東雲君と放課後のお菓子パーティ
10月も中旬のある日の放課後。
今日のノルマ分の文化祭準備が終わり、昇降口に向かった私と友美の進路の先に、扉の開いた調理実習室が見えた。
また観月先輩がお菓子作っているのかな?と思って友美と覗いてみると、そこにはお菓子に囲まれた東雲君がひとりで何やら作業していた。
……またこのパターンかい。
「あっ、友美ちゃん、櫻ちゃん、いらっしゃあああい!!」
にっ、あわなっ!!
思わず目をひん剥く。
言いたい事、てかやりたい事は分かるけど!
「東雲くん、このたくさんのお菓子、どうしちゃったの?」
友美はスルーしたし。はっは。
「うん、キレー☆なおねーさんたちにもらったー」
……愛想振り撒いた末に強奪、の間違いじゃ無いのか?それ。
「そっかあ、よかったねえ」
よくねえよ!!
内心の突っ込みは表に出す事は無く。
……だってこれ、イベントだし。…多分。
東雲君の好感度低イベントであるこの「放課後はお菓子パーティ」は、他のイベントに比べても分かりやすい方だと思う。
ちなみにその内容から、プレイヤーの姐さん達からは「放課後のフードファイター」とも言われていた。
今の状況みたいに、お菓子ばーっと並べて、ほくほく顔の東雲君が写っている1枚絵。…ほぼ確定かなー。
「…んで?ただ食べてる、って訳でも無さそうだけど?」
「うん、何かそれだけだと面白くないかなあって、アレンジしてみたんだ」
イベント時との差異。それはこのお菓子群に、さらに市販のお菓子が追加されているらしい、という事だった。
これだけやって太らないとか、ホントね!!(ビキビキ)
つか、それって……。
「どっかのコンビニ料理漫画みたい」
ぽそっと呟いた。
「なにそれ?」
「弟が海外に行く前に読んでた雑誌に、コンビニの駄菓子とか食料品を混ぜて魔改造して美味しく食べよう、って企画の話があったんだよ」
確か。
不思議そうにこちらに聞き返し、手元ではコーンフレークの上に貰ったカップケーキとアイス乗せてイチゴソースをかけている東雲君の様子を見ながら、私はそんな事を思い出していた。
……盛り過ぎじゃね?
「結構面白かったけどね。今もやってるんじゃない?」
年少向け少年誌と侮るなかれ、その作風(あっさり画風にしては、主人公を筆頭に美系率が高い)から、結構女性読者も多かったのだ。
「へえ、面白そうだね」
「進之助くん、そんなの読んでたんだー」
友美がぱあっと明るい笑顔ではしゃいだ。
…可愛いけど、今の何処にそんな要素が?
「わたしもやってみたいなあ」
「アレンジ?センス問われるぞ?」
シロートが手を出して良い分野じゃ無い。
「どうぞどうぞー、ここにあるもの好きに使っていいからねー?」
こら待てそこの愉快犯、唆すんじゃないっ!
「作るのは良いけどさ、……友美体重」
わざと耳元でぼそっと言うと、うきうきしながら材料を選んでいた友美は、そのままの表情と姿勢で固まった。
ぎぎぎ、とぎこちなく振り向き、何やら思案していたかと思うと、突然両手を体の前でぎゅっと握りこんで…、
「ふぁいと、おー、なのです!」
ぶはっ、と後ろで東雲君が吹き出した。
それ教えたの私なんだけど、責任、取るべきかなー…?
「わざわざ魔改造しようと思ったのって、何かきっかけでもあったの?」
「ちょ、魔改造って酷いよー!」
聞こえなーい。
気になったのはイベントとの差異。
元々は、貰ったお菓子を東雲君がただ食べるだけだったと思うんだけどなあ?
「だってさー」
ちょっと口を尖らせたその様子は、さすがショタ枠と思わせるだけの威力があって、ドキッとする前に、妙に感心してしまった。
「先輩達忙しくてハロウィン出来ないっていうんだもんー!」
発言内容もお子様だったよ!
そんな理由か!
「そっかあ、そうだよねえ。先輩達、この頃すごく忙しそうだもんねえ」
友美、そこ同意するとこか?
「そっかあ、ハロウィンかあ…」
「ね?友美ちゃんも残念に思うよね?」
そこ、巻き込むな。
「で、一足お先に『トリック・オア・トリート』してきちゃったのね」
「うんっ!!皆にこにこしながらお菓子くれたよー!」
実にいい笑顔でした。
…反省の色無しとか、こいつの将来大丈夫か?
