女神に召喚されたので
気がついたら、石造りの広い部屋に座り込んでいた。
たった今まで、教室で午後の眠さに耐えつつ授業を受けていたのに。
制服の短いスカートでは床の冷たさがダイレクトに伝わって、これが夢では無いと教えてくれる。
「どこだろう、ここ……」
見回した時、ドアを開けて数人の丈の長い上着を着た男性が入って来た。
助かったと声を掛けようとしたら、
「貴様、何者だ!」
「どうやってこの部屋に入った!」
と、いきなりケンカ腰だ。
「えっと……」
自分でも何と言っていいのか分からず、座ったままジリジリと後ずさりすると、背中が柱のような物に当たった。
行き止まり? まずい!
焦る私とは対照的に、彼らは唖然として私の後ろを見ている。
何?と、振り返って背中に当たっている物を見ると、柱じゃなくて大きな女神像だった。
灰色の女神像が、私が触れた部分からゆっくりと上に白く変わっていく。
何だこりゃと思ってたら、男性たちが
「聖女様だ! 聖女様が女神像を浄化された!」
「神官長にお知らせを!」
「聖女様が召喚されたぞー!」
と叫んでバタバタと走り去る。
「これって……、異世界召喚ってやつ?」
私が聖女のパターンよね……。
私は、これからの流れが想像通りになりませんように、と思いつつ床に座り込んでいた。
残念ながら、その後は予想通りだった。
神官長と呼ばれる太ったオッサンがやってきて、私をお城に連れて行き、上機嫌な王様によってめでたく私は瘴気を浄化する旅に放り出されたのだった。
聖女様御一行の一団が、何台もの馬車と騎馬を連ねて国境沿いののどかな風景の中を走っている。
瘴気が生まれる場所を見つけると護衛に守られた聖女が分け入って浄化し、また進む。途中で馬を替えつつ、野宿して進む強行軍だ。
瘴気は、国境近くから発生し、内部へ向かうのだそうだ。国の真ん中にある王都には瘴気が蔓延していないわけだ。
そんなわけで、私たちは国境付近をぐるっと一周コースで、瘴気を見つけては浄化、という草の根運動みたいな旅をしている。一カ月の予定だが、たった数日で既に体力はヘロヘロだ。
聖女の衣装、と言って渡されたのがチュニックとワイドパンツみたいな服だったので、最初「聖女ってもっとヒラヒラした衣装じゃないの? これって、衣装と言うよりも作業着……」と思ったのだけど、藪の中に分け入って浄化するんだものこうなるよね、と今は実用性に納得している。
「もっと簡単に短時間で浄化出来ないかなぁ」
瘴気の発生地一面に聖力を振り撒かなくてはいけないので、ひたすら歩き回らなくてはならない。
時短したいなぁ、と思いつつ手のひらから溢れ出る聖力を振り撒いて周りの浄化を終わらせて馬車に戻ると、
「お疲れ様です」
と第三王子が迎えてくれた。
この浄化の旅には、チャラ男系第二王子と子犬系第三王子が同行しているのだが、第二王子は大きな町のホテルに先回りしてスケジュール管理(?)をしているだけだ。
ちなみに第一王子は、王様の横に立ってただけで、話もしてない。
念の為、王子たちにはちゃんとした名前がある。ただ、私に彼らの名は覚えられない&発音出来ない。
第三王子が私を椅子とテーブルを用意した所へ案内して、果実水を出してくれる。子犬っぽくて可愛い。
「ありがとう。第三王子の仕事じゃないのに……」
「私には何も出来ませんから」
いい子や……。ちなみに私より三歳年下の13歳だそうだ。
それをくすくす笑いながら見ている二人の女性。私の侍女たちだ。
こいつらは何もしない。まあ、私が自分の事は自分で出来るせいもあるけど、私が自分でやっているのを見てくすくす笑うだけって本当に何しに来たんだ。
と、思ってたらすぐに理由が分かった。同行の騎士に恋人がいるからだ。
彼氏といちゃつきたくて侍女になって一行に加わる。まあ、そう言う手もあるよね、と思ってきたけど、第三王子が私の世話をしてるのに何もしないって、ほんっとーにこいつら要らない。
私は立ち上がって侍女たちに対峙した。
「あんたたちクビ! 今すぐ彼氏と王都に帰りなさい!」
「なっ! 何様のつもりよ!」
「聖女様よ!」
私たちの丁々発止に、第三王子は泣いてる子犬みたいな顔になってる。
聖女様権限で強引に侍女たちと彼氏をクビにして送り返し、残りのメンバーと先に進んだ。
「聖女様。もう少しで川がありますので、今夜はそこで野営となります」
侍女がいなくなった私は、第三王子と同じ馬車に乗った。
「皆『聖女様』って呼ぶけど、名前で呼んでくれていいのに」
「申し訳ありません。お許しください」
「そんな大げさな」
こんな事で子犬顔にならないで!
