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ドッペルゲンガー  作者: ドM伯爵
プロローグ
1/29

ある男の結末

 取調べ室を映しているモニターの向こうに身なりの悪い男が座っている。年齢は五十歳ぐらいであろうか。もっと若いのかもしれないが、その男に蓄えられた(ひげ)はその男の年齢を分からなくさせていた。


「男の身元が割れました。年齢は四十三、都内の出版社に勤務。現在は千葉県内で娘と暮らしています」


 温室育ちの様な色白の青年は、手元の情報端末を見つめながらそこに映し出された情報を読み上げる。その立ち居振る舞いから、彼がそれなりに教養を積んでいる事が(うかが)える。しかし、育ちの良さそうな柔らかい表情は次第に険しくなっていった。


「この情報が確かならば、この男は今、出版社にいるはずなんです」


 彼は同じ発言を繰り返した。それを指摘したのは小太りの中年である。


「違うんです。今、この瞬間も、目の前にいるこの男は出版社で働いているんです」


 一時の間を置いて小太りの捜査官が口を開く。


「今時、照合ミスなんて珍しい」


「自分もそう思って再照合してもらったんですが、照合ミスは認められないとの事です。念のため、この男のDNAも調べてもらったんです」


 そう言うと青年は黙り込んでしまう。頭の中を整理しようとすると気難しい顔をして黙り込むのが彼の(くせ)のようだ。しびれを切らした中年は青年を()かす。


「この男のDNAは出版社勤務の男と完全に一致。つまり、同一人物なんです」


 中年の表情も険しくなるが、その表情はすぐに緩んだ。そして、中年は『双子のDNA』という言葉を発するが、年配の捜査官が言い終える前に青年が口を挟む。


「確かに一卵性双生児のDNAに相違はありません。僕もその事を思い出して出版社勤務の男の出生記録を調べましたが、彼は双子ではありませんでした。それなりに大きい総合病院で産まれているので間違いはないでしょう」


 二人はモニターの向こうにいる男を見つめる。そして、中年の男が『複製人間(クローン)』という単語を口にする。生物工学(バイオテクノロジー)が発展した2056年では複製人間は物珍しい存在ではなくなった。日本の法律では人間の複製(コピー)は禁止されているが、違法滞在する外国人の間では頻繁(ひんぱん)に行われていた。彼らが自身を複製するのには明確な理由がある。複製人間に自爆テロを行わせるためだ。


「それなら辻褄は合いますね」


「そうなるとこの男は操り人形の可能性があるな」


 青年は中年の言っている事が分からなかったようだ。青年がその意味を問うと、中年は勿体付(もったいつ)けながら口を開く。


「良いか。殺害された友和党の和田と言えば、それなりに力を持っていた議員だ。当然、敵も多かったはずだ」


「なるほど。つまり、和田に敵対する何者かが複製人間を使って和田を殺害した。そうすると洗脳されてる可能性がありますね」


 中年は(ほこ)らしそうに(うなず)く。自身の推理で捜査が進展する事が嬉しいのだろう。


「この男の海馬(かいば)と脳波の検査だ。それと、この事件のオブザーバーを呼んでくれ。仮に、洗脳された複製人間による犯行ならば、犯行後にこの男に接触している人間がいるかもしれない」


「その男が黒幕ですね」


「そういう事だ。そして、オブザーバーならこの男の犯行後の動向を全て把握(はあく)しているはずだ」


「分かりました。瀬戸捜査官が出頭してから、まだそんなに経っていません。長期休暇に入ってしまってからでは捕まえるのが難しいですからね。呼んで来ます」


「ついでに男の脳検査も申請(しんせい)しておいてくれ」


 タイムトラベルの規制が緩和(かんわ)された2056年、タイムトラベルを用いて未解決事件を解決する試みが行われた。捜査官を過去に送り込み、そこで未解決事件の犯行現場を観察(・・)させるのだ。捜査官は潜入期間を終えた後に犯人を現行犯で逮捕する事ができ、逮捕した犯人と共に出頭するのである。そして、過去に送り込まれる捜査官はその特異性から観察者(オブザーバー)と呼ばれていた。