「……こういうアレンジ得意なら、将来はフードスタイリストとか?」
老婆心が刺激されて、彼の将来についての情報を引っ張り出して来る。
「そっかあ、東雲君そういう職業似合いそうだね!」
キラキラした笑顔で友美が賛同したけど、
「ん~、まだ将来なんて早いかなあ、って」
こちらを見もせず返事する。
手元で作業してるから、仕方ないと言えばそうだけど。
感じた違和感に、心臓が一つ嫌な鼓動を立てる。
ねえこれ、もしかして……流された?
「でもでもっ、これなんかすっごく綺麗に出来てるよ?才能あると思うんだけどなあ?」
「輝夜に比べたら大した事無いって。それにどうせ、遊びみたいなもんだからね~」
……また、だ。
「そんなあ、もったいないと思うよ?ね、考えてみてよ!」
「そう~?そーだねー」
今のはあからさまに流した!
友美の言葉が届いて、無い。
……イベントは起きた。でも、それだけ。
東雲君のフラグが折れた…?
え?原因は!?好感度足りないせい!?時期が遅すぎたから!?
どっちも心当たりがある。あるけど、こんなイベント不成立の仕方、してたっけ!?
突然の事態に、頭の中が混乱する。
いくつもの攻略情報が脳裏をよぎるが、それはただ素通りするばかりで。
ちょっと冷静になろうと一つ深呼吸する。
その不自然な動作に友美が気付いた。
「櫻ちゃん、大丈夫?顔色、悪いみたいだよ?」
「え?ああ、ごめん、大丈夫―――」
「もう、大丈夫じゃないよ!ほらこっち、椅子に座って待ってて、今お茶淹れるから」
「……」
具合が悪いの言葉に、作業の手を止め東雲君がお茶淹れに走った。
妨害しちゃった…?
こんどこそ、フラグへし折った…?
「櫻ちゃん…」
椅子に座った私を心配そうに覗き込んだ友美に、少しだけ笑みを見せる。
「お菓子の甘さに酔ったかな。これだけあると結構匂いとかも充満するもんだね」
「ええっ!?」
遠まわしに東雲君のせいにしてみる。
少し離れた場所で、用意していたのだろう電気ケトルからお湯だかお茶だか淹れる東雲君が、僕のせい!?と悲鳴じみた声を上げた。
うん、大丈夫。
ちょっと落ち着いたみたい。
そのまま思考の海に潜る。
パラメが問題じゃ無い事はすぐに分かった。
最高難度の空条先輩のイベントが、今のところスムーズに行っているという事は、恐らく東雲君の規定値も、それ以上行っている筈。
…もしかしたら選択肢の問題だろうか?
それは、この世界が現実になって、どうしようもなくなった事の1つ。
例え私が選択肢を覚えていても、それを友美に教えてしまえば、それは友美の言葉や感情じゃなくなってしまう。
友美の心からの物でなければ相手にはきっと届かないし、友美自身の心さえ歪んでしまう気がするから。
それでは意味が無いのだ。
だからと言ってこの現状、一体私に何が出来るだろう?
必死に考えても良いアイディアは出てこない。
好感度、時間、選択肢。
知っているだけでは役に立つ事が出来ない事もあるのだと、私はこの時初めて知った。
「やっぱり元気ないねー」
東雲君の言葉にはっとする。
「保健室、行く?」
友美の言葉に首を横に振り、私は改めて二人を見た。
「…ねえ、二人は友達だよね?」
確認したくなったので言っただけなのだが、二人は顔を見合わせた。
「何言ってるの櫻ちゃん、“3人とも”友達でしょう?」
「変な櫻ちゃ~ん。どっか頭打った?」
しのの~~~ん!!!
いつも通りの東雲君に、何だか気が抜けてしまった。
ったく、悩んでるこっちの方が馬鹿みたいだよ。
「もう、東雲くんったら!」
「あはは、冗談だよ、冗談」
膨れた友美を慣れた様子でかわす東雲君。
その様子を見て、思い直す。
攻略出来ないからって、諦めたら駄目だ。
まだこの“ゲーム”は半分だって終わっていない、むしろこれからが本番なのに。
こんな所でくじけかけていちゃ駄目なんだ。
フラグが折れてしまったとしても、この二人の未来は、きっと別の形で続いて行く。
それならば、出来る限りその関係が、優しく愛しい物である様にしたいでは無いか。
「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃry」
ある意味最強の呪文を、目の前の2人に聞こえない様に、小さく唱えて思考を切り替える。
そう、考えるべきは友美の事!
1に友美、2に友美、3も4も5も友美!
っし!まず考えるのはこれからの事!
だったら今一番大事なのは何?
