雨露の瞳
なんてバカなガキなんだと静かな嘲笑と共にガンタイ。
本名フォードゥル・ヒューミリティは自身の顎髭を触った。
そんな風に思われているとは知らないリリーは素直にもてなしを喜び、今も紅茶をお行儀よく飲んでいる。
その姿はやはりどこかいいとこのご令嬢である。
ガンタイはそんなリリーと向かい合う位置にキノコで椅子を作り座った。その椅子はリリーのものと比べて質素で簡単な作りだ。
「質問なのですがリリーお嬢様はどうしてこんな時間にお一人でいるのですか?」
口角を上げ、視界がほとんど見えないほど目を細め、弧を描かせる。
そんな胡散臭い笑みにリリーは何の疑問も持つことはなく今までの経緯を話し始めた。
魔法学校を卒業したはいいが、劣等生であり魔法の腕前も唱える呪文も不出来であること。
そのため一人前の魔法使いになるべく今日この晩相棒のブチを連れて旅に出発したのだと。
その話を聞きガンタイはリリーはバカなガキではあるが、見栄を張ることなく、できないことをできないと言うことができるため、そこに関しては評価できるとリリーをバカなガキから素直で正直なバカなガキに認識を改めた。
だけど、ガンタイは剣のような鋭く冷たい目で紅茶を一口飲み自身の魔法の腕前を卑下し苦笑しているリリーを見る。
素直で正直なこのバカはこれから何度騙され、何度笑い物にされることだろうと。
哀れだなぁ、もう一口紅茶を飲み、そういえばこれから自分もリリーを騙すつもりだったわと心の中で豪快に笑い飛ばした。
哀れむ気持ちはあっても、こんな恰好のチャンス逃すわけにはいかない。
ガンタイは先ほどの胡散臭い笑みから一転、真剣な眼差しでリリーを見つめる。
リリーはそんなガンタイに何かガンタイが話し出すのだろうとその瞳を見つめ返し、ガンタイの言葉を待った。
赤い癖のある長い髪に、透き通った丸い瞳は何かに似ているとふと思う。
はて、何だったか、そう一瞬思考を巡らせれば一番に頭に浮かんだのは青い紫陽花だった。
雨の上がった洗い立ての空の下、紫陽花を飾る雨露。
リリーの瞳はその雨露のように澄んでいて、丸い。
警戒の色なんて一切見せず、ガンタイの言葉を静かに待つことができるのはその育ちの良さからの余裕なのだろうか。
相手の話を静かに待てるのは、自分の話しも相手は必ず聞いてくれるそう信じてるようにも思う。
そうであるなら、それは酷く恨めしく、羨ましいものだ。
ガンタイは杖をくるりと振り、一枚の紙を出す。
スマートさを演出するために呪文は唱えない。
「リリーお嬢様、よければ私と契約をしませんか」
そう微笑みかければ、リリーは不思議そうに首を傾げた。