後編 婚約破棄するはずの令息
それからさらに三か月経った。
学園では特に成績は表にされないけれど半年過ぎたころに学園で社交パーティーが催される。
その席上でおかしなことが起こった。
我が国の第二王子とその他複数の令息がミーアと乱れた関係にあったらしく、王子筆頭に令息達が自分たちの婚約者へ婚約破棄をしたのだった。
パーティー会場は静まりかえってしまった。
彼ら以外はただ今後の行き先を見守っていた。
そして、僕は思いっきり巻き込まれた。
第二王子は僕を指差し宣言した。
「アメリアは貴様と婚約破棄をして私と婚約させる」
そして、ご自身の婚約者である公爵令嬢に説明していた。
「テレーズ嬢。私はアメリアとの真実の愛に目覚めたのだ。だから君とは婚約を破棄してアメリア嬢への真実の愛を貫くつもりだ。快諾して、僕らを見守ってくれ」
公爵家のテレーズ嬢は表情を変えず第二王子を眺めていた。
他にも宰相のとこの息子がミーア達のやや後ろに控えていて、
「アメリアの真の愛は王子に捧げられているが、僕のアメリアに対する気持ちは劣らないと自負している。だから、マリーとは婚約破棄する」
宰相とこの婚約者は伯爵家の令嬢だ。テレーズ嬢の隣で憮然とした感じで彼の言葉を聞いていた。
他に騎士団長の息子だとかが同じようにアメリアへの真実の愛だとかほざいていた。
陶酔しきったミーア集団には悪いが、僕は片手を上げて割り入った。
「あの、ええと、僕は確かにアメリアの婚約者でしたが、それは王命で決まっておりました。それを覆すとなると僕の一存では決められませんよ。それに誰がアメリア?」
僕の言葉にミーアが大声で言い返してきた。
「まあ、ケビン様ったら面白いことを言うのね! 私がアメリアじゃないの!」
アメリアのフリをして学園に通っていたミーアが僕を見て叫んだ。
「いやいや、君はアメリアの義理の妹のミーアじゃないか」
「はあっ?!」
ミーアを取り巻いていた第二王子以下(略)達は奇声を上げていた。
第二王子らは口々に僕を嘲笑った。第二王子はせせら笑いながら僕を見た。
「モートン子爵令息。冗談は止めてもらおうか。彼女がカーティス侯爵令嬢のアメリアじゃないか」
僕は真っ向から第二王子を否定した。
「いいえ。殿下のお隣にいるのはカーティス侯爵令嬢ではありません。言わせていただくと彼女の義理の妹のミーアです。な? ミーア」
「な、何よ! ケビンはおかしなことを言わないでよ! 私がアメリアよ!」
おいおい、呼び捨てかよ。それに彼女は……。
「ふうん。そうか。じゃ、あくまで君がアメリアと言い張るのだね?」
「そ、そうよ! 私がカーティス侯爵令嬢のアメリアよ! 当然じゃない。ここにいる学園の皆が証明してくれるわ!」
「だそうですよ。王妃殿下」
僕の言葉に人垣が割れて、そこから我が国の王妃殿下が宰相、文官、護衛らと共に進み出て来た。
「モートン子爵令息から要請を受けてパーティーに来てみればとんでもないことになりましたね」
「は、母上、どうしてここに……」
絶句する第二王子達を冷たく見据える王妃殿下。会場は固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
「あなたがアメリア?」
王妃殿下はミーアの前で立ち止まり尋ねた。
ミーアも流石に少し怯んだものの、胸をはって、王妃殿下にええと答えてしまった。
「ええ。王妃様。私がカーティス侯爵家のアメリアです!」
王妃殿下のこめかみが僅かに動いてこの場の空気が何度か下がった気がした。
ピキピキと音まで聞こえてきそうだった。
「……私の大切な親友を失った悲しみはまだ癒えておりません。親友の忘れ形見はそなたのような下品な娘などでは決してありません」
王妃殿下の言葉に第二王子達だけでなく、参加者からざわめきが聞こえてきた。
「なっ、酷い! 私がアメリアなのよぉ」
ミーアが第二王子の胸にぶつかるように抱き付き泣きだしていた。
それを見てオロオロする第二王子とため息をつく王妃殿下に会場のざわめきは一層大きくなった。
第二王子に王妃殿下は静かに尋ねた。
「そなたは公爵家のテレーズと婚約破棄し、その娘と結婚するつもりですか?」
