夏休みの旅行
夏休み直前にもかかわらず、旅行計画は実にスムーズに決まっていった。
白樹君が中心となり企画の進行をした結果、試験勉強にうんざりしていた男子達がこぞって参加を決め、さらに東雲君の参加が女子の増加に拍車をかけた。
結構な大人数になったので引率を大寺林先生にお願いした。ちなみに交渉は代表で私が。
最初渋っていた先生も、
「私達が旅行中に何かやらかしたりあったりしたら、先生の立場も不味くなるんじゃないですか?」
と懸念を示すと、難しい顔をしていたが、最終的に承諾してくれた。
私の周りについては、友美は予定通り空条先輩のヘルプに入り、同クラスの木森君は例の大祭(夏と言ったらアレでしょう)の準備が佳境だと言う事で不参加になった。
まあ、その前に一緒に遊園地行ったんだけどね。友美と白樹君と木森君の4人で。
ああ、胃が痛いナア。(あさっての方向を向く)
そんなこんなで、あっという間に8月の第一週。
旅行当日は良い天気だった。
「暑くなりそう」
思わず漏れる位に。
日程の一部に海を入れたのは正解だったかもしれないし、失敗だったかもしれない。
本日は旅行と言う事で、多少服にも気を使ってみた。
胸元にビーズのついたブルーのホルターキャミ、上着は白のドルマンでレースの飾り付き。茶色のリボンがアクセント。スカートは、キャミと合わせたブルーのロングフレア。裾がちょっと凝ってる。帽子はデニムのチューリップハット。
足は出しません。日焼け対策大事。
「予備持って来て正解」
持ち込んだ日焼け止めは、他の子の分も入れて3本。結構な出費だった。
「おはよー」
「おはよう。暑くなりそうだねー、ペットボトルちゃんと持って来た?」
学園の最寄り駅に集合して、まずは電車で移動。最初の目的地に向かう。
「よし、全員居るな?移動するぞ」
大寺林先生の号令で一同は移動を開始した。
電車に乗る事1時間とちょっと。最初の目的地まであと少しの乗り換えた小さな列車の中、私はひそかに興奮していた。
「(これこれ、これですよっ!!これぇっ!)」
ふおおおおお、と内心叫ぶ私の視線は列車の乗車口、の少し斜め上。
「(この位置、そしてこの角度っ!まさにスチルそのまま!)」
傍から見たら天井広告でも見ているの?といった風だろう。
その実私は、現世でもプレイしていた乙女ゲームの、スチル背景と同じ角度を探してひそかに興奮していたのである。
旅行の行き先に関しては、少し意見を出した。
それなりに近場、それなりに観光地、そして海、少し歩いて山。
ここは全国でも有数の観光地でありながら、乙女ゲーム的にも聖地なのである。ちなみにMY聖地ベスト3。第1位が京都で第2位が函館。異論は認める。
そんな、現代を舞台にしたゲームのスチル背景が散見するこの場所での、いわば第1スチル!興奮せずにいられようか!
「どうかしたの?」
「あ、白樹君」
じっと見つめすぎたか。爽やかな白シャツに青いTシャツの白樹君が寄って来た。
…その格好しててもカッコイイ人は格好良いんですね。なんていうかこう、おされな感じ。
「広告面白い?」
私がガン見していた方に視線を合わせる。ああ違う違う。
「前に読んでたこの辺が舞台の小説に、この電車の描写があってね?」
実際はゲームだが。…はうわッ、この立ち位置はまさにスチルと同じではないかッ!
「ふーん?」
興味無さげに白樹君は行ってしまわれた。あー、もう行っちゃうのか、残念。(スチル的な意味で)
乗り換えてから10分ちょっと、第1目的地である海のタワーにやって来た。
さて、観光開始です!
