1.92 ドワーフとコビット
そのドワーフの末裔が目の前にいます。遊びがてら注文していたカップの進捗状況を見に来たのでした。
「できとるぞ」
さすがの速さです。オルドは「4ダースで良かったかの」と言いつつサンプル品のカップとジョッキをテーブルに乗せました。カップはオルドのそれのミニチュア版、ビールジョッキは赤々と夕日の色に輝いています。ジョッキですので持ち手がついていますけど、その持ち手と本体のつなぎ目が見えません。期待以上の出来栄えです。
「バッチリです」
「なら【譲渡】するぞ」
【譲渡】は物品を現実空間に取り出すことなく自分のアイテムボックスから他人のアイテムボックスへと直接移動する魔法です。承認するとボクのアイテムボックスにカップとジョッキ四十八個ずつが追加されました。サンプル品はおまけでもらいました。
ちなみに「五十個くらい」と言ったのに四ダースなのはコビットもドワーフも12進法を採用しているからなのでしょう。ダース、グロスは元々コビットの使う単位でした。人間たちの一日が十二刻なのも暦の一年が十二か月だったのもコビットたちの暦の影響によるものです。
「ありがとです。これはお代です」
今度はこちらから金貨百枚を【譲渡】しました。二枚分はおまけです。カップ一個に金貨一枚が高いか安いのかわかりませんけど、技術料込みならこんなものじゃないでしょうか?
「それとお酒のことですけど、一樽三十メリダでいかがです?」
「それでいいぞ。高いのか安いのかわからんが」
「どうなのでしょうね。うちの会計担当は採算が取れないって嘆いてましたけど」
そもそも金貨の価値がいまだに体感できてないのですよね。ボクにとっては価値のあるものではありませんので何かあるたび上棟式の餅みたいにバラまいてます。
「今まで売ったことなかったのですか?」
「ないな。この酒が商売になるのは初めてだ」
「それでどうやって原料を仕入れてたのですか……」
「そりゃコビットのところに行って一緒に働いとったのよ。頼まれれば鍋釜から鍬鋤鎌まで何でも打ったしの」
うーん原始共産的です。人間たちの経済とは別の論理が働く世界がこんな身近にあったようです。
「逆に向こうも手伝いに来るぞ。うちの蔵では一回の仕込みで四樽、年間十三回の操業が限界でな。それもワシ一人では厳しいのでコビットたちに手伝ってもらっておるのだ。来週から次の仕込みを行う予定だからな。明後日には準備に来るぞ」
「そうなのですか。そのコビットたちのお給料はどうしてたのですか?」
「まあ大昔からドワーフとコビットは持ちつ持たれつでな、できた酒を半分持って行ってもらえばそれが手間賃だ」
うーん、でもそれなら……。
「あの、後継者のことですけど」
「なんだ」
「作り方がわかってるならいっそのことコビットたちに受け継いでもらってはどうですか? 別にドワーフでなければダメってこともないでしょう」
オルドはビックリして小さく飛び跳ねました。雷に打たれたようなリアクションです。
「う、うむ……。言われてみればその通りだ」
その通りと言いつつものすごく不本意そうな顔をしてます。
「……いや、『蒸留酒はドワーフのもの、コビットはビール』という固定観念に囚われておったが、手伝ってもらっといてそれはないわな……。うむ……」
ちょっとガックリしています。本音ではドワーフに受け継いでもらいたいのでしょう。でも本人が言う通りこの辺りにいるドワーフって飲んだくれのアホと借金漬けのアホしかいませんからね。