「え、ええ。私はアメリアを愛し……」
第二王子の言葉を最後まで聞かずに王妃殿下は吐き捨てるように呟いた。
「貴賤結婚など……」
「貴賤結婚!? アメリアはテレーズの公爵家には劣らない侯爵家の令嬢ですよ! 母上」
「私の大切な親友とその娘のことはよく覚えています。……その娘とは似ても似つきません」
そう話すと今度はミーアに王妃殿下はその眼差しを向けた。
「娘、我が息子と貴賤結婚する気か。そなたは平民が貴族を詐称するとどのようなことになるか知っての所業か?」
その言葉にミーアもさすがに青ざめていた。
「へ、平民、貴賤? 母上は何をおっしゃっているのですか?」
「こ、これは、パパとママが……」
「そなたの両親が企てたのですね?」
王妃殿下の言葉にミーアがブンブンと首を縦に振った。
「モートン子爵令息。この娘が誰なのか説明しなさい。ここにいる皆が分かるように」
王妃殿下に言われて僕はやや前に出て説明した。皆の視線が僕に突き刺さる。
「彼女はカーティス侯爵家とは何も関係のない平民です」
「はあ!?」
ミーアを取り巻いていた第二王子達が一段と大きな声を上げた。
「嘘よ!! 嘘! 嘘! ケビンの大嘘よ!」
ミーアも負けじと大声を出した。
「彼女はカーティス侯爵家に婿入りしたトマス氏の後妻の娘で、アメリアの義理の妹です」
「妹? それなら……」
第二王子がボソリとまだ分かっていない発言をしていたが無視した。
僕はこれ以上王子に墓穴を掘るなと内心言いたかったけどね。
「そもそも、僕はモートン子爵家の三男でカーティス侯爵家へ婿入りすることで婚約しておりました」
「それが何だ? 当たり前だろう。だから、私が……。この際、貴様がテレーズと婚約して、私がアメリアの妹……」
第二王子はまだ何か夢を見ているようだった。夢見る王子様だな。
「ですから、婿入りのトマス氏にはカーティス家の権限はありません。ましてや、後妻とその連れ子には全く、だからこうして、アメリアに成り代わろうと学園に入学から替え玉として通わせていたのでしょう」
「な!?」
驚いた第二王子は胸に縋り付いていたミーアを引き剥がすと彼女をガクガク揺さぶりながら問いただしていた。
「あいつの言うことは本当なのか!? 君はアメリアでは無かったのか!」
ガクガク揺さぶられながら、ミーアは必死にまだ自分をアメリアだと言い切ろうとしていた。
「ち、違うわ! 私が侯爵家のアメ……」
そこに僕の後ろから令嬢が進み出た。その令嬢を見てミーアは完全に言葉を失っていた。
「あ……、あんた」
進み出た令嬢は美しい銀の髪と薄いブルーの瞳の極上の美少女だった。
やや痩せ気味なのがその美しさをより儚げな感じに見せていた。
一瞬会場は静まりかえった。
「彼女が僕の本当の婚約者でアメリア・カーティス侯爵令嬢だ」
と宣言してやった。
あの時、アメリアと客間で会わせられてから、僕はあらゆる方面に助けを求めた。
とにかく大きな収穫は侯爵家の執事に密かに協力してもらえたことだ。
それから、アメリアを僕の子爵家で保護し、侯爵家にはうちの使用人をアメリアの替え玉として送り込ませた。
体調不良と偽って義妹とその母親とも面会をさせず気付かれないように頑張ってもらった。
そして、今日はアメリアを着飾らせて学園のパーティーへ参加させた。
実際に学園の同級生らは誰もアメリアに話しかけなかった。
本物のアメリアは皆の前で見事な淑女の礼をすると静かに話しだした。
「二年前に母を亡くし、父が愛人とその娘を家に連れて来ました……」
そして、彼らがアメリアの物を取り上げ、最後は使用人のような、いや、それ以下の生活を強いられるようになった。
更には屋敷で軟禁状態となり、学園も最初から行かせてもらえず、義理の妹のミーアが自分の名を名乗って通う始末。
挙げ句、ミーアが高位貴族令息達を誑かしているという状態を引き起こした。
彼らは十分、侯爵家の内政を乱している。
「そんな、アメリアがアメリアではなかったと」
第二王子はガクリと膝から地面に崩れ落ちた。僕は王子様に更に追撃を加えた。
