椿先輩と突然の喫茶店デート
そしてこの愛の差である。
「あっつーい……、灰になりそう…てかなる…」
ビルを出たら、途端に直射日光と包み込む様なむわっとした空気に襲われて、私は思わず呻いてしまう。
夏休みも後半のとある平日、私は模試を受ける為に隣の市、「鳥南市」の駅前にある予備校まで足を延ばしていた。
……ここって、とあるイベントの舞台なんだよね…。
用がある時には良く来てるとは言え、万一の時の為に一度ちゃんと下見しとくべきだとは思うんだけど、……今日は、と言うか、“あつはなついから”パス。
とっとと駅中に入って涼もう、そして帰ろう、と思っていた私の耳に、何か起こったような人の声が聞こえて来た。
何事かと思って周囲を見回すと、その人だかりはすぐに見つかった。
……ああ、暑いから倒れたのか。
どうにも熱射病でくらっと来たらしい。
細っこいお姉さんが路上でへたり込んでいるのを、数人の大人たちが囲んでいた。
口々に心配した様子で声をかけている様だ。
……って、
「椿先輩、大丈夫ですか?」
その人だかりに混ざって、無言ながらどうしたらいいのか分らないと言った風情の椿先輩が、そこには居た。
とりあえず頭は打っていない様だと判断し、涼しい場所に移動する事になった。
幸い駅前で、少し移動すれば駅中デパートのエントランスが口を開いて待っていた。
中から店員も出て来て応援に入る。…とは言っても、誘導するだけだ。
女性は椿先輩によって上半身を支えられ、数人の大人が他の部位を支える。
……多分椿先輩独りでも抱えられるんだろうなあ、それこそお姫様抱っこで。
まあでも、周りの空気がそんなじゃないし、わざわざ口にする事でもないので、私は黙って女性の取り落としたバッグを持って後を追った。
救急車を待つ間、大人達は女性に「大丈夫か」とか、「今救急車来るからね」とか、声をかけている。
意識はぼんやりあるっぽいけど、話すほどの元気は無いらしい。
時折私と椿先輩の目線が合うのだが、……心配って言うより、困惑している様な。
…視線が定まってないですよ?先輩。
動揺している様なので、安心させる様ににっこり笑う。
これだけ大人の人がいるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫ですって!
びく、と突然先輩が不自然な動きをした。
何事かと思っていると、椿先輩が俯いた。
その視線を追うと、上半身の方にいる先輩の手を女性がきゅっと握ったらしかった。
おろおろしている先輩。
…ここで相手を安心させられる様に、下手なダジャレーの1つも言えない辺りが先輩の先輩たる由縁というか。
…まあ、キャラ的にも女子供には慣れてないから仕方ないね。うん、先輩なら仕方がない。
結局、救急車が来るまで先輩はそのまま硬直していた。
「一緒について行かなくても平気だろうか…」
当初は女性に手を握られていたこともあって、一緒について行こうとしたのだが、ややこしくなりそうだったので止めた。
先輩だけついてって、私だけハイさよならって訳にもいかないだろうし。
……これ以上時間拘束されてたまるか、私は帰りたい。(本音)
「ここは専門の人達と大人の人に任せるべきですよ。専門外でお子供な私達がついて行っても役に立たないし、返って邪魔になる事もあるでしょう?お家の人とは連絡取れたんですから、これで良いんだと思いますよ。それに白塔病院は白樹系列だから大丈夫ですって」
先輩を見上げて説得コマンド発動。
……にしても、ホント身長高いなあ…。ガタイも良いし。
ちなみに、話に出て来た白塔病院は、白樹君家の主な事業である製薬会社と直結してる、ここら辺では一番大きな病院だ。
……その名前どうなの?って、思わなくも無いんだけど、ね。うん、気にしたら負け。
私のそのセリフに、先輩は「そうだな」と大きく息を吐いた。
どうやら相当緊張してたっぽい。
先輩の様子を確認して、さて、と、改めて外を見る。相変わらず暑そうだ。
駅中に入っちゃったし、このまま帰るか。
「先輩、私そろそろ帰りますね」
ぺこりとお辞儀をして別れようとしたところ、思いもかけない言葉が先輩の口から飛び出した。
「央川、どうせなら茶でも飲んで行かないか?」
え?
