1.99 エルフ、急に我に返る
……ってなんで働いてるのですかボクは!
アホですか!
ボクは冒険するために森の外に出たのであって起業するために上京した夢見る若者じゃないのですよ!
「というわけでボクはお店を辞めます。後はお前たちが好きにしたらいいです」
従業員・関係者たちを前に退職の意向を伝えると一斉に「えーっ!」と声が上がりました。
「いやいやいやいや」
「いきなり何言ってるの?」
「ちょっと待っておくれよ」
「松も並もありません。ボクの本分は冒険者ということを思い出しました。デリとおしぼり屋はミラにあげますので後はよろしくです」
「よろしくされても困る! ねえ、お金が惜しくないの?」
「いえ別に……。そんなにお金を稼いでどうするのです? 人は日に米は三合畳は一畳、お金も今日を過ごせるだけあれば十分じゃないですか」
「いやお金があれば何でもできるじゃない。というかないと何もできない」
「例えば?」
「このままいけば家が買えるよ? それも結構いい家が」
「寝床なんて馬小屋でも十分ですし。そもそもボクは冒険者ですのでおうちは買えません」
「うぐっ」
「じゃあ服、は……いらないね……」
「布から全部自作ですからね」
「え、えーと、おいしいご飯が食べられますよ」
「いやいや……ボクが食べることにそこまで執着がないというのもあるのですけど、外のメシって森の料理に比べたら全然ですから。ボクの手料理が一番マシってレベルですから。お金を払ってまで食べたいものないです。──と言うかボクは辛い物も臭い物も塩辛い物も全部苦手なのです! 人間の料理ってそんなのばかりじゃないですか!」
「ええっ、自分でもそんなのばかり作っといて今更!?」
「じゃあ何だってそんなレシピを考えたんだい?」
「それは人間たちの味覚に合わせたからですよ。お前たちそういうの好きそうでしたし」
「リンスちゃん……思ったより人間の気持ちになって考えてくれてたんだね……」
「ボクの評価低すぎませんか?」
人間たちの言うことはいつもそうです。豪華な家に住んで、うまいもの食って、高い車に乗って、いい服、いい靴、いい時計みたいなアイテムを持って、いい女抱いて、あるいはいい男に抱かれて……。
そんなのなーにが楽しいのでしょうね? 価値観が古き悪しき昭和ですよ、バカバカしい……。欲望の奴隷ですか?
人間の幸福のテンプレートとエルフのそれは違うのです。そんなちっぽけな価値観でボクを理解しようとするなんて30cmものさしで日本全土の海岸線を測量しようとするようなものですよ。そもそもこの世界ではボクたちが最高のブランドで、人間世界の権威なんて一流ごっこ、エルフごっこのごっこ遊びに過ぎないのです。人間の世界にあるものでどうしても欲しい物なんてありません。
ボクは令和から来た未来派エルフなのです。もっと人間的な感性を大切にしたいですね。
「ちょっと待ってくれないかな。リンスが睨みを聞かせてるから成り立ってるところもあるんだ」
金髪が手を挙げて言いました。
「ですか?」
「そりゃそうだよ」
「バガッド一家を一人でぶっ潰したリンスさんのお店にちょっかいかけるバカはいませんよ」
「君に辞められると反動があるかもしれない」
「ねー、考え直してよー。今までずっと一緒にやってきたじゃない。これからも一緒にやろうよー」
「むー……」
そうは言われても、ボクが欲しいものは冒険なのです。そのために森を出て来たのですから。これ以上お店をやってても冒険心を満足させることはできません。
協議の結果名前だけ貸すことにしました。デリバリーサービスもおしぼり屋も看板は今まで通りボクの名前を使って、このお店や屋台の方も代表権のない相談役という形で顧問料をもらうことになりました。
次回から新展開です。