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手のひらの思い出

作者: 妹明

 ふうっと息を吐き、なにも変わらないいつもの夕日に照らされた川を河川敷から眺める。

時刻はもうすぐ日が完全に沈むという頃合だ。

何も変わらない。何かが変化する様子もない。ただの普通の『日常』がそこに広がっている。

私は、握り締めていた両手の力を抜いた。手のひらから出てきたものは、古ぼけ、色の剥げたなんの変哲もない壊れた懐中時計だ。


 これを捨てるためにもう何年もここに通っている。

ただの時計ならすぐに水の中に投げれたんだろう。だけど、なんど捨てようと決めても、誰かに腕を掴まれるように止まってしまう。それだけ、大切な思い出がこれにはあるのだ。


 だが、止まることはもう辞めたいんだ。私は進まなくては駄目なのだ。

私は立ち上がって、懐中時計を投げようとした。

けどまた止まる。嫌だと。捨てるなと。そう叫ぶ弱い自分がいて。その言葉に甘える私がいて。

いつまでも、止まるわけにもいかないと。自分を奮い立たせようとする自分の声はもう聞こえない。


 「いいから。さっさと捨てろよ」

不意にかけられた声。それは私の右手に握られていた懐中時計を乱雑に奪い去ると、次の瞬間にはもう懐中時計は放物線を描いて水の中に無駄に大きな水しぶきを上げて落ちていった。

「あ……」

「拾いに行くんだったら行けばいいよ。だけど、それじゃあいつまでもそのままだよ」

川の方へと向いかけていた動きが止まる。

振り返ると、その人はただ見下すような目でこちらを見ていた。その目に私は恐怖心を抱いてしまった。

「行けば?」

「……」

「いかないの?」

「っ。もう、いい」

「そう」

興味なさそうにそう切り捨てると、気だるそうに歩いていってしまった。

追いかけようと思ったけど、追いかけても何を話すのかと考えれしまい、結局その場に立ち止まってしまった。

私は右手を広げて、しばらく見つめた後、今度はもうすっかりきらめきの消えた川を眺めた。

口から弱く白いものを吐きながら、私は家路についた。

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