駅中ってサ店はスタバくらいじゃ…、先輩甘いのダメでしょう。
…あ、フードコートに和風カフェあったし。
デパートの案内を見て少し悩んだけど、折角なのでご一緒する事にした。
「じゃあ、この『万寿堂』さんで」
「ああ」
二人揃って移動。うわ、なんかデートっぽい。
微妙に浮かれた。
「で、先輩は何で鳥南市にいるんですか?」
お茶が運ばれて来たので、口を付けつつ聞いてみる。
「…剣道部に呼ばれた」
また練習試合かな?
「所属して無いのに熱心ですね」
「……そうでもない。央川は?…模試か」
「ですです」
「……熱心だな」
「そー、ですかねー?」
ぽつぽつとした会話のキャッチボール。
でも、この空気は嫌じゃ無い。
「まあ、大学卒業して就職するまで気は抜けませんから」
そう言うと、椿先輩が吃驚した様に軽く目を見開いた。
「……そこまで考えているのか」
「何になるのかは、まだ決めてないんですけどね」
苦笑する。
「とりあえず文系大学、ってとこまでは決めてるんですケド」
いやァ、やっぱり理数系は無理でしたわー。
頭のスペックはあると睨んで頑張ったものの、そこら辺、どうにも元の自分に引きずられたらしくって。
……口惜しくなんかないやいッ!!
「運動方面は何かやらないのか?」
椿先輩らしくそっち方面に意識が行くのか、そんな風に聞かれた。
「うーん、そこまで飛び抜けてる訳じゃ無いですからねー。それに、それこそ本気でやってる人達に失礼でしょう」
あくまで体型維持が目的っスから。
「でも、そう考えると剣道部の人達が少し羨ましいです。もし先輩が部活の先輩なら、すごく熱心に指導して貰えそうだし」
その言葉に先輩は、ちょっと困ったように表情を変えた。
「……何も出んぞ」
目を逸らす。
……もしや、照れてますか?
何か追撃かけたくなって来たかも。
ええっと、何かなかったかな…?
……そう言えば先輩の設定って、剣道4段、実力的にはそれ以上、だったよね?
うーん…、そこから行ってみるか。
「先輩は結構しょっちゅう部活に呼ばれてるみたいですけど、それって、部外者なのに本気で指導できるくらい強い、って事ですよね?」
「な、何だいきなり」
目に見えて椿先輩の挙動が不審になった。
いや、まだまだ全然これからですよ。
「やっぱり将来は警察官とかかなあ、と」
椿先輩のお兄さん2人は警察官の筈。
そのうち1人の方には、先日友美がお世話になったとか。
…くやしくなんかない。無いったら無い。
「いや、俺は警備部の方に行く筈だ」
「御実家を継がれるんですか、凄いですね」
…やっぱりそうか、と、それでも凄い、という感情が同時にわき起こる。
確か先輩の将来については、椿先輩ED中の話で少し触れていた気がする。
でも、それにしても3男が後継ぎって、そういう意味でもやっぱ凄いわ。
「警備員ですか、先輩なら似合うと思います」
「似合う似合わないでなるものじゃ無いがな」
くすりと笑う先輩に、調子良く続ける。
「良いじゃないですか、警備員。空条先輩がお殿様で、椿先輩が用心棒。ほら、ぴったりですよ」
「それは…、褒め言葉か?」
「褒めてる、…っていうか、うん、ちょー似合います」
くすくす笑いながらさらに続けた。
「良いですねー、先輩に守ってもらえる人は」
「そうか?」
「そーですよ、私先輩にカッコ良く守ってもらったら、すっごくすっごく嬉しいですもん」
友美ならその可能性もあるんだろうな~、と意識の片隅で椿先輩のシナリオを思い浮かべた。
によによしながら軽い口調でそんな事を言うものだから、からかい交じりだという事は理解してるんだろうと思う。
「……まったく、上級生をあまりからかうな」
と言って、笑いながら茶を啜った先輩の顔は、照明のせいかほんのり色付いている様に見えた。
話してて分かった。
やっぱり先輩のこういうとこ可愛い。
好感度の上げ過ぎは良くないと思いつつ、…でも、これ位は許される範疇だよね?