…よく考えてみたら、そんなに焦らなくても良い事に気付いた。
だって別にハーレムED目指すんじゃないんだから。
今重要なのは、あくまで友美が幸せで愛に満ち溢れた恋愛関係を築き、育めるかどうか。
その為に注意しなければならないのは、“誰が一番ルート的に進んでいるか”“そのルートを間違いなく『正しく』『イベントの取り逃しなく』進んでいるか”だ。
確実にスムーズに進めるには、該当キャラの起こせるイベントは全部起こすべきだという事。
最優先は…?イベント発生数の多さから言っても、空条先輩だ。
だったらこの状況からしても、もうそろそろ空条先輩1本に絞った方がよさそう。
文化祭にはルート分岐のイベントがあるし、そう考えれば今回の事は、ちょうど良かったのかもしれない。
ただ、夏休みのイベント的に、椿、観月両先輩には可能性がまだ残ってそうだけど。
でも、何だかもやもやする。
最悪、3先輩ならほっといてもどうにかなる気がするから、大丈夫だと思う。しっかりした人達だし。
白樹君や木森君も、そんなに心配しなくても、人生そつなくこなすだろうと思う。
…心に抱えている様々な思いを、そのまま内包しながらもね。
先生に至っては、それこそもう大人なんだし、自力でどうにかしろ、って感じ。
唯一の気がかりは東雲君。
…これからこの人はどうなるんだろう?
どう、するんだろう…?
心配だけど、友美の言葉が届かない以上、こちらから出来る事は多分もう、無い。
友美の好感度が足りない、時間が足りないというのならば、同じような付き合い方しかして来ていない私にも、どうにも出来ないだろう。
それに、…本気で好きでも無い人に、そこまで入れ込んだ行動なんて出来なかった。
きっとそれは、相手にとっても失礼だ。
だから、諦める事しか出来ない。
少し、悔しいけど。
ここが現実なら、そう上手く攻略出来ないのはきっと当然なのだろう。
数値で線引き出来ない世界。
リセットも巻き戻しも無い世界。
主人公とプレイヤーが違うならなおさらだ。
私は心配そうな顔をする東雲君からカップを受け取り、「ごめんね」と言った。
その言葉に、2重の意味が隠されている事に、
彼は恐らく生涯気付く事は無いだろう。
「こっちこそごめんね?気が付かなくてさ。甘いの大丈夫だと思ってたから、全然気にしてなかったよ」
「ああ、さっきの『甘い匂いに酔った』、ってのは冗談だから気にしないで?」
「えっ!?冗談なの!?」
酷いよー!!と地団太を踏む東雲君に、友美と2人、くすくす笑う。
……こういう言葉は、届くのにな。
淹れて貰ったのはお茶に、少しホッとする。
気分悪くなったのは一瞬だけだからと説得し、共同作業に戻った友美と東雲君を見ながら、私だけ束の間のティータイムとなった。
何だかんだ言いながら二人仲良く作業する姿に、やっぱりヒロインと攻略対象が仲良くしてるのは良いなあ、とほのぼのする。
東雲君のシナリオは、本人の性格も相まって少し…かなりクセがあるけど、それさえ乗り越えられれば割と安パイだと思う。
つか、見てて思った。
可愛い×可愛いは最強。
「じゃ、頑張って一人で食してくれたまへ」
お茶を飲み終わった私は、2人の作業がひと段落したころを見計らって立ち上がり、そう宣言した。
突然の私の言葉に、2人は揃って驚いた表情をこちらに向ける。
「へっ!?」
「元々そのつもりだったんでしょ?がんがれ」
「櫻ちゃん?」
私の名を呼んで怪訝そうに首を傾げる友美を促し、忘れずに鞄を持って実習室のドアへと向かう。
「私今日は匂いだけでお腹一杯だから、このまま帰るねー」
「えっ!?ちょっとまっ…」
「良いから行くよー」
友美の言葉を意図的にスルーして、部屋を出た。
「櫻ちゃん、やっぱり具合悪かったの?」
心配そうな友美に、私はわざとらしく目を見開き、「そんなことないよー」と明るく言った。
「ただねー、しののんやっちゃいけないことやったからおしおきー」
「えっ?えっ!?」
うきうきと、弾んだ様に聞こえるんじゃないかって位、明るい調子でそう言って、そのまま分かってない友美を置いて昇降口へと向かう。
「ま、待ってよ櫻ちゃん!」
「ほら、暗くなる前に帰らないと、小父さんがまた騒ぎ出すぞー」
「もう、待ってってば!」
だってさ、
自覚が無いにしろ、友美の事振るなんて、
お仕置きモノでしょ?
イベント失敗。
敗因は主人公の先走り(フードスタイリスト云々)による、好感度停止。
このネタ出すならもう少し仲良くなってからじゃないと駄目でした。
で、ある意味友情ルートに移行。(当然EDなど無い)
ついでに、主人公の言っている「コンビニ料理漫画」は、リアルでは現在絶版中です。残念ながら。作中ではまだ連載している様ですがw
あの頃の「ボンボ○」は輝いていたなあ…。