「私たちは、尊い存在の名前を呼ぶ事は許されていないのです。ですから、女神もその名を言えません」
あ、私の世界のキリスト教もそうだった。名前を呼べないから「神」とか「主」って呼んでるって漫画で言ってたっけ。
「そっかー、なら『聖女様』でいいよ」
「聖女様は、どうぞ私を『○☆*〒卍』とお呼びください」
「申し訳ありません。お許しください!」
野宿、いや野営地に着くと、料理担当者達が荷馬車から料理用具や食材を下ろして夕飯を作り始める。
この世界には、電気が無い。
元の世界では気にした事が無かったけど、電気が無いと言う事は、冷蔵庫も電子レンジも無いという事。
したがって、必然的に食べる物は今ここに生えている物という事になる。
結果、毎日毎日朝昼晩と、途中で農家から買った鶏と小松菜みたいな葉っぱを食べる事になる。
鶏と葉っぱの炒め物と、鶏と葉っぱのスープと、パン。これが毎回。
味は美味しい。美味しいのだけど、さすがに飽きる。作ってもらって申し訳ないけど、「またこれか」と思ってしまう。
これだけ続くと、もう鶏を絞める所を見ても「きゃっ」とか思わなくなってしまった。令和の乙女なのに。
元の世界で「映え〜」とか言ってる人をちょっと冷たい目で見てたけど、目で楽しむ事のありがたさがひしひしと分かりました。ごめんなさい。
「たまには別なのが食べたいんですけど!」
さすがに我慢の限界で、予算を管理してる中年の会計係に直談判した。
会計係は驚いたようだ。
「聖女のくせに、食事に文句を言うとは!」
「聖女だから言うんでしょ!」
やんごとなき方は、ご飯のメニューなんて事に文句を付けない。下々の者は、与えられた物に文句を言えない。
言えるのは私だけじゃん。
「たまには食堂とかに行きましょう」
「全員で行ったら、いったいいくらかかると思うんです」
「じゃあ、スーパー、は無いから、市場に寄ってもっと色々な物を買いましょう」
「直接農家から買うのが一番安いんです」
じゃあ、あの葉っぱの時期が終わるまでずっと同じメニューなの? いや、あの葉っぱが終わったら、別の葉っぱが毎日……?
聖女と第三王子がいると言うのに、なんてみみっちい予算なの!
ああ、「この金をパチンコで何倍もにしてやる!」と、一攫千金を狙う人の気持ちが分かったわー。
出来る事なら、会計係から金を奪ってパチンコ屋に飛び込みたい。(十八歳未満だけど。そもそもパチンコ屋なんて無い)
わがままな事を思ってごめんなさいと思いつつ、提供されたいつものメニューをありがたくいただいた。
翌日、いつものように田舎道を馬車が走っているといきなり止まった。前の方で何か揉めてる。
「聖女様を!」
と言う女性の声が聞こえたので
「呼んだ?」
と馬車からおりてみた。
二十代くらいの日に焼けた女性(多分農民だな)が、私に向かって駆け寄ろうとするのを、護衛たちが止めている。
「私に何かご用ですか?」
「お願いです! 息子を助けてください!」
彼女が指差す木の下に、幼稚園くらいの男の子が丸まって横たわっている。
息をするのもしんどそうで、見るからに具合が悪そうだ。
「私、医者じゃ無いんだけど……」
戸惑う私の後ろから
「女神の聖力は、治癒の力もあるのです」
と、第三王子が教えてくれた。
「聖力で病気が治せるの?」
それってすごい!