海に近い割に海臭くない敷地を歩く。
ここのタワーは少し高台にあるので、観光客用にエスカレーターが設置されている。ただし有料。
階段も併設されているのでお好きなほうをどうぞ、と言う訳だ。
案の定男子は階段を選んだ。先生と女子の大半、一部の男子がエスカレーター派。
そして階段男子による一方的な競争が始まった。そうなると思ったよ。うん、無理。
「どうして無駄な事するかねえ?」
東雲君が隣で、わけがわからないよと呆れたふうに言った。
「楽しそうだねえ」
返す自分の返事も随分おざなりだ。
目をやれば、白樹君がダッシュしているのが見える。おー、はやいはやい。(←いいかげん)
「もしかしてペアルック?」
目ざとく東雲君が突っ込んだ。
「カブッターって言えば良いじゃない」
ですか、ヤダー!
全員居る事を確認してタワーに昇った。しばしの展望。その後降りて植物園に入る。
植物を見学しつつ、目当ての店を探した。
「こっちみたいだよ」
仲の良い女子達を誘って、こっそり甘い物摂取。フレンチトーストウマー。
この為に朝ご飯抜いて来たんだよねー。共犯者達とニヤリと笑う。
「あー!こんなとこで何やってんのさ!?」
あっさりばれました。
さすが観月先輩と同じ甘い星の王子、チェックしてない筈がなかった。
「東雲君も食べない?」
「当然!」
女子の一人が誘うと、隣の席から椅子を持って来て当然の様に同じテーブルに着いた。
……まあいいか。
「先生にばれたらまずいかな?」
「へーきへーき」
今さらな懸念を示してみたけど、東雲君は特に気にしていない様だった。
一応内緒なんだけどなー。いいのかなー?
「何が美味しいかなー?」
「全部」
「ちょっ、それ参考意見になんないよ!」
一緒の子達が笑う。
「ねえねえ、2人は秘密の同好会入ってるんでしょ?」
「いつもこんな感じなのー?」
そうそう、こんなん。あんまり変わらないと思うけど。
あーでも、東雲君は最近言葉に遠慮が無くなってきたかなー?
結局その後も何人か増殖して、皆で一緒に朝のおやつを楽しんだ。
再び電車に乗り、先生の史跡解説を聞きながら今度は海岸へ。
海ですよー!
降りたら目の前がすぐに海って事で、皆のテンションがえらい事になった。
さすがに海風があるかな?帽子を押さえて海岸を歩く。
ちょっと海の中に入ってみたい気もするけど…。いくらサンダルでも、これからまだ歩くしなあ。
って、ちょ、男子水かけるのは止めとけって!乾くだろうけど!今日は泳がないよ!知ってるだろうけど!
砂浜だけに、周りにはサーファーのお兄さん達や海水浴のお客さんが結構いっぱいいる。
きっとこれからさらに増えるんだろう。
結局、見かねた大寺林先生から「あんまはしゃぐな」とストップがかかった。
最終目的地の駅に着いた。
駅の近くの旧家を改装したというコーヒーショップで、少し早目のランチ。何とか席が確保できた。
それにしてもこれ、花の季節に来たかったなあ。
それから歩く事、駅から20分。駅前の大きな神社の脇を抜け、住宅街に入って行く。
有名な場所の割に観光客はすれ違う程度。
大きな通りから外れればそこは山に近い静かな場所で、さすがに皆の口数も少なくなった。
有名な将軍の墓は、山の斜面の様な場所に本当にひっそりと祭られていた。
近くにはやっぱり小さな神社。
辺りには、どこかひんやりとした空気があった。
お参りを済ませ、元来た道を戻る。
この辺の住宅地は昔幕府の御所があった場所らしい。
立て看板の前でしばし大寺林先生の解説。
先生その説明、歴史じゃなくて古文です。
最後の名所に行く前にお買い物。
この近くに、地元のデパートに入ってる銘店テナントのお店があるのだ。
ぞろぞろと皆で中に入る。小じんまりしたお店だった。
もうすぐ帰ってくる家族の為にお土産を購入。生菓子なのでお盆直前の宅配を頼む。
他に、すぐ食べる用にペカンキャラメルをゲット。
うーん、でろっちゃうかな?保冷剤を念のために入れてもらって鞄の中へ。
何人かの女子と安定の東雲君が買い物終了した所で、最後の名所へ移動した。
この辺ではかなり大きな神社。さすがに人がいっぱいだ。
大鳥居を横目に敷地に入る。有名な池を見てから改めて正面を向くと、おお、舞殿!
