1.90 就職希望者
壁画を見ていたら後ろから「すいませーん」と声を掛けられました。
「お店の人ですかぁ?」
見ればちょっといえかなりケバめの若い女がチラシを手に立っています。あれは商業者ギルドに出した求人広告では?
「そうだけど」
とおばちゃんが答えると若い女は嬉しそうに言いました。
「求人を見たんですけどぉ、枠ってまだ残ってます?」
面接することにして事務所に通すと女は履歴書を出しました。
「あたし字が書けなくて、ギルドの人に書いてもらいました」
という履歴書を見れば名前はシーラ、19歳。14歳からウェイトレスを始めて2年前から夜の妖精亭で働いています。
「あたしここで働いてたんだけど、でもホラ潰れちゃったじゃないですかぁ。それで次はどうしようかなって思ってたんだけど、またお店が始まるって言うからー、働かせてもらおうと思ってぇ」
「今度のお店は水商売じゃないけど、いいかい?」
飲食店も水商売のうちですけどね。
「もうお水は飽きましたぁ。あたしここでは結構人気あったんですよぉ、あ一番人気の女ってすっごいイヤなやつでぇ、でもあいつあたしが行こうかなって思ってたお店にスカウトされちゃってぇ。もうあいつと同じお店で働くのイヤだし、まあそれはいいんだけどぉ、いつまでもやれる仕事じゃないし、この際転職しようかと思ってぇ」
ケラケラ笑うシーラを前におばちゃんと顔を寄せて相談します。
「……どう思います?」
「うーん、一応ウェイトレスの前歴はあるし、できなくはないんじゃないかねぇ」
「ウェイトレスって言っても売るのがメインじゃないですか? あの感じだと」
「それもまあ一応接客業のうちだし……」
うーん……。
相談の結果試用期間ということで、雇うかどうかは実際の働きぶりを見てから決めることにしました。
翌日早速ミラと一緒に接客の研修を受けてもらいました。
「えー、ではまず私がやって見せます。二人とも一応接客の経験はあるみたいだし基本はできてるよね。あとは形を真似するだけだから、見ててね」
まずはウェイトレス歴3年のマリーが手本を見せるようです。
ドアにつけた小さなベルがチリンチリンと鳴ってお客役のおばちゃんとカミラが入ってきました。
「いらっしゃいませー!」
と明るい声を張り上げたマリーはくるりとミラたちの方を向きました。
「お客様がいらっしゃったらさわやかな笑顔で元気よく挨拶してね! ここでお店のイメージが決まるからね。で、声が聞こえたら他のみんなも挨拶してね。ハイ!」
「「い、いらっしゃいませー!」」
促されてミラとシーラが慌てて声を上げます。
「いらっしゃいませ、何名様でご来店ですか?」
マリーはふたたびシーラたちを見ました。
「お客様と向き合ったらもう一回挨拶して人数を確認してね。このとき見ないように見てお客様の顔や年齢、性別や身なりをチェックします」
「「は、はい」」
「2名だよ」
「2名様ですね! それではお席にご案内致します。こちらへどうぞ。──と先に立ってお客様に合わせた席に案内します。常連さんやお金を持ってそうなお客様は上席へ。貧乏人と異種族と他郷人はトイレの隣。冒険者はいつでもつまみ出せるように入り口の隣の席に案内します」
うーんこの濃厚な異世界しぐさ。西ヨーロッパ人並のナチュラルな差別意識を見せつけてくれました。
「え、どこに行っても毎回同じようなところに案内されるのってそういうことだったの!? ひどい!」
「だって冒険者ってうるさいんだもん」
マリーはミラの抗議をまるで相手にしませんでした。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
一礼して席を離れたマリーは厨房の入り口で静かに待機、おばちゃんが手を挙げると同時に再び席に赴くと注文を取って厨房に通しました。一連の動作はよどみなく滑らかです
「ね、簡単でしょ? じゃあやってみて!」
そう言うとマリーはミラを伴ってお店を出ました。チリンチリン。今度はマリーとミラがお客役です。
「いらっしゃいませー!」
シーラの元気な声が響きます。
「いらっしゃーい。今日はよろしくお願いしますねー♡」
シーラは「いやだから人数を──」と言いかけたマリーの手を引いて席に案内するとその隣の椅子に座り込んで「お客さんお仕事は何してらっしゃるんですかー?」なんて言いながら流れるような手つきで水割りを作り始めました。
「お酒作らなくていいから! うちそういうお店じゃないから!」
「はっ、手が勝手に!」
混乱しています。大丈夫でしょうかね?