よっしゃー!、と子供の所に行こうとしたら、
「平民ごときに神聖な力を使う必要はありません!」
と、怒鳴られた。
見ると、神殿から派遣されてる神経質そうな神官が別の馬車から降りて、むーむーと私に向かって来るところだった。
神官は女性にも
「平民の分際で、崇高な聖女一行を止めるとは何事だ!」
と、怒ってる。
「あいつ、何様?」
「聖力を持って生まれた者が神官となるのですが、聖力があるのは貴族に多いのです」
第三王子にこそっと聞くと、教えてくれた。
平民ごとき、平民の分際、って、
「……あいつ、私が平民なのを忘れてる?」
つぶやいた私に、第三王子はまた泣きそうな子犬の顔になる。
これってあれだ! 選民思想!(合ってる?)
一気にムカついてきた。
「はい、今すぐ治しますよー。神官さんはちょっとどいて」
神官を押しやって子供の前にしゃがみ込む。
「やめろ!」
「私の聖力を私が使って何が悪いの?」
「何と勝手な事を! その力は女神が与えたものです!」
「女神が『子供を見捨てろ』と思ってるのなら、女神はあなたに力を与えたでしょうね!」
神官がやっと静かになった。
私は、手から溢れ出す聖力を子供の胸に当てると、「治れー!」と祈った。正確なやり方なんて誰も知らないからこれでいいのか分からない。
そのまましばらく経つと、子供の呼吸が穏やかになって顔色が良くなった。
私は聖力を止め、
「これで大丈夫だと思う」
と、母親に告げた。
頭が地面に付きそうなくらい何度も頭を下げてお礼を言う母親に、
「他にも病人がいるなら、村に行きますよ」
と言ったら、会計係と神官が驚愕の表情になったが知りませーん。
それからは、私たちの行く先々で病人のいる村の人たちが待ち構えていて村へ招かれた。
私は浄化後回しでついて行き、出来るだけ沢山の人を治癒するようにした。
「スケジュールが滅茶苦茶です!」
「でも、村の家に泊めてもらえるし、食事は出るし、予算は減ってないでしょう?」
「神聖な力を無駄遣いして!」
「じゃあ、あなたの聖力を使えば? 何のためにあるの?」
会計係と神官は文句たらたらだけど。
それに、相手の病状に合わせて聖力を調節して使うのは良いトレーニングになって、私はかなり聖力の扱いが上手くなった。
聖力を使うテクニックが身に付いた私は、浄化のスピードアップを思いついた。
聖力を丸めてサッカーボールサイズにして、瘴気の発生元の上空に蹴飛ばして、噴水のように空から聖力を降らせて一気に浄化するという方法。
神官は「し、神聖な力を、蹴飛ばす……?」と倒れそうな顔をしてるけど無視して、護衛騎士たちに聖力ボールを渡して試しに蹴飛ばしてもらう。サッカーが無い世界なので、皆さん上に飛ばすコツが掴みにくいようだ。
そんな中、意外な事に筋骨隆々な騎士たちよりも、小柄な第三王子がスパーンと高く蹴飛ばせた。
「第三王子の前世は翼くんか?」
「はい?」
「これからこの仕事は君に任せた!」
「はい! お役に立てるなら光栄です!」
いい子や……。
これで、飛躍的に早く浄化が出来るようになった。瘴気発生を見つけたらボールを作って蹴飛ばしてもらうだけ。体力的にも楽だー。
もう、村の人の治癒に時間を取られても問題ない。
「やあ、浄化は順調かな?」
町に着くと出てくんな第二王子。
そんなこんなで、私はさほどスケジュールをオーバーすることなく浄化を終了した。
これから王都に凱旋だ!、という前に、私は王都から大荷物を抱えてやって来た一団に白くてキラキラしてピラピラしたドレスを着せられた。
「うわぁ、完全に服に負けてる」
自分の似合わなさにがっかりしていたら、今までのラフな服装から王子様ルックになった第三王子が現れた。
「うわー! ちゃんと王子様だ!」
豪華な布を華やかにデザインした服や、立派な宝石の付いたブローチや指輪に負けてない存在感。これが育ちの差か!
