑顔の私に白樹君も苦笑する。

「ホントに大好きなんだねえ」

 大好きじゃなくて愛してますから!



 会場に戻ると、篠原の小父さんがうちの父と空条先輩、椿先輩と共にやって来た。

 というか、3人が小父さんを追いかけてきたと言った方が正しいか。

「友美いいいいいいっ」

 2人して顔を見合わせる。喉元まで出かかった「ウザい」の一言は、周囲の目もあるので自粛した。

「小父さん、空条先輩からきちんと話を伺ったんですよね?」

 表面上はにこやかに、その実言っている内容は、「聞いてんならそれ以上ガタガタ言うんじゃねえよ」である。

「お父さん、心配しなくても大丈夫だよ。空条せんぱ…、明日葉先輩もついててくれるんだから」

 そして名前呼び解禁、と。

 ああ、また泣く。

「いつもこんななの?」

「まあね」

 背後で東雲君と木森君がぼそぼそ話す。

 木森君は幼い頃すでに小父さんの洗礼を受けているから、この程度で動じたりしない。


 ん、でも、今ちょっと引っかかった事が…。

「空条先輩」

「何だ」

 さすがの先輩も、小父さんの奇行(あっ、言っちゃった)には驚いたのか、何処となく反応が鈍い。

 さっきした決意、出来る事があるならやる、をさっそく実践すべく、私は動き出す。

「ちょっと話があるんですけど。出来れば椿先輩も一緒に」

 真面目な顔の私に、2人は頷きを返した。


 会場から出てすぐの人気のない廊下。

 まあ、おおっぴらに話す内容じゃないから仕方ないけど、こうしていると上級生2人に絡まれている図、みたいだな。うわ、やべえ。


 早速本題に入る。

「空条先輩は実は今、結構危ないですよね?」

「何故そんなことを言う?」

「内容についてはどうでもいいです。必要なのは事実だけ。危険だからこそ、椿先輩がずっと一緒についていらっしゃるんですよね?」

「央川」

 椿先輩が警戒したらしく、きつい顔になる。こ、怖くないもん!

「空条の家が荒れているのは、ちょっと話を聞けばすぐに分かります!夏休みにトラブったのも、文化祭でいちゃもんつけられたのも、今回友美が騒動に巻き込まれたのも、全部空条の抱える問題のせいでしょう!」

 怖くなんか無いもん!

 はっ、しまった!椿先輩の怖い顔に、つい泣きが入りそうになってしまった。

 ふう、落ち着け、言いたい事はそれじゃない。

「知っていたなら何故、止めなかった?」

 空条先輩も怖い顔。うう、負けたらあかん!しっかりせな!

「それが友美の為になると、思ったからです」

 知っていたから、と言いそうになって慌てて言い変える。


「そこでお願いがあります」

 ふう、やっと本題だよ。

「友美にも誰か付けてやってください」

「誰か?」

「椿先輩みたいな、信頼できる護衛の方を」

 先輩二人が顔を見合わせる。

「私自身が友美といるときは、私が友美を守ります。空条先輩と一緒なら、私も安心できます。椿先輩が一緒についてくれるなら尚更です。では、誰も居なくて、友美一人の時は?」

