一人前の魔女を目指して
満月が見守る静かな夜、今日この夜に娘を旅に出す親がいた。
ほうきにまたがり、さあ今すぐにでも!と目を輝かせる娘の名前はリリー・アイラ。そしてリリーの跨るほうきにしがみつくようにして大粒の涙を流すのはリリーの父 アイアンである。
「本当に行くのか?やっぱり出発は明日にしないか?せめて昼の明るい時間とか…」
「いや、今日行く、なんなら今すぐ行く!」
リリーの瞳は心配になるほど前しか見ていないのに対し、ほうきにしがみつくアイアンは旅立ちを許してしまった過去の自分への恨み言ばかり浮かぶ。
「やっぱり、旅になんて行かなくていい!魔法だって呪文はあれだが、使えはするんだからそれでいいじゃないか!!」
なんて口では言うが魔法使いの中でそれなりにお偉いさんであるアイアンは呪文の言葉の美しさがどれほど大切で、重要視されるものなのかは痛いほど知っている。
そして当の本人であるリリー自身は魔法学校でそれなりにからかわれ、馬鹿にされてきたが呪文の美しさの大切さには正直今一つピンと着ていない。
だけど親元を離れ一人旅ができるなんて!と両親が泣く泣くした決断に一つ返事で了承をしたのだ。
海も見たい、山も見たい、大きなお城や、色とりどりの花畑も、とこれから出会えるかもしれない景色や人々との出会いにリリーの小さな体は今にも期待ではちきれてしまいそうだ。
「ねぇ、早く離してってば!」
バシバシとほうきにしがみつくアイアンを叩く、リリーと父を見守っていた母 ベルは今も子供のように泣き続けるアイアンの肩にそっと手を置いた。
「お父さん、娘の大切な門出を涙で濡らしてはダメよ」
小さな駄々っ子に言い聞かせるような優しい咎める言葉にアイアンはようやくリリーのほうきから手を離した。
「そう、お父さん偉いわ」
今も泣き続けるお父さんの肩を抱き、お母さんは穏やかな表情で娘の背中を見る。
月夜に照らされた娘の背中は自分が思っていたよりもずっと大きくたくましい。
「昔はあんなに小さかったのに」
呟いたベルに、アイアンはベルを支えにするように立ちながら嗚咽まじりに頷いた。
「ブっちゃん、リリーのことよろしくね」
ブッちゃんと呼ばれた白黒のブチ猫はニャーと一つ鳴き、リリーのほうきに下げられていた籠の中に入った。
その鳴き声が「任せてくれ」というものならいいのだけどとベルは願うように思うが、実際は「しょうがないな」という意である。
ブっちゃん、正式的にはブチ、は捨てられていたところをリリーに拾われ、ブチ猫だからブチという安直な名前を頂き、リリーの猫となった。
本来、魔女(女の魔法使い)や魔法使い(男の魔法使い)は自分の髪色と同じ毛色をした猫を相棒として迎え入れることが多く、白黒のブチ模様のブチが捨てられてしまったのもそのせいである。
だから本来ならリリーの猫は赤毛の猫となるのだが、捨てられていたブチを腕に抱えた途端この子がいいと大騒ぎし、級友や教師、両親がどんなに辞めるように言っても聞かなかったため、晴れてブチはリリーの猫となったのだ。
リリーには恩があるため、精いっぱい相棒を務めさせては頂くが、破天荒で怖いもの知らずのリリ―に対し、ブチは臆病で慎重な性格のため。リリーの行動一つ一つがブチからしてみれば基本的に正気じゃない。
さて、どんなひどい目に合うのやらと籠の中から主人の顔を伺えば、リリーは爛々と目を輝かせている。
早速いやな予感がする。
「じゃあ、もう行くね!」
一度両親に振り返ったリリーはほうきを握る手にぎゅっと力を入れる。
「ぐんとびゅんと飛び上がれ!」
その言葉とともにリリーの髪は広がり、服の裾がバタバタと揺れる。
そしてゴムが弾かれるようにその姿は一瞬で宙へと飛んでいった。
「ブチ!きっと素敵な旅になるよ!」
遮るものは何もない満月の光の下でリリーは声高らかに宣言するが、返事はない。
それもそのはず籠の中にはブチの姿がない。
その時、リリーに大きな影が落ちる。
何事かと見上げれば気を失いぐったりとした相棒の姿と、鳥の頭と体を持つ猿のような腕をした魔獣の姿があった。そしてブチはその猿の腕の中にいた。
「う、うそぉ」
幸先がよいとはいえないまさかのハプニングに流石のリリーも言葉を失う。
魔獣は叫ぶように鳴き、速度を上げ夜の空へと消えていった。それを追いかけるようにリリーも速度を上げ夜の空へと消えていく。
遥か下の地面ではアイアンは失神し、地面に倒れ、何も言えず唖然と宙を眺める母のことをリリーは知る由もなかった。
使う魔法が同じでも使う人により呪文が変わるのは、人によりイメージのしやすい言葉が違うからです。同じほうきを使う飛行魔法の呪文でも
①「この世の理より我が命に従え」
②「翼無き私に空をかけるすべを」
③「私の思うがままに」
と色々とあります。この三つの中で一番評価が高いのは③、その次に①、最後に②です。
呪文を聞いた人がどの魔法を使うのか予測しずらいほど評価が高くなり、美しさの基準は人によって違いますが大切なことの一つです。リリーのように擬音を交える呪文が許されるのは魔法学校低学年までです。