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1.95 『森の妖精亭』オープン!

 そして今日は秋分の日、いよいよ開店です!

 大勢にタダメシを食べさせたおかげで評判を取って初日から大忙しです。お店に入りきらないお客が順番待ちで入り口から行列を作っています。

 ウェイトレスが三人では全然足りなくてミラが三人分になっています。というかシーラが全然戦力にならないのです。他に志望者もなかったので仕方なく雇ってますけど、使わない方がマシかもしれません。

「きゃあっ」

 あ、ちょうどすっ転んでお盆をひっくり返しました。ミラが空中でお盆をキャッチして料理をお皿に無事着地させるとお客から拍手喝采が沸き起こりました。腐っても冒険者の運動能力です。


 え? 「これなら最初からミラを増やせばよかったのでは」ですって? あのですね、ボクが関わってる会社は現状ミラが風邪でも引いた日には即すべての営業がストップしてしまうのですよ。オルドみたいな一人親方ならともかく、組織としては代えの効かない人材などというものは本来作ってはいけないのです。既に手遅れのような気もしますけどこれ以上ミラへの依存度を高めるわけにはいきません。


 ホールもホールですけどキッチンもてんてこ舞いです。結局キッチンスタッフが見つからなくて仕方なくまたボクがヘルプで入っています。なんでボクがエビなんか炒めないとならないのでしょうね?

「きゃーっ!」

 仕方なくホールから下げて皿洗いに回したシーラがお皿を滑らせて床にぶちまけました。



 一週間も頑張るとようやく客足が落ち着いてきました。いえ落ち着いたと言ってもこの町ではかなりの繁盛店の部類なのですけど。とりあえずミラの分裂は二人で済んでます。


「ねー、なんか変なお客がいるんだけど!」

 たまたま手に入った山鳩を焼いていたらミラが一人厨房の入り口から叫びました。

「めっちゃ料理のこと聞いてくるんだけど、私わからないし。忙しいのに手を取られて迷惑だし。リンスが相手してよ」

「ボクも手が離せないのですけどね!」

 叫び返します。忙しいのにやめて欲しいのですけどね。仕方なく焼き鳥の串を火の弱いところによけておいてボクはホールに向かいました。


 その迷惑なお客というのは夫婦連れの男の方でした。品のいい初老の夫婦でこの庶民向けレストランにはちょっと場違いな盛装に身を固めています。

 ……あれ? どこかで見たような顔です……。こめかみをグリグリしながら脳内検索してみます。あの顔はどこで見たのでしたっけ……? 昨日今日見た顔ではありませんけどそんなに頻繁に会ったわけでもありません。

 冒険者ギルドにいるような人種よりは高級です。自警団とかでもなさそうです。屋台にいるようなタイプでもありません。他の行動範囲内のお店……布地屋ではありませんし、やはり飲食関係……? おしぼりを配っているところでしょうか? 酒場……レストラン……?


 ……! 思い出しました! あの高級ホテルのレストランの料理長じゃないですか! ボクってちょっとした常連なので食べてるときに挨拶に来たのでした。


 仕方ありませんね、今日はボクの方から挨拶しにいくことにしましょうか。

「今日はご来店ありがとうです」

 横から声を掛けると料理長はビクッと身をすくませました。

「……え、ええ。いつもご利用頂きまして、誠にありがとうございます」

「どうです、お気に召した料理がありましたか?」

「そ、そうですね、このエビとトマトの炒め物など私の好みです。ニンニクとトウガラシをもう少し抑えれば──」

「向こうのレストランでも使えそうですか?」

「いやあ、そういじめないでください。あ、それにこの4つ又のピックも素晴らしいですね」

「農具が元になってますのでフォークと呼ぶといいです」

 このレストランではこれまで一般的に使われていた木のピックに代わって金属製のフォークを採用しています。いずれこの便利さがわかれば世間にも普及することでしょう。現に料理長はさっきから感心することしきりです。


 やれやれです。ボクはおおげさに肩をすくめて見せました。

「そんな盗むような真似をしなくても普通に教えてあげますよ。その代わりと言っては何ですけど料理人を貸してください。人手不足で困っているのです。そいつに働きがてらレシピを教えてあげますから」




 とか言ってたら本人が働きに来ました。翌日の朝に厨房を覗いたら野菜を切っていたのです。相手はおばちゃんから見て偉い料理人なわけで、すごくやりにくそうにしてます。

「リンスちゃん、何とかしておくれよ」

「……何をしているのですか? お前立場のある人間でしょうに」

「いや、その……どうせなら自分で知りたくて……」

 料理長はジャガイモの皮をむきながらきまり悪そうに答えました。

「別にいいですけど、ボクがお客で行ったときはいつもの料理を出してくださいよ」

 自分で作っておいて何ですけど、ボクは辛いの苦手なので。


 しょうがないのでここで出さないようなのを教えて追い返しましょう。

 まず白いお皿を用意します。大きさは25cmくらいあるといいですね。その真ん中に金属のセルクル(丸い型)を置きます。オルドに作ってもらったのです。さてセルクルの下三分の一にマッシュポテトを詰めて、その上に酢と油で軽く下味をつけた玉ねぎのみじん切りを敷いて、その上に仔羊のレバーのムースを詰めて平らにならします。型を外します。彩りに赤と黄のパプリカを刻んだものを散らし、真ん中にチャービルを置きます。周りにトマトで色を付けたソースで絵を描いて出来上がり。

「どうぞ、『仔羊のレバーのセルクル仕立て』です」

「へぇー、こんなのも作れたんだね」

 うちのお店ってイタリアの家庭料理っぽいのがベースなのでこういうの雰囲気に合わないのですよね。


「う、美しい……。この発想はなかった……。うん、味もいい」

「レバーじゃなくてエビとかチーズとか……まあ見た目が綺麗なら何でも詰められますよ。あるいはデザートでも」

「こ……これはインスピレーションが湧いてきました! ありがとうございます!」



 そうしたら今度は向こうのレストランの料理人たちが日替わりでやってくるようになりました。くっ、餌付けしてしまいました……。それに当面の調理師不足は解消したとはいえ根本的な解決になっていないような……。

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