「聖女様もお綺麗です」
うん、ドレスがね……。
「皆、準備は出来たかな!」
だから何で出てくるんだ第二王子。
目がチカチカしそうな煌びやかな衣装の第二王子を先頭に、グレードアップした馬車で王都をパレードして王宮に着く。
案内された部屋では、王様を始めたくさん貴族が待っていた。
王様の前に、前列に第二王子と第三王子と私。後列に他の皆が並ぶ。
「このたび、我々は無事に浄化を完了いたしました」
第二王子が報告する。
「皆の者。此度の浄化、誠に御苦労であった。皆には十分な報酬を用意しよう。聖女殿、これからも聖女殿の働きに期待しているぞ」
王様の有難い言葉を
「いえ、聖女はもう辞めます」
と、秒で断る。
唖然とした顔の王様が第二王子に
「お前と聖女は恋仲ではないのか?」
などと、ふざけた事を言ってる。それを狙っての同行だったわけか。
第二王子が「私にも好みというものが……」とボソッと言うより大きな声で
「こんな男、お断りします。絶対に嫌。死んでも嫌!」
と言ってやった。
第二王子は驚いた顔をしている。何で私があんたに好感を持ってると思えるんだ。
「あのね! 私たちと同行せず、先回りして大きな町のホテルに宿泊してお気に入りの女の子とイチャコラしながら豪遊しつつ私たちが来るのを待っていただけなのに、『浄化しました』だなんて面の皮の厚いことを言うようなクズを好きになるわけないでしょ! 私の国では、あんたみたいな奴を『税金泥棒』って言うのよ!」
「私を泥棒だと?」
第二王子が怒りの表情になるが、周りの貴族たちの冷たい視線に沈黙する。
私は彼を無視して、後ろに並ぶ一同へ振り返った。
「会計担当のあなた。浄化の旅の予算を削って第二王子の豪遊に回してたけど、あなたにとって、浄化する者たちの健康より第二王子のご機嫌取りの方が重要なの?」
「そこの、途中で返された侍女と護衛たち。浄化の旅を自分たちのデートにして仕事なんて何もしていなかったのに、ちゃっかり一行の中に交ざろうなんて図々しい。さっさと帰りなさい」
「私のする事に文句を言うだけで、何しに付いてきたのか分からない神官様。せっかくの聖力なのに、磨きもせず鍛えもせず。民のためになんにもしない神官って必要?」
「こんな男を寄越した神官長。そもそも定期的に神官が浄化するように決まっていたのに、遠くまで行きたくないって何もしなかったから瘴気が溢れたんですよね? 今回も自分では行かずに他の神官を行かせて、神殿でゴロゴロして!」
言いたい事を言って私がスッキリするのと反対に、皆は一斉に反論した。
「私は限りある予算を有効に使おうと!」
「何よ平民のくせに! あんたなんか」
「私は護衛してやってもいいと思ってたんだ!」
「私は選ばれし神官だぞ!」
「女神の代弁者たる私に何という口のきき方!」
「あー、うるさい」
聖力で皆の口をふさぐ。病気を治すより簡単だ。
気がつくと、部屋中の人がびっくりした目で私を見ている。
「聞きたいんだけど、女神が何のために私を召喚したと思ってるの?」
私の問いに、この場を代表するように第二王子が自信を持って答える。
「それは、この国を救うためだ!」
なるほど、そういう認識でしたか。
「残念ながら、女神が私を召喚したのはあなたたちのためじゃなくて女神のためです」
「だから、女神のために国を救おうと」
「女神は、国の澱みで瘴気が生まれて女神の力が弱まっているのに何もしないあなたたちに見切りをつけたから、外から私を召喚したんですよ。この国が滅んでも構わない、新しい国を作るからと言っています」