こっ、この位置!背景スチル2枚目ゲット!
…うん、何やってるんだろう。
気を取り直して鑑賞する。こう、舞台から鳥居の方に向かって…。
そっちの鑑賞じゃなくて。いや、堪能しますがね、もちろん。
御神木があったのに吃驚した。前世の世界では雷に打たれて倒れてしまっていたから。
ここではまだ生き残っているんだなあ、とぼんやり見つめていたら、後ろから頭を叩かれた。
「ボーっとしてんな、暑さでやられたか?」
先生だった。
「あー、御神木見てました」
「知ってる。他の連中は本宮の方に行ったぞ」
「わ、行きます!」
「慌てなくて良いから、落ち着いて行け。それと水は飲んでおけよ」
「はあい」
実に適当な返事をして大階段を上って行く。
さすがに暑かったので、先生の助言に従い軽く水分を含んだ。
皆が本宮の前でお参りしていたので自分も参加する。ここ御利益なんだっけ?
そういえば、ここもイベントスチルの場所だったっけ。そうそう、あれはEDスチルだった。
本宮の傍には絵馬とナデモノのコーナーがあった。
参拝の終わった皆は、人様の絵馬を見てああでもないこうでもないと話している。
あんまり人様のお願い事をネタにするのは良くないぞ?…誰とは言わないけど。
……合格インペリアルクロスでもあったかな?
少し気にはなったけど、私自身はナデモノの方に行く。
ナデモノとは、木や紙を切って作った簡単な人形を身代わりにして、自分の悪い部分(病気や調子の悪い所)を移して治すおまじないだ。
和風プチ戦闘付き女性向けシミュレーションなんぞやっていた事もあるので、使い方も良く知っていた。
やり方は簡単。体に沿って文字通り撫でまわすのだ。体の悪い部分を重点的にやっても良い。
人形の紙を1枚取り、体に触れるか触れないかの所をなぞってゆく。
最後に自分の名前を書いて、専用の箱に入れておけば、後で神社の人が作法に則って処分してくれるはずだ。
これでよし、と辺りを見回すと、珍しく白樹君が端の方に居た。
「どうしたの?」
あまりに珍しいから思わず声をかけた。
「や、俺こういうの信じないタチだから」
苦笑する。
ああ、興味無いんか。んー、でもせっかく来たんだし、
「まあまあ、気は心ってやつだからさ」
近くにあった白い人形を手に取って、するするっと撫でて行く。
「はい、終わり。名前書いて来るから」
言い置いて戻る。
あれ?でもこういうのやってあげるとか、他の女子言わなかったのかな?ん?もしかしてお断りしてた?……ま、いっか。気にしたら負け。悪い事やって無いんだし。
「あれ?それ白樹の名前?」
「うん、ついでにやってあげたから」
もしかして承諾無しだったとか言わない。
「僕もやってあげるよー」
ぺたぺた。
そう言って東雲君が撫でるのは私の頭……。
「……じゃあ、私もやってあげる」
そう言ってぺたぺたと東雲君の頭を撫でる。
2人とも、妙にひきつったような笑顔での頭撫で撫で合戦は、後から来た先生の突っ込みが入るまで続いた。
神社を出て駅に向かう。ここからは個人のお買い物タイムだ。
時間を決めて、場所も駅までの大通りのみに指定。迷ったら先生の携帯に連絡って事で。
自分はもう土産を買ったし他に買うとしたら駅中のテナントなので、他の人にお付き合いをするつもりだったのだが、ちょっと目についた建物があったので1人でふらふらすることにした。
大通りに教会…、何かイベントがあったような…、他ゲーだったかな?
