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深い森の深夜のお茶会

 「ちょっとからかっただけじゃないか」


魔獣が落ちていった暗い森にポツンとオレンジ色の光が一つ灯る。

その明かりのそばには眼帯の男とリリーが向かい合うように立っていた。


眼帯の男は何をそんなに怒っているのか分からないといった様子で頭を掻き、そのたび肩には雪が積もるようにフケが落ちた。


リリーはその様子に自身の顔が歪み、自身の体にぞぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。

そしてそんなリリーの腕の中でブチが「にー」と何か言いたげな顔で一つ鳴いた。

白黒ブチ模様の柔らかな体には傷一つない。


魔獣を簡単に倒したおじさんはブチをリリーの死角となる位置でしっかりと抱え助けており、ペンダントの下りはおじさんのジョークだったのだ。


あの絶体絶命の状況でからかわれたことは腹立たしいし、少し頭を掻いただけでフケが肩に積もるような人だがおじさんが助けてくれなかったらこうしてブチを抱くことは二度と叶わなかったかもしれない。


自身の上での中に納まる小さな相棒の存在を確かめるようにリリーはブチに頬を寄せた。

この暖かくやわらかな毛並みが自身のせいで失われていたかもしれないと思うと、もう心配はないと分かっているのに涙が溢れそうだ。

浮かんだ涙はブチの白黒の毛に吸い込まれて消える。


顔を上げたリリーは感謝と敬意をこめ膝を折り礼をした。

その流れるような動作と美しい所作はその一瞬で眼帯の男は目の前の少女がどこかの令嬢なのだと理解させた。


正直、男は癖のある赤毛と髪色には合わない猫を連れている時点で髪色に合った猫を用意もできない金のない家の娘か、変わり者の変な娘だろうと軽く見ていた。だけど所作や動作などは一朝一夕で身につくものじゃない。礼の一瞬からもその者の家柄や育ちを伺うことができる。


眼帯男はリリーに膝まずき、大げさな身振り手振りでリリーへの敬いを見せた。


「いやいや、そんなお嬢様、私なんかがお役に立てたのなら幸いです。」


先ほどとは打って変わって紳士な対応を見せる男にリリーは訝しむように眼帯男を見るが、目の前の眼帯の男がどんなに怪しくても助けてもらったお礼はしないといけない。


その時リリーはふと父がよく言っていたことを思い出した。

それは、何か相手にしてもらったとき、されたときなどにはまず自分の名前を名乗りなさい。ということだった。

それがどうしてなのかは分からないが、父の言われた通りに名前を名乗ると大抵のことはどうにでもなった。


「私はリリー・アイラです。あなたのお名前は?」


(リリー・アイラだと!?)


リリーが名乗った途端、突然高級フルコースを無料で食べれることになったかのように、適当に買った中古品が実はお宝で買い値より何百倍の価値があったかのように眼帯男の目はギラギラと光った。


「リリーお嬢様、私のことはどうかガンタイとでもお呼びください。」


そう優雅にだけどわざとらしく立ち上がり、どこからともなく杖を取り出してくるくると踊るように杖を降った。


「今日この晩ここでは素敵なお茶会が開かれます。」


まるで歌うように紡がれた言葉はどうやら呪文だったらしい。


生えていたきのこはみるみる大きくなり、背もたれも肘置きもある立派な椅子となり、無造作に生えていたなんの変哲もない雑草は茎を力いっぱい伸ばし葉をリリーの背より大きくして美しいレリーフの装飾がされたテーブルとなった。そして舞い落ちる木の葉はソーサになり、何の実かも分からない木の実は茜色の液体を揺らす可愛らしいティーカップとなる。

ポンポンと男によって生み出されたオレンジ色の炎は深夜の森に突然現れたお茶会の会場を柔らかな暖かい光で照らす。


このお茶会の会場は一つ一つとても高度な魔法が組み合わさってできているということは学園で常に劣等生であったリリーにも分かる。


こんなにも高度で美しい魔法を使う人をリリーは今までみたことがない。


そしてそんな高度で美しい魔法が自分のために使われたと思うと頬は赤く染まり、幻想的な光景に心臓は早く鳴る。


ガンタイと名乗った男は踊るようにリリーの手を引いてエスコートして、きのこの椅子に座らせる。

そしてリリーの目の前にティーカップを置き、小枝で作ったスプーンでその茜色の液体を掬い自身の口元へと運んだ。


「うん、よかった甘くとてもおいしい」


茶目っ気たっぷりにそうリリーにガンタイは微笑んで見せる。


これは味見でもつまみ食いでもない。


アイアン家の娘が見ず知らずの男が差し出した飲み物を飲むことに、不安や疑心の気持ちを持たないわけがないと踏んだからである。


だから先に一口飲んで見せて、安全であることを示し、そしてその動作を茶目っ気たっぷりに演じることで高度で美しい魔法を目にしたワクワクと興奮にリリーを酔わせたままにしたかったのだ。


リリーはまんまとそのティーカップと手に取り、口に運んだ。

そして一口口に含み、飲み込んでとびきりの笑顔をガンタイに向ける。


「ホントね!とてもおいしいわ!!」


満面の笑みを浮かべるリリーにガンタイは余裕たっぷり微笑んで返す。


「それならよかった」


そして自然な動作でリリーから顔を背ける。

その表情は完全に悪い大人の顔であった。

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