第六話 恥ずかしがり屋
「えっ! あ、いえ……誰に言われたわけではなく。私が、日頃の行いを反省して勝手にそう言っているだけで……」
再び大広間には王太子殿下を中心に、不穏な雰囲気が広がる。ステラワースは慌てて弁解を口にした。
「そうなのかい? でもステラは素敵な僕の婚約者なのだから、そんなことは言ってはいけないよ」
「ひょぇ……」
僕は瞬きをするとステラワースを安心させるように、柔らかい笑みを浮かべた。彼女が自身を反省する為に『悪役令嬢』と称するわけがない。きっと今は説明できない事情があるのだろう。僕はステラワースを信じるという意味を込めて、彼女の右頬を優しく撫でる。
「それから……勿論、婚約破棄なんてしないからね?」
左手でステラワースの右耳に触れた。
ステラワースを脅す者を現状では、特定することはできていない。だが、僕が彼女を手放すことは有り得ないことだ。婚約破棄など絶対にしない。不届き者がこの場に居るかはわかないが、ステラワースを安心させる為にも僕は本音を告げる。
「は、はい……」
小さく控えめに頷きながら、ステラワースは返事をする。健気で可愛い婚約者の反応に、思わず彼女の頭を撫でた。
「さて、ステラ。イヤリング越しに君の本音を聞くのも良いけど、顔を見て直接返事を聞きたいのだけどな?」
「……え? 返事ですか?」
不届き者は勿論捕らえるが、僕がどれだけステラワースを愛しているのか見せつけることにする。僕の提案を聞くと、ステラワースは首を傾げた。
「先程、僕が君の此処に囁いたのを忘れてしまったのかい? 仕方がない。もう一度……」
如何やら愛しい婚約者は、僕の言葉を忘れてしまったようだ。可愛らしいステラワースの為ならば、仕方がない。僕は笑顔で顔を近づける。
「だ、大丈夫です! 思い出しました!!」
ステラワースは飛び上がり思い出したことを叫ぶ。
「……そうかい? 遠慮しなくてもいいのに」
思い出してくれたことは嬉しいが、僕はステラワースの為ならば何度でも告げるつもりだ。一旦、顔を離す。するとステラワースは決意を固めた顔をする。
「レオンハルト王太子殿下、私は……」
「レオン」
「え? 王太子殿下?」
「レオンだよ。ステラ、本音では何時も呼んでくれているだろう?」
真剣な彼女には悪いが、名前について指摘をする。僕は常々、愛称で呼ばれることを望んでいた。周囲にも僕たちの関係を示すのに、愛称は大変都合が良い。加えて、本音では僕の愛称を叫んでいるのだ。直接呼ばれたい。
「……レオン殿下」
「レオン」
敬称も要らない。ステラワースには、自然に接してもらいたいのだ。
「レ、レオン様」
恐る恐る、ステラワースは初めて僕の愛称を口にする。その瞬間、心が温かく満たされる感覚が僕を包む。僕は満足して頷くと、静かに続きを待つ。
「レオン様。わ、私も……愛しております……」
コバルトブルーの瞳が僕を映す。そして彼女は偽りのない言葉を告げた。
「ありがとう、エステル。とても嬉しいよ」
僕は朗らか微笑むと、強くステラワースを抱きしめる。彼女から直接僕を想っている言葉を聞くことができた。喜びから自身の鼓動が五月蠅く、抱きしめている彼女に伝わるのではないか心配になる。だが、愛しいステラワースになら僕の全てを知ってもらって問題はない。 そう思っていると、彼女が僕の背中へと手を回した。
告白を終え抱擁を交わすと、周囲からは割れんばかりの拍手喝采が響き渡る。
僕たち二人を祝福する声を聞きながら、ステラワースを見る。すると彼女の視線が僕の手元に向く。そこには小さく魔法陣が浮かんでいる。
「なっ!? 録音したのですか!?」
「違うよ。録画だよ?」
ステラワースからは一部しか見えない魔法陣だが、用途を言い当てるとは流石である。だが残念ながら、違う。勉強家なステラワースが間違うのも無理はない。録音魔法と録画魔法の魔法陣はとても似ているのだ。僕は魔法陣を消すと、宥めるようにステラワースの頭を撫でる。
「……っ!? け、消してくださいませ!!」
「大丈夫。結婚式と記念日には国中に放映しよう」
彼女は顔を真っ赤にして、録画魔法で記録したことを消すように訴える。ステラワースの可愛らしい様子に、僕の頬は緩むばかりだ。僕が彼女の愛の誓いを録画したのには、理由がある。大切なステラワースを悪く言う者たちへの牽制と、婚約者としての記録だ。
「……っ」
ステラワースは僕から視線を外すと、涙を流しながら拍手をする僕の両親やハイネ公爵夫妻を見る。全くもって面白くない。
「ステラ? 僕が目の前に居るのに早速余所見かい?」
「ひゃっ!?」
僕は彼女の関心が他に移るのが気に入らない。ステラワースを横抱きした。そして驚く彼女の右耳へと囁く。するとステラワースは可愛らしい声を上げた。
「うん! これからはステラと居る時は、こうしていよう!」
「なっ!? レ、レオン様……」
僕は名案だと彼女へ顔を向けた。彼女を横抱きにしているならば、周囲へのアピールと牽制になる。更にステラワースが、秘密裏に伝えたいこともこの距離ならば可能だ。学園や王城、何時如何なる場所でも彼女を守るのは僕の役目である。
何時もよりも近い、ステラワースが戸惑うように見上げた。
「だって……顔が近ければ、内緒話もし易いだろう? 恥ずかしがり屋なステラには丁度いいと思うけど?」
「ふぇぇ……」
この体勢が如何に有益であるかを耳元で囁く。清流のような美しさを湛えた、コバルトブルーの瞳と見つめ合う。それから数秒後、彼女は顔を真っ赤にさせると奇声を上げた。
「お、お手柔らかにお願いします……」
ステラワースは僕の首に腕を回すと、左耳元へ返事を口にした。
その後。ステラワースへ文句を口にしていた者たちは、僕たちのやり取りを見て激しく感激し、僕と彼女のファンクラブを立ち上げた。大広間には僕とステラワースの銅像が建てられ、恋の成就として聖地扱いをされることになり。
進級すると、ステラワースを慕う女子生徒が現れ、僕との間でステラワースの横を張り合うことになり。そんな女子生徒と協力し、ステラワースを『悪役令嬢』に仕立て上げようとする勢力と戦うことにあるのだが、それはまた別のお話である。