好奇心を抑えきれず入ってみる。鍵は掛かっていなかった。
「おじゃましまーす」
ついこっそりになってしまった。
人気は無し。んー、何かの面影あるかな?そもそもここだったかな?
コツリコツリと自分の靴音が響く。
中ほどまで来た時、
「何やってんの?」
後ろから呆れたような声が掛かった。
「白樹君」
おいすー、と手を上げてみる。そしてスルー。
「こんな所に1人で来て、…迷子になるよ?」
「?へーきじゃん?駅まで一本だし」
「この前みたいにはぐれたらどうするんだよ?」
「大丈夫だよ。それこそ今白樹君が一緒にいるんだしさ」
さすがにこの時間からナンパはいないと思うけど。それに、ここも一応参道の中だし。
あ、でも、勝手に白樹君の名前出しちゃったのは悪かったかな?
この後一緒に出て皆と合流するかなんて、それこそ白樹君の勝手なんだから。
「集合場所は分かってるんだし、時間さえ守れば会えないって事は無いと思うけど?」
あれ、黙っちゃった。
「央川ってさ」
少しの沈黙の後、白樹君が口を開いた。
「神様信じてるの?」
なんだそりゃ。良く分からない質問が来たので、正直に答えた。
「いたら楽しいと思ってるよ」
ロン毛とパンチとか。
日本の神様だって八百万とかいるんだし、いたら賑やかだよねえ。
実際の所はどうかと思うけど。
……いるのかな?私が生まれた時、会ったりしていたのかな?
最初に意識があったの、いつからだった―――?
……赤ちゃんの頃の事は、もう覚えていない。前世の家族の事も、とっくの昔に忘れてしまった。
薄情だと自分でも思わない事もない。
ここがゲーム世界だと自覚してから、ここの世界観に関する事はずっと考え続けてきた。
この世界に溢れている、元の世界と似て非なるゲームをプレイする事もあったし、所謂名所の写真を見れば、ああだったこうだった、って思い出す。
でも、元の家族の写真なんて無いし、どこかに名前が載ってる訳でもない。似ている名前があったとしても、今の私には判別できない。
“私は、私の心の中にしか存在しない”
元の自分の名前すら、失ってしまった。
…丁度ここは教会だし。懺悔とかすべきだろうか。
「しても良いかな?懺悔」
「するの?」
えっ、と白樹君が驚いた。
手を組んで、祈りのポーズ。
生きてきてごめんなさい、なんて、思うのはこれが最後。
涙も出ないや。ぎゅっと唇をかんだ。
残酷なヤツで、ごめん。
いやあ、迂闊でした。
後々よく考えたら、これって夏の旅行イベントだったんだよな。
教会でイベントって…。もろ友美と白樹君のイベントじゃないっスか!
旅行めいっぱい満喫しすぎてて忘れてました!
ウカーツ!
内容は…、こんなだったっけ?神に対しての問答とか、少なくとも宗教は絡まなかったような…?
あー、ミスった!次!次で挽回だから!
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こうして、旅行自体は無事終了した。
私の心にささくれを残して。
くっそー!
と、言う訳で鎌倉でした。
架空の都市が舞台なので、架空の観光旅行でも良かったのですが、
アイディアを一からひねり出すのは難しく、結局実際に行った場所を元にしました。
結構時間余るルートになっていると思われます。
まあ、学生日帰り旅行なのでのんびり行って早く帰って、時間が余ったら地元で遊ぶ、と言う方針なんでしょう。
旅行先の実名を出すのは、舞台が架空の話なのでちょっと…。と、このようになりました。ちなみに聖地論に関しては異論は認めます(笑)




