第二話 本音
『はああああぁぁ!!! レオン様が今日も可愛いかったぁぁぁ!!』
「ふふっ……」
可愛らしい婚約者である、ステラワースの本音を聴きながら紅茶を飲む。
最近の楽しみな日課とは、愛しい婚約者の本音を聴くことである。これは盗聴ではなく、緊急通信だ。彼女はそのことに気が付いていない。我が国では王太子の婚約者には、対のイヤリングが贈られる。お互いの瞳の色と同じ宝石を填め込んだ、特別なイヤリングだ。
ステラワースには雫型のゴールドに、中央には僕の瞳と同じエメラルドグリーンの宝石が輝く。逆に僕の殿下の左耳には同じ形をシルバーで作り、中央にはステラワースの瞳を模したコバルトブルーの宝石が配してある。
このイヤリングが特別である理由は、緊急時には相手に通信が自動的に繋がることである。王太子と婚約者は危険に晒される場合もあるのだ。その際に相手に、緊急事態を知らせる為の、イヤリングである。緊急事態とは、精神的な動揺による魔力過多な場合だ。だが、僕の鼓膜を揺らすステラワースの様子は緊急事態ではない。
興奮状態による魔力過多である。イヤリングの誤作動とも言えるだろう。しかしこのことをステラワースに告げれば、彼女の本音は二度と聴くことはできなくなる可能性がある。恥ずかしがり屋な彼女が、隠れて僕への想いを口にするのは実に気分が良い。
ステラワースの本音を初めて耳にした際には、僕は驚いた。イヤリングの機能が緊急事態だと知っていた為、彼女の安否を案じた。だがその後に告げられた言葉に、僕は安堵と喜びを感じたのだ。僕だけが一方的にステラワースを好いていると思っていたが、彼女も僕を想ってくれていると知ることができた。
現在は彼女と通信状態である為、ことらの声がステラワースに聞こえないようにイヤリングに防音魔法をかけている。
『レオン様は格好のではなく、可愛いのよ!? 皆、全く何も分かっていない! 解釈違いですううぅぅ!!!』
「ふっ、可愛いのはステラじゃないかな?」
ステラワースは僕のことを『可愛い』と称する。僕は普段から『格好良い』と言われることはあるが、『可愛い』と言うのはステラワースだけだ。だが、『可愛い』というのはステラワースのような女性にこそ相応しいのではないだろうか。僕は首を傾げた。
『はぁぁ……婚約破棄されたい……』
「……は……?」
不意に告げられたステラワースの言葉に、僕の手からティーカップが滑り落ちた。そして軽い音を立てると、床に散らばる。この部屋には防音魔法を張っている為、誰かが駆け付ける心配はない。それよりも、ステラワースの発言を理解できず。僕は固まった。彼女が婚約破棄を願っているなど、寝耳に水である。
『レオン様をお慕いしている気持ちは誰にも負ける気はないけれど、私では駄目なのよね……』
「……なっ……」
困惑する僕に、ステラワースの静かな声が追い打ちをかける。イヤリングに防音魔法をかけておいて良かった。そうでなければ今直ぐにでも、ステラワース自身に発言の理由を問い質しただろう。
彼女の婚約者は僕であり、婚約破棄したい相手とは僕のことだ。学園での態度を見れば僕たちの関係は良くないように見えるが、彼女の本音は知っている。その上、僕を慕いその気持ちは誰にも負けないと語っているのだ。更に言えばステラワースが婚約者であることが、駄目な理由などあるわけがない。僕はステラワースじゃなければ嫌だ。彼女が僕との婚約破棄を願う理由が分からない。
「……っ、ステラワース……」
愛しい婚約者の本音に頭を抱える。床には無惨に割れたティーカップと、紅茶が広がる。まるで今の僕の心情を表しているようだ。
『これを身に付けることが出来るのも、残り一年ね……』
ステラワースがイヤリングに触れる音が響く。今迄に聞いたことない、悲しげな声を出す彼女に心が苦しくなる。イヤリングは何時までもステラワースのものであり、一生身に着けていて欲しいものだ。
「何故……なんだ……ステラ」
少ない情報で必死に考える。彼女は僕を想ってくれているのに婚約破棄を望むというのは、矛盾している考えだ。加えて、ステラワースの声からも、彼女が本当は婚約破棄を望んでいないことが分かる。
「……っ! まさか……誰かに脅されているのか?」
僕は情報を整理しているとある結論に達した。それはステラワースが誰かに脅され、僕との婚約破棄を望んでいるということである。それならば、彼女の発言の数々にも納得できるのだ。
そもそも僕を想ってくれているのに婚約破棄を望むというのは、矛盾している。誰かに脅されていると考える方が自然だ。だが何者かに脅されているならば、その相手を探し出す必要がある。『冷血令嬢』と呼ばれていることも、その一端かもしれない。
「大丈夫だよ。ステラ。君の心を曇らせる相手は僕が排除する」
愛しい婚約者を守るのは、僕の役目だ。ステラワースの瞳と同じ色のイヤリングをそっと撫でた。




