大寺林先生と居残り作業
先輩達が修学旅行に旅立って、早や2日目。
昨日の夜には友美と3先輩達と電話もした。
メールで事前に確認していたので無事繋がったんだけど、何故か向こう3先輩、こっち友美と私っていうカオスだったんだよ。
あれ?これって空条先輩イベントだったよね?
どう解釈したらいいんだ…。
まあ、先輩達も楽しんでいる様子がうかがえたので、それはそれで良かったのかな?
それはそれとして、電話中に気になった事がいくつか。
話してる最中、先輩達は誰かに呼ばれた(…)みたいで、その件についてもなんだけど、その時改めて友美は空条先輩と電話で話す約束をしたらしい。隣で会話を聞く限りは。
でも結局その後私にはお呼びがかかる事は無かった、…って事は…?
おいおいおいおい、友美サン?
もしやですか?もしやー?(にやにや)
そんな先輩達がいない日の放課後。
図書館に寄っていたら、少し遅くなってしまった。
返却だけですぐ帰るつもりだったんだけど、新着棚に気になった本があって、うっかり立ち読みしてしまったのが敗因だ。
途中で気が付いて慌てて教室に戻り、待たせていた友美にごめんと謝って、鞄を持ってさあ帰ろうとしたところで、
「誰かいるか?」
大寺林先生に捕まってしまった。
「悪いな」
「別にこれくらい大丈夫ですよ?」
「ごめん友美」
「だから大丈夫だってば、櫻ちゃん」
今回の友美は完全にとばっちりだ。
仕事が立て込んでいて手が空きそうにない先生の代わりに、次の授業で使うレジュメの組み立て作業をする事になったのだ。
資料室の机を借り、3人で作業をする。
先生は先生の仕事があるので、別の資料を広げていたが。
「もうこうなったらさ、とことん遅くなって小父さんギリギリ言わせちゃおうか」
「えー?ダメだよそんなの。それこそ手に負えなくなっちゃうよ?」
「これから帰るんだと、どっちみち手遅れだと思うよー?今急ぎのお仕事抱えてないから、早く帰ってくるし。それだったらちょっと何処かに寄ってさ、英気を養ってから対峙するってのはどう?」
にやりと笑って友美を唆す。
実際、作業で疲れた頭と体のまま、あの小父さんの猛攻に立ち向かう元気は、…無いとは言わないが、できれば心に栄養が欲しい。
「もう、櫻ちゃんたら。それで?どこか行きたい場所はあるの?ホントに遅くまでいるのはナシだよ?」
くすくす笑いながら友美が了承を告げる。
「んとねー、じゃあ、駅地下のクレープ屋台に行こうか。オレンジの奴食べたい」
「良いね、そうしよっか」
私の提案に友美がこくこく頷く。
あそこなら近くに軽食スペースあるし、コーヒーも(味は推して知るべしだが)飲めるから良いだろう。
「お前等しゃべるのは良いが、手元がお留守になっているぞ」
「あっ、ごめんなさい!」
尽きぬガールズトーク(?)に先生の注意が飛んで来た。
「押し付けた俺が悪いんだけどな。まあ、早く作業すればそれだけ早く帰れる、ってもんだ」
「……じゃあ、先生も早くした方がいいのでは?」
ぱちん、とホチキスで書類を止めながらツッコんだ。
私はちゃんと手を動かしているから良いんだもん。
……せんせのくせに、友美とのいちゃいちゃ会話を妨害しようだなんて。
手元のホチキスでその口ぱちん、てしちゃいますよ?某物語張りに。
意味も無く、手に持ったホチキスをカシャカシャ言わせた。
「分かった分かった。央川がちゃんとやってるのは分かったから」
「友美だってちゃんとやってますよ。ね?」
「う、うん、ごめんなさい、私遅くて」
そういう友美の作業スピードは、私より少し完成品の束の厚みが薄い程度だ。
「焦らなくても大丈夫。こういうのはスピードより正確さが大事なんだから。誰かが使うのに間違った内容の物渡しちゃったら、そっちの方が問題でしょ?」
「そ、そっか」
私の指摘に、友美の表情に気合が入った。
とはいえ、ちょっとおしゃべりは控えるべきかな。
「じゃあちょっと頑張るね?」
「うん」
本腰を入れて作業を始めた私達だったが、今度は先生の方から声をかけて来た。
「お前等はいつ見ても仲が良いな。……少し良すぎるくらいだ」
「え?」
「友美、手」
「あっ」
「まあ、独り言みたいなもんだから、聞き流しても構わないんだが…」
突然の言葉に友美の手が止まりそうになったので、指摘する。
でも急に何の話だろう?
