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忙しい文化祭 後編

「白樹!」

 表に出た途端、見知らぬ男の子に声を掛けられた。

「白樹じゃん、久しぶりー!」

「……」

 大きく手を振りながら昇降口から出てきたその子は、真っ直ぐ白樹君の所にやって来た。

 白樹君は一瞬吃驚したみたいで、ちょっと固まっていた様だったけど、すぐにいつもの調子で、

「久しぶりだな!元気だったか?」

 男の子に駆け寄って行った。


 文化祭、久しぶりに会う旧友。恐らくこっちに引っ越して来る前からの友達なんだろう。

 正確には“だった”、かな。

 そんな風に思いながらゆっくり後を追って、追いつく前に、止まる。

 「過去が追いかけてきた」

 そんなスチルタイトルだった筈だ。きっとこれは彼の文化祭イベント。


 ……だから、私は友美じゃないっての。

 つか私、白樹君の個人イベントもデートイベントも、一切起こしたつもり無いんだけど!?

 フラグ何処で立ったよ!?イベント何処に行った!?見れなかったらそれはそれで も っ た い な い じ ゃ ん か !!くっそおおおおおおおお!!

 

 それはそれとして目の前の出来事ですよ!

 フラグぶっち自体は簡単だ。ここで「白樹君私行くねー」とか言ってどっか行けばいい。


 でも、気が付いてしまった。


 彼がさっき旧友だった人物に話しかける前に、一瞬強く拳を握った事。

 見ればほら、今も彼の拳は強く握り締められているのが分かる。

 きっと近くに行けば、震えるほど強く握り込まれて、手のひらが白くなっているところまで分かるんじゃないかな。


 表面上の彼は普段と変わらず明るい声で、この突然の再会を喜んでいるように見える。

 でも、彼の心は未だに深く傷付いているんだ。


 仮面をかぶるの(ポーカーフェイス)が得意な彼が、あんなに震える位に。



 それを見てしまったら、そのまま立ち去る事は出来なくて。


 『甘いなあ』

 心のどこかでそう思わない訳では無かったけれど。


 何もせず黙って見ているから。

 せめてここに立つこと位は許して欲しい。


 フラグ管理的にはギリギリの妥協点。

 それでも私は彼をひとりにしたくは無かった。



「あ、そっちの子誰?」

 白樹君の旧友君が私に気付いた。

「なあ、」

「こんにちは、白樹君のクラスメートの央川です」

 発言を遮るように自己紹介。営業スマイルも付けてやる。にっこり。

 彼の発言を自由にさせて、万が一にでもカノジョの話なんてさせるか。正確には元だけど。

 でも、ここで潮時だな。

「ごめんね?白樹君。私、友美探に行くわ」

 不在の友美をダシにする。

「ああ、ごめんな?央川」

「こっちこそごめんな白樹、俺も行くわ」

 そっか、オトモダチも帰るのか。

 長引かなくて良かった、のかな。

「そっか、会えてよかったよ」

 そう言った白樹君の手のひらは、まだ、握られたまま。


 ねえ、本当の君は―――


「じゃあな」

「おう」

「白樹君、それじゃ」

「ああ」

 白樹君と旧友君に、ぺこりとお辞儀をして校舎の中に入る。

 本来のイベントは、彼らの話に参加するかしないかで白樹君ルートへの分岐が決まった筈だ。

 私は参加こそしなかったがその場に居続けた。

 正直こんな中途半端なやり方で、きっちり縁が切れたとは思えない。

 でも見捨てる事が出来ない位には、私は白樹君に好感を抱いているらしい。

 一応、友達、だし、クラスメイトで同好会で一緒だし、しばらく一緒に過ごしたから情が湧いたんだな、きっと。


 ふう、と溜息をついて思考を切り替える。

 私は友美に会う為、携帯のメールを操作した。



 1階の西渡り廊下付近は、現在ちょっとした騒ぎになっていた。

 どうも、他校の生徒が空条先輩に難癖をつけて突っかかっているらしい。

 あー、こっちもイベントか。

 何とか間に合ったと安堵すべきかな。

 野次馬に紛れ気配を消す。それでいて視界は確保。よし、位置取りはばっちり。