 二人の捜査官がいる部屋に扉を小突く音が響く。


「特別潜入捜査班の瀬戸猛であります」


 扉の向こうから声が聞こえると、若い捜査官が少し大きめの声で返答した。

 扉が開けられると、そこには何十年も前の洋画の登場人物が穿()く様なジーンズにジャケットを羽織った男が立っていた。一見すると警察官にはとても見えない。室内に入ってきた瀬戸は二人の捜査官の前で静止する。瀬戸を見つめている年配の捜査官が口を開く。


「そう(かしこ)まらずに、こちらの椅子(いす)()けてください」


 瀬戸は指差された先にあるパイプ椅子に腰掛ける。


「タイムトラベルを用いた犯罪捜査の規制が緩和し、初めての潜入捜査だったと聞いています。さぞかし大変だったでしょう。どれくらい潜入されていたのですか」


 瀬戸は背筋を伸ばして返答する。


「一年ですか。捜査を終えたばかりなのにお呼び立てしてしまって申し訳ない。あなたが連行してきた容疑者なんですが、いくつか不可解な点がありまして、あなたの意見を聞かせてほしいんです」


 年配の捜査官が若い捜査官に目で合図をする。若い捜査官がそれに気が付くと、(おもむろ)に情報端末の画面を瀬戸の方に向ける。瀬戸はそれを食い入るように見つめ、若い捜査官の説明を静かに聴いた。

 若い捜査官の説明が終わると、瀬戸はゆっくりと口を開いた。


「なるほど、容疑者について調べていて、自分も疑問に感じる事はありました」


 二人の捜査官の目の色が変わる。


「ええ、自分の調査では容疑者には親しい人間が誰一人いませんでした。家族もいません。仕事は東京十区の復興作業の現場監督をしていました」


 年配の捜査官は目を(つぶ)って瀬戸の話を注意深く聞いている。


「最も不可解な点は彼が一年以上前の痕跡(こんせき)を残していない事です。偽名を使っていたらしく、彼について分かる事はほとんどありません。何の目的があってここに来たのかも分かりません。社会記録に残る行動を()け、まるで議員を殺害するためだけに存在しているかのようです」


 年配の捜査官は瀬戸の情報に満足しているようだ。

 若い捜査官が何かを言いかけると、瀬戸に向けられていた情報端末の画面が明るくなる。若い捜査官はそれを自分の方に向けて画面を確認する。容疑者の脳検査が終えたようだ。

 若い捜査官の表情が(けわ)しくなる。そして、そのまま黙り込んでしまった。それを見ていた年配の捜査官がもどかしさを(あらわ)にするが、それは逆効果だったようだ。若い捜査官は(ども)ってしまって何を言っているのか分からない。年配の捜査官はその姿に(あき)れ、情報端末を強引に自身の所に持ってくる。しかし、彼もまたその表情を険しくさせてしまった。

 年配の捜査官が口を開く。


「私達は容疑者について、ある仮説を立てていました。何者かに洗脳された複製人間が議員を殺害したと考えていたんです」


 若い捜査官が年配の捜査官の説明に続く。


「複製人間かどうかは人間の記憶や空間学習能力に関わる海馬という脳の器官を検査する事で判別が可能です。複製人間は海馬の神経細胞が独特な形で破壊されています。それは複製(コピー)ではない人間には起こりません。検査報告によると、容疑者は複製人間ではないとの事です」


 瀬戸は若い捜査官の説明を理解すると、洗脳の検査結果を尋ねた。


「洗脳に関しては、脳波を検査する事で判別します。洗脳されている人間とそうでない人間の脳波とでは波形が異なるんです」


「脳波にも異常は無かったんですね」


 若い捜査官は小さく頷く。


「しかし、どういう事なのでしょう。この容疑者はある日突然現れ、自らの意思で議員を殺害した。そして、瀬戸捜査官に逮捕されるその日まで世間とは関わりを持たないように生活を送っていた」


 三人の捜査官がいる部屋の扉の向こうでは、検査を終えた容疑者が狭い通路を歩かされている。その顔からは生気が感じられず、彼はこの世の者ではないかのようだった。

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