「篠原は少し央川離れした方が良いんじゃないかと思ってな」
余計な事を……。
「だが断る」
「央川は少し黙れ」
顔も見ずに言い放った言葉に、先生も同じノリで返す。
顔見てないから分らないけど、若干溜息が混じっていた様な気がするのは気のせいだろうか?
「ダメ、ですか?」
きょとんとした顔で先生の方を見つめる友美。
その顔も可愛いけど、作業の手は完全に止まってしまった。
……言うだけ無駄か。
「駄目と言う訳ではないが、篠原の場合は……そうだな、例えば彼氏の1つでも作ったらどうだ?世界を見る目が変わるぞ?」
唆すのとかマジ勘弁。
「篠原は可愛いから央川が心配するのも分かるが、人生何事も経験だろう?」
それには同意するけど、その方法には
「異議あり!」
思わずがたんと音を立てて立ち上がり、びしっと先生を真っ直ぐに指して異議を唱えた。
って、友美さん?
「友美?」
顔を覗き込むと、妙に顔を赤くした友美が両手で頬を抑え、少しだけ視線を逸らした。
「だって、先生に可愛いなんて…」
ああ、普段はそういう事言うキャラじゃないもんね、先生。
普段生徒とは一定の距離を置いていて、その線引きはきっちりしている先生が、友美にだけは何故か……。
あれ?もしかしてこれ、イベントの匂いして来た?
「篠原は可愛いだろう。男子達も結構注目しているぞ」
その発言は否定しない。
注目されるだけで済んでいるのは、明らかに“空条”のせいだろう。
最近よく一緒にいたり、定例茶会でもよく話しているのを見かけるし。
顔をさらに赤く染め、あうあうとでも言いそうな位うろたえつつ、それでも視線は先生から離れない。いや、離せなくなっているのかな?
そんな友美の様子に、優しげな頬笑みを浮かべた先生が、つい、と手を伸ばし―――
「げふんげふん」
私はそこで、わざとらしく咳き込んで見せた。
そのあからさまな咳払いに、先生が慌てて手をひっこめる。
友美は真っ赤になったまま硬直してしまった。
―――普段だったら止めないで、そのままによによ見てただろう。
でも、今回は相手が問題。
何故なら、大寺林先生のシナリオは切な萌えシナリオだからだ。
ゲームでやる分にはむしろばっちこいだが、友美にそんな悲しい恋をさせるわけにはいかない!
「先生、やりすぎいくない」
「分かった分かったそう睨むなって。お前の大事な篠原に手は出さんよ」
……そういう。
少しだけ考えた、その結果は。
「手は、出して良いですよ?」
「櫻ちゃん!?」
友美を売り飛ばす様に聞こえなくも無いセリフに、友美が驚いたような声を上げる。
先生も目を見張った。だが、本文はここからです。
「でも“倫理的に覚悟完了してから”にして下さいね?」(にこ)
「……それが脅しじゃなくって何だと言うんだ」(ぼそ)
何か聞こえたんですけど、先生。
つうか、常識的に考えても当然の事じゃ無いですか。やだなあ。
……って、なんで友美まで引いてるの。
「お前はどうなんだ?」
大きく息を吐いた後、先生がこっちに振って来た。
……仕 事 は ?
「きちんとやりたいことやってるか?」
え?
予想もしなかったことを言われた。
「…やってますよ?」
首を傾げる。
「……無理している、訳じゃなさそうだな」
だから何の話ですか。
「勉強も、そっちの篠原の事にしても、少し熱心すぎる様に見えてな。それにお前、実は群れるの好きじゃないだろ。それも篠原に付き合っているせいか?」
驚いた。そんな風に言われたのは初めてだったから。
「櫻ちゃん、無理してたの?」
って、だあああっ、そんな言い方したら友美が傷つくでしょうが!!