 で、話の内容は……ふむ、安定のお家関係、か。

 そう言えば空条先輩の家はご両親の仲、良く無かったんだよな。


 先輩の家族設定を思い出す。この情報は本来、年末頃のイベントで開示される情報だった筈だ。

 確か父親は会社のことしか頭にない様な人で、家庭を顧みない、と言うより捨てているも同然。

 母親は空条の親戚すじでありながら、いわば企業間の政略結婚で嫌々嫁いできた様な人で、空条先輩の事も憎んでるって程では無いにしろ嫌っている。

 先輩が両親の愛情に見切りをつけ、開き直ってあんな性格になってしまったので、なおさら気に入らない。

 何せ、実家の親類の甥っ子の方をあからさまに贔屓して可愛がっている位だ。

 で、親族はその隙を狙って、自分達の都合の良い様に空条の本家を操ろうとしている、と。

 

 相手の男は、ずいぶん居丈高に空条先輩を貶める発言を繰り返す。

 多分、あの男が例の甥っ子とか言う人だな。名前、何ていったっけか。

 聞くに堪えない暴言に、さすがにないわー、と思っていたら、

「後ろにいる女はお前のか?」

 先輩の後ろにいた友美がびくりと震えるのが分かった。

 生徒会メンバーは現在全員男子だ。女と言われるのは友美しかいない。

「良い御身分じゃないか、相変わらず女を侍らせている様だな」

 興味を持ったのか友美に近づく。

 こっ!


 思わず飛び出したくなるのを、寸前で堪えた。

 男は構わず友美に手を伸ばして―――

 その手はぺしっと叩き落とされた。

 流れる様な動作で空条先輩の背に友美が隠される。うわ、手でがっちりガードまでされたよ。

「コイツに触るな」

 見事なイベントスチルの再現に、思わず胸が震える。

 周りから2重の意味で女子生徒の悲鳴が上がった。


 一方で先輩の性格を考えると、ここまでがっちり庇うなんて、と思ってしまう。

 只の後輩であったなら、声を掛けて相手を牽制とか、下がっていろって友美に言うだけだったと思う。

 案外先輩も友美の事を結構大事に想っているんじゃないだろうか、自覚の有る無しはともかくとして。

「ふん?なんだ、本当にお前の女だったのか。これはいい、空条の跡取りともあろうものが女一人に腑抜けにされるとはな。せいぜいその女と楽しむがいい。堕落した貴様には空条の椅子は似合わん、俺が貰ってやる」

「先輩はそんな人じゃありません!いつだって頑張っているの、私は見て知っています!この学園に通ってる訳でも無い貴方が、いい加減な事言わないでください!」

 調子づいた男に友美がキレた。

「なっ!?」

「おい篠原、余計な口出しはするな」

「でも、先輩!」

「良いからお前は黙ってろ」

 空条先輩がまた友美を庇った。

「これ以上ここで晒し者になり続けるか?俺は慣れているから構わんがな?」

 嫌味で蹴散らす。

「……ふん。……忘れるな。貴様は空条に必要とされていないという事を今に思い知らせてやる」

 そう言い残して他校の上級生らしい男は去った。

 悪役おつ。だけど無駄さ、先輩が先輩である限り、君に勝ち目は無い。

 心の中で罵倒する。

 ここがゲームじゃなくたって、今のは完全にフラグだろ?割とダメな方の。


「勝手に前に出て来るな。お前には関係ないだろう」

「でも、あんなに一方的に言われて、先輩は悔しくないんですか!?」

「悔しいか悔しく無いかは問題じゃない。あの手の手合いは自滅するのがオチだ」

 その通りです空条先輩。

「それでも私は嫌です。嫌だったんです」

 ぎゅっと両拳を握りしめて友美が言い募った。

「黙ってなんて、見てられません。だって、お世話になった先輩の事ですから!」

 今はどうこうする気の無い空条先輩が、友美をこれ以上関わらせまいとする。

 その表情には本気で嫌がるような、うんざりした様子は見えない。

 でも、引き下がらない友美にイラついてはいる様な?

 

 ふと我に帰る。

 主に友美の発言内容のせいで、何となーくこの辺にリア充臭が漂ってきた気がしなくも…?

 思わずあたりを見回した。うん、何も無いのは分かっているけどさ。

 ぼちぼち止めるべきかなー?友美、周り見えてなくないか?