ゲームの時はそうでもなかったけど、今までリアルで接してきた中で、一番一緒にいて楽しいのは椿先輩だと思うんだ。
……何かほこほこする。
そこまで考えてくすくす笑っていると、椿先輩が不審に思ったのか声をかけて来た。
「俺といて、そんなに楽しいか?」
「もちろん。私椿先輩とこうしているの好きですから」
即答余裕でした。
「え?」
あ、先輩が硬直した。
思わずぷはっと吹き出す。
うん、こういうとこゲームの頃と変わらない。
あの頃も、お堅い上級生に天然無自覚ちゃんが、こんな風に(先輩にとっての)爆弾を次々と投下して行ってたっけ。
笑いながら様子を伺うと、少々憮然とした面持ちの椿先輩がいて、なら、さらに突いてやろうと私は、びしっと人差し指を上に向けてこうのたまった。
「椿先輩はかっこよくてそんけーできて、強くて安心出来て、一緒にお茶を飲むと心底ホッと出来るから、私は先輩が、…いえ、先輩といる時間が結構好きです」
言い間違いはわざとですが、何か~?
ふふふ、案の定その該当箇所でちょっときょどったし(笑)
「あ、ちなみに異性としてはベスト5に入りますね」
…足し算で4次元どころか5次元殺法なランキングだけど。
にこにこと言い放った私に、椿先輩は何だか疲労感さえにじませた様子で、
「だから、あまりからかうのは止せ」
と大きな溜息を吐いた。
うん、きょうはこのくらいにしておいてやるぜ!
「ちゃんと払いますよ」
「いや、俺が誘ったのだし」
「そんなの関係無いですってば。ここは学生らしく割り勘、いえ、自分の分は自分で」
少々睨み合ったものの、結局「今日のお前には勝てる気がしない」と自分の分だけ払う事に同意してくれた。
えー、だって、流れでのお付き合いなのに、先輩に奢らせるなんて出来ないっしょ。
しかし椿先輩としては、やはり気が済まなかったのか、私の家、というか友美の家の最寄りである学園前駅まで、一緒に電車に乗って行ってくれる事になった。
先輩それだと御実家とは逆方向なのに…。
まあ、会計の時にごねた事もあって、こちらは先輩の意を汲んだ。
もう少し一緒にいても良いかな、と思ったのも事実だし。
「すみません」
「謝る事は無い、元々引き止めたのは俺の方だしな」
「いえ、すっごく楽しかったですから気にしないで下さい」
「そうだったな、……良く、笑っていた」
地味に根に持ってますか?ますね?(笑)
「ほんとに楽しかったです。また、機会があれば」
「……ああ」
少し目を見張ってそう返事した、って事は、今回の様な事はこれっきり、って思われていたのかな?
むう、それはそれで残念というか、失礼な。(ぼそ)
でもまあ、先輩の表情に否定的な色は見えなかったし、嫌だって訳じゃなさそうだ。
どうせだから、また機会があれば良いけど。
そうでなくとも定例会もあるし、今ここで仲良くなっておけば、少しくらい突っ込んだ事聞いても許されるだろう。……今日みたいに。
「それじゃ、今日は有難うございました」
「ああ、またな」
反対ホームに歩いて行く椿先輩を見送って、私もその場を後にした。
思い出して口元が緩く持ち上がる。
うん、今日は楽しかった。
家に帰って、夜、友美と今日あった事をお互い報告していて思った。
あれ?今日あった事、てかやったことって、“友美の”椿先輩イベント(好感度ノーマル)『突然の喫茶店デート』じゃないか、な?
確かこの時に、和菓子関係なら大丈夫、という設定が明かされる筈…。
イベントの流れ自体も…うん、一部余計な事件挟んでいるとはいえ、おおむね間違ってない。
偶然会って…、…人助けしたのは確かその後、好感度上がってからのイベントであった筈だなあ…。あの時は病院までついて行った…。それはともかく、先輩に誘われて喫茶店…。
でも、え?友美居なかった、よ?
どういう、ことなの?
まさか、自分、やらかした……?
……せ、セーフ!!
セーフで!!
むしろ気付けて良かったというか、まだ大丈夫、だ い じ ょ う ぶ だ よ!!
相手が椿先輩で良かったー!
うっわー、この前の旅行でも、やらかしたばっかだったろ自分!!
つか、私だけしかいなくてもマジで起こるのか、イベント。
この2回で確定、だな。
友美じゃ無いから起こらないっていう可能性も、半分くらい考えていたけど、ああ、改めて吃驚したあ。
…ぐぬぬ、…これは、今後よくよく注意しなければいかんな。
…少し好感度セーブし始めるか……。
糖分の差は主人公と作者による愛の差。
「鳥南市」は「取り成し」。市長は下手に出るのが得意な胃痛持ち、と言うどうでも良い設定。