浄化が進むうちに力が戻ってきた女神と聖力が強くなって来た私は、意思の疎通が出来るようになっていた。
最初、聖力ボールを作っている時に「蹴飛ばすの?!」と声が聞こえた時はびっくりしたけど。
女神も、私に通じるようになるとは思ってなかったそうだ。
それから女神は、腐った王宮や腐った神殿についてどれだけ迷惑してたか色々教えてくれた。私も勝手に召喚された文句を言った。なんだかんだで気が合ってしまった。
貴族たちが騒ぎ出す。
「ふざけるな! 女神が私たちを見捨てるなどあるものか!」
「何の根拠があってそのような!」
自分たちのために女神がいると信じているおめでたい人たち。
女神に、自分のために何にもしてくれないあなたたちを守る義理は無いなんて、考えた事も無かったんだろうな。
ちょっと意地悪な気持ちで皆に告げる。
「根拠ですか? これから、国に必要無いと思われた人たちに女神による断罪が始まります。明日、自分が女神の加護を失っていないかお楽しみに!」
謁見室は一瞬の沈黙の後、大騒ぎとなった。
「加護を失ったらどうなるんだ!」
と第二王子が迫るので、
「私は部外者なので、そこの『女神の代弁者』に聞いてください」
と丸投げした。
一斉に神官長に人が群がる。
私は知らん顔でバルコニーに出た。
風に当たって、慣れた仕草で手のひらにピンポン玉くらいの聖力の玉を作った。ほのかに光る見慣れた光の玉。
それを見ていると、第三王子がやって来た。
「長い間お疲れ様でした。大変な行程を、本当にありがとうございました」
「……」
「どうしました?」
「そう言えば、浄化してお礼を言われたのって初めてだと思って」
第三王子はまた泣いてる子犬の顔になった。
「……お恥ずかしい。こんな国では女神が愛想をつかしても仕方ないですね」
いや、君のことは女神も高く買っているよ。と、教えたいけど止めておこう。自分だけは大丈夫って知って、素直に喜べる子じゃないものね。
「聖女様はこれからどうするのですか?」
「ん? ふつーに家に帰るよ」
「……帰るのですか」
「何?」
「いえ、兄へ恋愛感情が無いのなら私にも可能性があるかと、愚かな事を考えてました」
……え? 私ってば初恋泥棒しちゃってた?
えー? えー?! こういう時、なんて言えばいいのー?
焦っている私に、第三王子は穏やかに言った。
「気になさらないでください。それより、お帰りになるなら急いで報酬を」
「ううん。報酬はこれ」
第三王子に、手のひらの上の聖力の玉を見せる。
「これくらいの聖力なら、持ち帰ってもいいって。これでも子供の体には十分なの」
この約束があるから、ムカつく奴がいても放り出さずに浄化をやってきた。
第三王子は、私がいつも浄化より村の人たちの治療を優先した理由を察したようだ。
私には、家族に病気に苦しむ人がいる辛さが分かるから。
「妹がね、治療法が無い難病ってやつなんだ。帰ったら奇跡を起こしちゃう」
笑う私の視界が揺らめく。ドレスが制服に変わる。
あ、元の世界に返される。
「聖女様! 待ってください! まだ何も」
第三王子の慌てる声と共に、聖力の玉を握っていない方の手に何か握らされた感触があった。
と、思った時には、私は学校で授業を受けていた。召喚された時間に戻ったようだ。
そっと両手を開くと、聖力の玉と、第三王子の指輪。
「君には、名前を呼んでもらってもよかったな」
もう伝えられないけど。
玉と指輪を丁寧に制服のポケットに入れると、私は「具合が悪いので早退します!」とノートや教科書をカバンに詰め込んで妹の病院へ走り出した。