 あ、そうだ、そう言えば強制的に空気にされた生徒会メンバーさん、乙です。


「もういい、お前はもう戻れ」

 溜め息交じりにそう言われて友美が顔をしかめた。

 泣きそうな程では無いにしろ、そんな風に言われたくなかったのだろう。

 でもいい加減空条先輩も、これ以上見せ物になるつもりは無いらしい。

 素早く友美の携帯を鳴らす。

「あ、」

 友美が気付いた。きょろきょろしてから視線が合う。

 私は一足先に野次馬集団から離れた。

 

 集団から離れてゆっくり歩く。友美はすぐに追いつくだろう。

 後でお説教。まんまと挑発に乗せられて、先輩に迷惑かけた事謝らせないと。

 ついでに空条先輩の事どう思っているのか聞いておこうか。

 そんな事を考えながら歩いていると、前方から、解散しかかっている野次馬集団に向かって駆けてくる女性がいるのに気付いた。


「明日葉さん!」

 長い髪の綺麗な上級生とすれ違う。―――ああ、“彼女”だ。

 彼女は集団を通り抜け、空条先輩に親しげに話しかける。

「央川」

 その様子を見ていた私は、声をかけられて初めて椿先輩も一緒に来ていた事に気付いた。

「椿先輩」

 どこからか聞き付けたらしい大寺林先生が、私達を追い越し、空条先輩に声を掛ける。

 終わった事とは言え、一応事情を聴くのだろう。

 何とはなしに、ぼんやり眺めた。


「先輩、あの、七星先輩には気を付けて下さいね」

「何……?」

 向こうは何とかなりそうだと思い、椿先輩に向き直って、私が懸念事項を一言言った所で友美が追いついて抱き付いて来た。

 さっきまでの出来事が、今になってショックとなって襲って来ているのだろう。

 よしよしと背中を撫でて宥める。

 言い足りない事は重々承知していたけど、目の前の椿先輩に向かって「それじゃ」と言ってその場を友美を連れて離れた。

 友美には聞かせられない話だしねえ。ぬうん。

 一方友美は改めて気になったのだろう、不意に空条先輩(と七星先輩)の方を向こうとしたので、「ハイハイ、ちゃんと前見て歩く」と強制的に前を向かせた。

 ……だから君はまだ“見つかっちゃ”ダメなんだって。


 


 こうして、文化祭はいくつかの事件が発生したものの、一般から見れば無事に終了した……と言って良いだろう。


 その後しばらく経ち、やがて1つの噂が学園内を駆け巡る事になる。


 曰く、空条明日葉の婚約者が七星沙織に決まった様だ―――、と。



 これで、決まりだ。

 “彼女”はターゲットを、椿先輩から空条先輩に完全に変えた。

 それが意味する事は、すなわち友美(ヒロイン)運命()が、メイン攻略キャラクター空条明日葉のトゥルーEDルートに分岐した、という事。

 


 噂の婚約者様を放置する様に、空条先輩は友美を誘って今日もおデートだ。

 最近は友美が「こういう場所があるんですけど」とネタを仕入れ、先輩が「じゃあ行くか」と連れ出すパターンも増えて来た。

 当然だがその「じゃあ行くか」(突発)に拒否権は無い。

 友美が「先輩は忙しいから」と気を使っても、先輩自身が「俺が行くと言っている」と殿発言で強行するあたり、友美と出かける事自体が先輩の癒しになっているのかな?案外。

 定例会以外でも会えば仲良く話すし、それを隠している訳じゃないからまだ噂にはなっていないけど、きっとそれも時間の問題だろう。

 一応周囲にはまだ『ただの後輩』で済ませているらしいが、それも何時まで保つか。

 実際、例の“あの人”のご機嫌は現在急降下中で、周囲に当たり散らしたり、かなり上から目線な物言いも増えたという。

 おかげで“彼女”の人気はダダ下がりだ。

 女子連中からは、蛇蝎の如く嫌われ始めている。


 そういう、シナリオの修正力は、いらなかったかなー。

 この先を思い浮かべて、喜ぶべきか鬱るべきか悩む。

 それで友美と空条先輩の絆や愛情が深まると言うなら、必要悪、と言われても仕方ないのかもしれないけど。


 できるならば、この平穏な日常が少しでも長く続きますように―――。




 そしてもし――――――、

 もしも運命の女神がいるのなら、どうか無事に全部終わりますよう―――。

 

 



(但し死神(タナさま)てめーはダメだ)










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