第一話 婚約者
「やあ、おはよう。ステラ」
爽やかな朝。馬車を降り学園の門を潜ると、僕の婚約者へ挨拶を口にする。
「おはようございます。レオンハルト王太子殿下」
婚約者であるステラワース・ハイネ公爵令嬢は、静かに挨拶を告げた。朝日を受けて輝くシルバーの髪に、コバルトブルーの瞳が僕を映す。そのことに心が満たされるのを感じる。
「何時も言っているけど、僕のことはレオンと呼んでくれないかな?」
「婚約者とはいえ、王太子殿下に対して不敬ですわ」
同じ教室に向かいながら、ステラワースに提案を却下する。だが、いつも通り断られた。僕の名前はレオンハルト・エバンズ。エバンズ国王の王太子である。婚約者に愛称で呼んでもらいたい。
「ステラは真面目だね」
僕は日頃から感じていることを口にする。公爵令嬢である彼女は自身にとても厳しいのだ。王太子の婚約者だというのに、そのことに慢心するわけでもなく自身を律している。その姿を愛らしく誇らしげに思う。
僕とステラワースとの婚約者は政略結婚である。だが、僕はステラワースが大好きだ。初めて目にした時に一目惚れした。しかし彼女は歩み寄る態度は見られないが、さして僕には問題ではない。王太子の婚約者というのは、精神的負担は多大だ。お互いの関係は、彼女のペースに任せることにしている。ステラワースに無理強いをするつもりはない。
「王太子殿下の婚約者ですから、当然のことです」
ステラワースは僕の言葉にも、平然と答える。彼女のシルバーの髪が揺れ、右耳にある雫型のイヤリングが輝く。エメラルドグリーンの宝石が填められたイヤリングが、彼女の元にあるのが嬉しい。
「レオン殿下は本当に格好良いわぁ……」
「ええ本当に……」
ステラワースとのひと時を楽しんでいると、僕たちを遠巻きに眺めている学生の言葉が響く。
「……っ」
彼らの会話か、視線がステラワースの癇に障ったようだ。彼女は学生たちを鋭く睨む。
「ひっ!!?」
「し、失礼しました!!」
蜘蛛の子を散らすように、ギャラリーは各教室へと逃げ出した。ステラワースは影で『冷血令嬢』と呼ばれている。婚約者に対しても一切微笑まず。シルバーの髪に、コバルトブルーの瞳がより冷血具合を助長させているのだ。その為、少し視線を送るだけで恐れられている。
しかしそれは一般的な見解だ。僕個人としては、睨む顔も大変可愛らしく感じている。分かりにくいが、ステラワースは僕に微笑む時があるのだ。本人も気が付いていないだろう。その為何が『冷血令嬢』なのか理解に苦しむが、彼女の視線が厳しいことが周囲を遠ざけているのは嬉しいことだ。婚約者である僕としては、美しく可愛いらしい婚約者に変な虫が付かなくて助かる。
「ステラ? 如何したかい?」
僕は学生達の動きに気にした素振りを見せずに首を傾げる。きっと彼女は睨んだという行動を知られたくないだろう。
「いえ、そろそろ予鈴が鳴るころですわ。急ぎましょう」
ステラワースは何事もなかったように振る舞う。凛とした姿だが、その姿も可愛いらしい。そのことを口にしても良いが、それをすれば彼女が僕と二度と口にきいてくれない可能性がある。それは避けたい。その為、僕は口を噤むと彼女の促しに従った。
「さて、そろそろかな……」
学園から王城に帰る。そして自室に防音魔法を施すと、紅茶を飲み日課である楽しみを待つ。
皆がステラワースのことを『冷血令嬢』と呼ぶが、僕は彼女の本音を知っている。彼女は実は……。
『はああああぁぁ!!! レオン様が今日も可愛いかったぁぁぁ!!』
左耳のイヤリングから、ステラワースの本音が響く。
「ふふっ……」
可愛らしい婚約者の本音に、俺は微笑む。
そう僕の婚約者は、可愛い恥ずかしがり屋である。