「してない!」
「でも」
「してないよ。自分で分かってやってるんだから。“無理は”してない」
きっぱり言い切った。
「馬鹿友美、そんな訳無いでしょうが。君が心配する様な事は何にも無いの」
隣に座ってる友美の可愛いおでこに、こつんと自分の額を当ててそう言う。
む、まだちょっと心配そうだ。
「……確かに自分大事、自分の時間大事、だけどね」
ここは本音を出すところだろう。
苦笑しながら少しだけ語る。
「でも、友美に付き合っているから仕方なく、じゃなくて、私は私なりに、友達の事ちゃんと大事にしたいと思ってるよ」
ぼっちの怖さと切なさは、前世の自分が一番良く知っていたから。
「それにしても、分りますか」
今のはさすがに予想外だった。
余計な事言われた、とも思ったけど、それより素直に感心する方が先だった。
「分かるさ。これでも生徒の事はずいぶん見て来たからな。…勉強も、熱心なのは良いがあんまり無理すんなよ」
「してませんって」
妙に心配されて、思わず苦笑する。
生徒の事を見てる、と言うその言葉に安心感が湧いて、心が何だか温かくなる様な気持ちになった。
良い先生なんだね、せんせ。攻略対象、って言うのとはまた違う意味で。
「だったら良いがな。お前こそ好きな奴とかい無いのか?」
「無いです」
キリッ、しました。
「というか先生の癖に、勉強より恋愛勧めるのってどうなんですか?」
良いのかよ。
「勧めてる、って程でも無いけどな」
その言葉に今度は先生が苦笑した。
「たまには視点変えて世界を見て欲しいってだけだ」
その言葉に目を見開く。
自覚が無かったけど、周りからはそんな印象なのか、私?
「そんなに一極集中に見えますか」
「見えるな」
「たまにね」
友美まで!?
くすくす笑いながら友美にまで突っ込まれ、ちょっとテンションが下がった。
があん。
何だか意趣返しがしたくて、何かないかと心の中を引っ掻き回す。
「まあこの間も言ったけど、完全に恋愛興味無い訳じゃないですし…、気になる人だって居ないって訳でも無いですよ」
これならどうよ!?
……まあぶっちゃけゲーセンのコージさんの事なんだけど。
良く話す、位しか今のところ接点無いけど!(震え声)
おや、と言う感じで目を少し見開いた後、先生は優しい声で「ならいい」と笑った。
って、なでなでされた、だと!?
「……せんせ、せくはら。PTA」(ぼそ)
「お前、俺に何か恨みでもあるのか。…分かった分かった、2人にはこれ以上手は出さんと誓うから」
かんべんしてくれと苦い顔して手をひっこめた先生に、心の中で呟く。
…別に出しても構わないんですってば。双方覚悟完了していれば、の話ですが。
結局その言葉は、喉のあたりで溶ける様に消えて行ったのだけど。
「あはっ、櫻ちゃん、照れてる!」
「照れてなど無いッ!」
でも、顔を赤く染めた今の私に説得力が無いのは、自分自身が一番良く分かっていた。
先生の笑顔は破壊力あるんだよ!
普段、生徒に向けて自分から笑いかけたりしないから余計にね!
てか、もしかして「なでぽ」持ちか!?先生の癖に!
悔しかったので、先生に『モトカノ』の事話して追撃してやろうと思ったけど、やっぱり止めた。
心配かけちゃったのは本当だし、先生から見たら、本来ただの1生徒に過ぎない筈の私の事をこんな風に心配して貰った事自体、有難いと思うから。
頭撫でて貰ったのだって、嬉しくて、少しドキドキして、あったかい気持ちになれたから。
だから今回は見逃してあげる。
…決して“なでぽ”効果なんかじゃ無いんだからねッ!!
あと友美さん、そんな『良いなー』なんて顔でこっち見ない!
ちなみに、『先生にはモトカノがいて、どうにも未練があるっぽい』というこの件については、すでに裏が取れている。
先生の切な萌えシナリオの根幹を成すこの重要な情報は、某運動部所属の友人からもたらされたものだ。
それは先生が、最近になって某女子先輩を振った時の事。
その告白に付き合う形になった先輩の友達先輩が、先生の左手の薬指に、真新しい指輪の跡を見つけたのだ。
先生が指輪を微妙な顔して見ていた、という別口報告もあり、=モトカノ疑惑と相成った訳で。
で、それを報告された側の先輩が、部活で後輩にペロッ、攪散。…の流れ。
一般生徒からしたらまだ疑惑の段階だが、私にとっては確定情報に等しい。
アンテナを張っていれば、これ位の情報はすぐ手に入る。
友美の為に手持ちの情報とつき合わせる為、そういう方面では割と積極的に情報収集している私にとっては、なおさら容易い事だとも思う。
……自分で言うのもなんだけど。
女の情報網、なめんな?せんせ?
2013.6.6増量仕様に修正