 今度は私がきつい目をする番だった。

 今さら気が付いたとでもいう様に、空条先輩の顔が強張った。

「先輩を取り巻く状況がどれほど危険なのか正確には分かりませんが、あの子に何かあったら私は自分を許せない」

 実態を把握しているであろう椿先輩が、眉間にしわを寄せ、難しい顔をする。

 仮定の話をしている筈だが、実際には近いうち、相当高い確率で起こりうるだろう未来の話だ。

 2先輩ともその事にやっと気が付いたらしい。

 自分達の近くにいるという事は、実はある意味とても危険な事なのだ、と。


「お願いします!」

 勢い良く頭を下げた。ほぼ180°くらい。何なら土下座したっていい。

 そのまま訴えかける。

「巻き込んだ自覚があるなら、せめてあの子の事、大事に守ってあげて下さい!」

 しばらくその状態だった。

 体感的には長いけど、実際には大したことない時間の後、

「わかった」

 空条先輩の重い声がして、頭を上げる。

「お前の言うとおりだ。少し軽く考え過ぎていたようだ」

 その通りですよ。いくらあの女狐上級生から逃げる為だからって。

 まあ、無意識にでも友美を選んだ事は、評価しますけどね。

 先輩がそう考えてくれるならひと安心だ。

 …この世界が現実である限り、絶対は無い、ってところが怖いんだけど。

 余計なことまで考えて、背筋がひやっとした。


「そうだ、先輩、“天上 岬(てんじょうみさき)”と言う人をご存知ですか?」

「いや、そいつがどうかしたか?」

 ふと思い付いた。ゲームシナリオ(げんじつに)には無かった(はありえない)筋書きを。

 隠しキャラの天上岬は、とある組織のエージェント。

 まあ、とある、の部分はゲームでも明かされていなかったから、実際にはどんな組織か分からない。

 でも、もしこの組織がお金で契約すればきちんと約束通り動いてくれる、統率の取れた組織なら。

 空条なら、空条明日葉と言う人物なら、天上岬と言う人物を使いこなせるかもしれない。

 それは何より友美の力に、頼もしい味方になる筈だ。

 それに、何がどう転んで、万が一にでも天上の所属する組織が敵側につくかも分からない。

 そうなったら、天上本人がこのシナリオに絡んでこなくても、相当厳しい状況になるだろう。

「先輩、友美の為に、天上岬と言う人物を探して下さい。彼は天球儀と言う喫茶店によくいる筈です」

「そいつはどんな奴だ?」

 椿先輩が難しい顔で言う。

「とある組織のエージェント、と言う事しか知りません。外見なら、茶髪で背は高く、よく白いジャケットに白いパンツと言う、一歩間違えればホストみたいな恰好をすることが多い様です」

「信頼できるのか?」

 空条先輩は不審に思っているみたいだ。

 まあ、そうだろう。一般人があやしい組織のエージェントなんて話を持ち掛けてきたのだから。

 だからこそ正直に答える。

「一度会った事があるだけで、その時も道を聞かれただけでしたから、実際に話してみなければ何とも。ただ、味方にできればこの上なく頼もしい人物であることは間違いありません。相棒の女性も頼りになる方です」

 この女性、シナリオで途中退場するんだけどね。そんでもって、ちょうど事件に巻き込まれた友美(しゅじんこう)が、相棒の座を引き継ぐのだ。

 ……どこぞの一発一発うるさいおっさんの話みたいな流れだって、散々突っ込まれてたっけなあ、懐かしい。制作陣にもっこりのファンでも居たんだろうか?


「……天球儀と言うのは何処にある?」

「駅前の路地を少し行った所です。少し分かりにくいかもしれませんが、検索すれば出て来ると思います。必ずしもそこにいるとは限りませんが、先輩なら必ず見つけ出せると信じています」

 入学式の日に彼のフラグを叩き折った私と友美に、再会のチャンスが、味方になって貰えるチャンスがあるかどうか分からない。

 もしかしたら、現在ゲームシナリオから離れ、天球儀を拠点にしていない可能性もある。

 それでも私は賭けに出た。あの子の事を守る為に。

「探すのなら、1月末までに。出来るだけ早い方が良いです。1月第1週がベストですね」

「期間まであるのか」

 さすがに、この細かい指定は呆れられてしまったか。

 でも、それ以降では意味が無いのも事実。

「先輩ならば、理由に察しはつくと思いますが」

 知らない筈の今後については口に出さず、空条先輩の方で心当たりに気付いて貰える様に言う。

「……そうだな」

 さすが先輩だ。普段は空気読まないのに、こういう所での回転の良さは称賛に値する。

「是非よろしくお願いします」

「俺の方でも十分気をつけよう」

「はい、有り難うございます」

 椿先輩にもそう言ってもらえて少しほっとする。

 これで少しは危機が回避されたら良いんだけど。


「ところで央川」

「はい」

 雰囲気が若干変わって、空気が少しだけ緩んだ所に、再度固まる様な、凍りつくような発言が椿先輩の口から出て来た。

「文化祭の時、俺に七星について気を付ける様に言っただろう。……あれは、この件と関係があるんだな?」

 断定とか。

 早いよ!間違ってないけど!!

