エーデルワイスの花
「君をこの先に連れてゆくわけにはいかない」
少女アリスは自らの所属するパーティリーダー、青年ロトスの言葉に固まった。
「なんで!急にどうして!?」
アリスがこのパーティに加わって約一年。炊事に洗濯、消耗品の補充など、あらゆる雑務をこなしてきた。戦闘だってパーティの他のメンバーに比べれば、まだまだなのかもしれないが、出来る限りの事をやって来たつもりだ。それが何故。
自分は十分に、このパーティの役に立ってきたと言う自負が、彼女にはあるだけに納得がいかなかった。
「それは......」
「オメェが弱っちいからだよ」
ロトスがアリスの言葉に答えるよりも早く、彼の後ろから女性の声が響いた。
声の主はテローネ。何かとアリスに突っかかってくる粗暴な女戦士だ。アリスは彼女の事がとても嫌いだった。
「テローネ!私はロトスに聞いてるの!」
「お優しいロトスのこった、どうせハッキリ言えねぇだろうから代わりにアタイが言ってやってるのさ!」
「何を!」
アリスと彼女はいつも喧嘩になる。
戦いの強さこそが全てだと思っているテローネは、パーティで一番弱いアリスがきっと気に入らないのだ。
なんなら彼女は稽古と称してアリスを直接痛めつける事だってある。そのせいでアリスはいつも生傷が絶えない。湯浴みの際、傷にお湯が染みる度、アリスは彼女への憎しみを募らせていった。
「二人とも喧嘩はやめなさい」
そんな二人を見兼ねてか、ロトスの後ろに控えていたもう一人の女性が声をあげた。
彼女はライア。巷では聖女とすら呼ばれている優れた治療魔法の使い手で、見た目麗しい才女である。
誰にでも分け隔てない彼女のその善性は素晴らしく、アリスは彼女の事を尊敬していた。
「ライア様!ライア様は私をパーティから追い出すの反対ですよね!?」
だからこそ、アリスは彼女に一縷の望みを掛けた。優しい彼女が、自分をパーティから追い出すなんて事、する筈がないと思ったから。
「それは......」
だが、彼女は言い淀んだ。いつも公明正大な彼女には珍しく、何を言うべき迷っている。
それでアリスは察してしまった。
本当に私は今日ここで、このパーティを追放されてしまうのだと。
「お前はもう用済みなんだよ」
ライアのその態度に、テローネは増長し、アリスに再び酷い言葉を吐いた。でもアリスはもうその言葉に言い返す気力は湧いてこなかった。
信じられなくて、それでもまだこのパーティに居たくて、泣いて頼んだ。
「もっと強くなるから!頑張るから!お願い捨てないで!何でもするから!雑用だってもっと頑張るから!お願い......置いてか、ないで......」
それでもロトスは静かに首を横に振った。アリスがどれだけ懇願しようとも、彼等の意思は覆らない。
「アリス。君はこの村に置いていく」
最後に再び彼の口から告げられた。
お前はもう要らないのだと。
「......ッ!!」
アリスはたまらず外へ飛び出した。
土砂降りの雨が降り頻る中、それも気にならない。ただ当てもなく走って、走って。
雨に濡れた身体が冷え切って、酷く寒かった。
「あっ」
ぬかるんだ地面に足を取ら、膝が擦りむけた。
頬を水滴が伝う。これは雨なのか涙なのかそんな事はもうどうでもいい。ただ辛かった。
「私はッ......!」
声を荒げようとして。でも何を言うべきか自分でも分からなかった。ただただ今までの全てが否定された気がして。惨めだった。
この日アリスは、独りになった。
「懐かしい思い出ね......」
走馬灯だろうか。だとしたら、きっとこれは自分への最後の罰だろう。アリスはその幼き日の思い出に苦笑した。
どこか古ぼけた城の中、石の壁を背に寄りかかる彼女の腹は大きく抉れていた。
とめどなく溢れる血が、緩やかに、されど確実に、彼女が死へと向かっている事を示している。
「どこで間違えたんだろう。あの時やっぱり無理にでもついていくべきだったのかな」
答えの出ぬ問答。
アリスと彼らが別れてから、すでに二十年もの時が経っていた。
「なーんて、無理よね」
あの頃、アリスはまだ十にも満たぬ非力な子供だった。今なら自分を置いて行った彼らの気持ちが理解できる。アリスは幼過ぎたのだ。
「......テローネの稽古、役立ったよ」
あれから何年か後、彼らが死んだ事をアリスは人伝に聞かされた。世を乱す魔王を討伐する為に、彼らは散っていったらしい。
今でも信じたくはない。
「......ライア様のお父様とお母様、優しかった」
アリスの置いて行かれた村はライアの故郷だった。あの時泊まっていた宿も彼女の実家だ。
ライアの両親は、アリスにとても優しかった。
雨に濡れ、泥に塗れていた彼女を抱きしめ、暖めてくれた。
「ロトス......」
彼は、故郷の村を焼かれ両親を失った自分を拾ってくれた。
子供連れて旅をするなど決して楽では無かったろうに、最後まで彼は導いてくれた。
「会いたいよ。みんな、会いたいよ.......」
彼らが死んでから、アリスはただがむしゃらに生きてきた。彼等の仇を討つために。
大嫌いだったテローネの稽古は、アリスの為にきっとわざわざ彼女はつけてくれていたのだ。実戦で初めて剣を振るった時にそれを強く感じた。
口が悪く、粗暴で乱雑で、でも思えばいつも彼女はアリスの側にいた。ずっと見守ってくれていたのだろう。
「でもやっぱり、ちょっと嫌いかも」
笑うと口から鮮血がこぼれた。もう長くはない。
「魔王のやつ、死んだかなぁ......」
皆の仇である魔王とアリスは対峙した。
結果はご覧の有り様だ。それでも、アリスは魔王に致命と言えるだけの傷を負わせた。いくら魔王といえど、あれはただでは済まないだろう。
「あぁ、もう前も見えないや」
目が霞んで何も見えない。景色が黒く染まってゆく。
「......ふふっ」
声が聞こえた気がした。
荒々しく粗暴な女の声だ。
何を言っているのか分からないが、きっと碌でもない言葉だろう。アリスはそれが幻聴でも構わなかった。
「最後の最後に......何で貴女なのよ......」
その言葉を最期に、アリスは動かなくなった。