「そもそもですね。カーティス侯爵夫人は夫のトマス氏とは婚姻関係は確かにありましたが、トマス氏は前侯爵とは養子縁組をしておらず、権限等は夫人のままでした。僕は貴族院にまで確認しましたよ。貴族籍の有無をね」
これが三か月かかった大本だ。もっと早く決着付けたかったのに。
「ですから、カーティス侯爵家の相続として正式な継承者は現在アメリア嬢だけであり、アメリア嬢が十八歳になる、もしくは……」
「その歳になる前に婚姻した場合はカーティス侯爵の爵位は私が受け継ぐものとなります」
僕の言葉に続くようにアメリアが話した。
「だから私がカーティス侯爵となります」
自信に溢れたアメリアは美しかった。まるで夜露に濡れた……。
「は?」
ミーアが素っ頓狂な声を出した。
「あんたがなんですって!?」
「ふふ。平民のミーアさん。高位貴族にそのような口をきいてはいけないわ」
痩せて壮絶に美しさが増した僕の婚約者が無言の圧を掛けていた。
ミーアも流石にこのままではマズいと気がついたようで、助けを求めようと周囲を見渡した。
だが、一番の助けになるはずの第二王子はミーアから距離を取っていた。王子も要は逃げ出したのだ。
王妃殿下はニコリと微笑んだ。それにてっきり赦されたと思ったミーアはほっとしたようだったが、
「王妃様。私のせいじゃない。パパとママが……」
「呆れたわ。本当に。私の大切な親友の娘になんてことを……。この責任は取ってもらいましょう。さあ、彼女を連れて行きなさい。それに家に居る両親とやらも。平民ですからそのように扱いなさい」
その言葉にやっとミーアも現状を把握したようだった。頭を床にこすりつけて謝りだした。
「ひっ! お許しください! 王妃様! お許し……」
王妃殿下を囲んでいた兵士等がミーアを拘束し、王子達も同様に連れて行かれた。
王妃殿下はアメリアに近寄るとその顔に手を寄せた。
「その銀の髪。お母様にそっくり。その瞳も……」
王妃殿下の少し声が震えていたような気がした。そして、こちらに視線を送った。
「その、モートン子爵令息。私の大事な友人の娘の危機を知らせてくれて感謝いたします」
「はっ。王妃殿下。勿体ないお言葉です」
ただそれだけが全てだ。
アメリアが僕を見て微笑んでくれた。
その笑顔を見ると僕もやっと緊張が解けて膝からガクガク震えてヘタリ込みそうだったよ。
後日、アメリアとカーティス侯爵家でお茶を飲みながら当日のことを話していた。
「……本当にケビン様には感謝してもし足りないわね」
「はは。あの時は必死で……。貴族院にまで確認したり、使用人とか証言できそうな人を救い出したり」
アメリアの言葉に思わず遠い目をしてしまった。
「でも、今だから言うけれど、軟禁された窓から見えたのは楽しそうに腕を組むあなたとミーアの姿だし、あなたもてっきりそっち側かと思っていたの」
「それは心外だな」
「ミーアやお義母様から婚約破棄されると毎日のように言われていたから……。ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。まあ、君は被害者だから。それを言うなら、僕だってもっと早く君を助けるべきだった」
「ケビン様。いいえ。あなたがあの時、気がついてくれたから、私はこうして……」
アメリアが涙ぐんでちょっと上目遣いで見つめてきた。その姿はとても……、ミーアなんか彼女の足元にも及ばない。そもそも比べちゃあいけない。
「でもさ、婚約破棄されるなんて思われていたなんて冗談じゃない」
ちょっと僕はぶすっとした感じで応えた。
「ふふ、そうね。もう籍は入れてしまったものね」
アメリアの涙に濡れた瞳が笑いに変わる。
「助け出されてから、あなたから籍を入れて結婚すれば解決だと言われてびっくりしたわ」
僕は少し恥ずかしくなり、肩を竦めておどけてみせた。
「もう婚約破棄なんてできないよ」
「ええ。もう、夫婦ですものね」
僕は妻のアメリアに微笑み返した。
「もう結婚したし、君がカーティス女侯爵だ。王家も了承済みだしね」
こうして、婚約破棄するはずと思われていた僕の話はいろいろあったけれど無事幕を閉じた。
お読みいただきありがとうございました。
ご感想、ブックマーク・評価などをありがとうございました。
前編の方も誤字があったので訂正いたしました。