「……それは……」

「俺もそれは知りたかったな。で、何故だ?何故お前が七星とコイツの心配をする?俺についてはせんのか?」

 空条先輩ェ……。

「空条先輩には友美がいますから。でも椿先輩にはいないでしょう?」

 2人して首をひねられた。

「あー、つまり、本気でお付き合いする可能性があるか無いかの問題です。空条先輩は友美を盾にした事だし、絶対無いでしょう?」

「……俺も無いが」

「もしかしたら、あの穏やかなままの七星先輩に、絆されるかもしれないって思ったんですよ!あの人がどういう人かは、お2人の方がよくご存じでしょう!?このまま空条先輩の事より椿先輩を選ぶならと思って……っ!~~~~~~こっちも複雑な事情があるんですっ!!」

 くっそ、旗色が悪くなって来た。逃げる用意、しといた方が良いかなー?

「何なんだその理由は。理由になって無いぞ。まったく、俺達の扱いについて話し合う必要がありそうだな」

「……央川は、あいつの事についても事前にある程度知っていた、という事か」

「ふむ…?お前、何処まで知っている?」

 ぎくり。

 ヤバい。先輩の目が猛禽の目に見えて来た。

 1歩後じさり、2人が何か言い出す前に逃げ出した。

「これ以上は話せません!これ以上追及するともう何も…教えるけど教えませんよ!!」

 そう捨て台詞を残し、私はダッシュで皆の元へと向かった。


 

 戻りながら、今後について考える。

 

 このまま行けば、空条先輩は遠からず落ちるだろう。

 私の知っている知識を使えばより安全に、より確実に物事が進んで行く筈だ。

 でも、その先は―――?


 設定を見るに、空条先輩を取り巻く環境は生易しいものじゃない。

 将来の事まで視野に入れれば、他の人、例えば観月先輩辺りをお勧めしたい位だ。

 性格に問題があるかもしれないけれど、好きになれば、あるいはさせちゃえば問題無さそうな東雲君とか。

 後、当然木森君も範囲内。

 

 ねえ、友美。君は君自身の選んだその選択肢で、本当に幸せになれるのかな?


「櫻ちゃん」


 観月先輩の作ったケーキを食べて幸せそうな表情の友美が、向かって来る私達に気付いて、早く一緒に食べようよ、と誘う。

 まるっきり普段と変わらない友美に、心の中で首を振る。

 心配するまでも無かったな、と。


 さっきの、庭園のライトに照らし出された、意志の強いきりっとした表情を思い出す。

 きっと彼女は、自分の愛した人と力づくでも幸せになってしまうだろう。

 自分で自分を幸せにしてしまう。

 それ位の力も、行動力も持っている。

 私は知っていた筈だ。

 

 なにしろ彼女は、この物語の主人公様(ヒロイン)なのだから―――









 年明けには、きっと大きなイベントが待ち受けている。


 空条先輩トゥルーエンドルート、最後にして最大の個人イベントには、ひとつのエンディング分岐判定があった。

 

 それは、

 このゲームで唯一の





 デッドエンド。





まあ、死神がどうとか言っていたので、予想はついたかと思いますが。


さて、友美(ヒロイン)サイドの条件は出揃いました。

これからどうなるか、お楽しみに、です。


その前に櫻嬢(しゅじんこう)のお話を1つ挟みます。

さりげないけど結構重要…?


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