1.9 冒険者の権利と制限
さてサブマスとやらが言う事には次のような感じです。
・冒険者は町の外で武装しても良い。ただし町の中へ武器を持ち込んではいけない。
「さて、人類は長い歴史の中で戦闘系の加護を持った人間とそれ以外の人間の付き合い方を模索してきた。戦闘系の加護を持っているのといないのとでは戦闘力に天と地ほども差があるからだ。現在では戦闘系の加護を持った人間を軍隊か冒険者ギルドに吸収するシステムが定着している。このような人間には可能な限りどちらかに所属してもらうことになる。もちろん戦闘系の加護を持ちながら軍人にも冒険者にもならない者もいるが、一切の暴力が禁止される。ギルドカードは言うなれば暴力の免許証だな。ギルドは罰則付きの規則を設けて暴力を制御しているわけだ」
この世界も一般市民の強さは前世と同じくらいだとすると、加護の有無で戦闘能力に宿儺と順平、フリーザとチャパ王くらいの差があることになりますからね。それは言い過ぎにしても念能力者と一般人くらいの差は普通にありそうです。例えば直径一メートルの岩石があったとします。重さは一トン以上になりますね。こんなの大谷翔平がハンマーを持ってフルスイングしたってビクともしません。せいぜい「転がったらいいな」くらいです。でも戦闘系の加護を持ってると落ちてる小銭を拾うくらいの気軽さで投げ飛ばせちゃいます。魔法使いならすり潰して砂にできるかもしれません。こういう連中を野放しにしておいたら社会がメチャメチャになるだろうなーというのはHUNTER×HUNTERが今週載ってるかみたいな話で、目次を見なくてもわかります。
「街中で武器を使うなどの不正を行うと神からのペナルティを受ける。最悪の場合ギルドの登録を抹消されることもある。一度得た身分証明書をなくすということは、つまり法の救済の及ばない棄民となるということだ。犯罪者として捕縛や討伐の対象となることもあるから気を付けるように。さて、少なくともこの東大陸においてはすべての国で一般市民は武装を禁止されている。治安維持のためだな。許可されているのは冒険者と軍人、警察官だけだ。しかしその冒険者、兵士ですら町の中へ武器を持ち込むことは禁止されている。武器というのは『刃渡り0.7リード以上の刃物または全長が1.3リード以上の鈍器』のことだ。刃渡りがそれ以上ならたとえ包丁でも持ち込むのには特別な許可がいる。武器を持ち込めるのは許可を受けた衛士、例えばこの町なら自警団だけだ。そのため冒険者ギルドは町の外にあり、冒険者はギルドに武器を預けて町へ入ることになる。ギルドがない町においては武器を預けることができないので持ち込みは黙認されている。ただし町の中でその武器を抜いたら冒険者資格は即時停止となる。それと当然だが町中では攻撃魔法も使用禁止だ。回復魔法などの人に危害を加える目的ではない魔法なら使ってもよい」
・ギルドを通さずに個人で依頼を受けることはできない。
「冒険者が一般市民から直接依頼を受けることはできない。これは冒険者の独立性の解釈の問題になるが、冒険者は個人として独立しているわけではなく冒険者と言う集団、つまりはその代表者である冒険者ギルドとして社会から独立しているというのが実際のところだからだ。暴力を行使するには暴力の管理者である冒険者ギルドを通してもらう必要がある。また依頼には冒険者という漂泊者を共同体の構成員として受け入れるためのシステムという側面もある。それに冒険者を保護する意味もある。直接的な利害関係ができるとどうしても気持ちに隙ができるからな。例えば金持ちやら反社会的勢力やらに囲い込まれて、ズブズブになっていくうちに犯罪の片棒を担がされたりするわけだ。暴力の管理と言う面から見ても本人にとっても非常によろしくない。この三つの理由によって冒険者がギルドを通さずに依頼を受けることは禁止されている。同じ理由で利益の供与を受けることもいけない。犯罪者に酒をおごられて情が生まれていざそいつを捕まえるように依頼を受けたときに手心を加えるようでは仕事にならんからな。ただしどうしても人助けをしなきゃならん場面もあるよな? 例えば目の前でモンスターに襲われている女性がいるとしよう。その女性に『助けて!』と頼まれた場合とか。あるいは目の前に怪我をして死にかけてる男がいるとしよう。その男に『治して』と頼まれた場合とか。現に危険が差し迫っていてギルドに依頼を通す猶予のない緊急時には依頼を引き受けてもよい。これを『緊急依頼』という。ただし後でギルドに正式に依頼してもらい、解決した体裁を取る必要があるけどな。なお依頼は市民の側にとっても義務となっている。また報酬を伴わない小作業、例えば高いところにある物を取ってとか重い物を持ってとか、日常のちょっとした頼みごとを無償で引き受ける行為は黙認されている。ただしこれもあくまで黙認であってあまり褒められたことではない」
・冒険者はモンスターと戦わなければならない。ただし命が優先である。
「戦闘は冒険者の権利である一方で義務でもある。従って目の前に戦いがあるならそこから逃げてはならない。──と言っても勝ち目のない戦いに殉じろという意味じゃないぞ? 死んじまったら旨いメシも食えないし酒も飲めないし、何より次の戦闘に参加できない。『自己保存の原則』だ。しかし、護衛対象がいる場合にそれを置いて逃げることは許されない。冒険者全体の独立性、つまり信頼を守るためには依頼者を優先する必要があるからだ。この辺が自己保存より独立性の方が上位の概念とされる理由であると考えられている。であるので冒険者の優先順位は護衛対象の命を守ることが第一、自分の命が第二、モンスターを倒すことはそれより下だな」
・冒険者同士の私闘は厳禁。私闘でない場合、例えば傭兵として働いているときに戦場で戦うのは良い。どうしても戦いたい場合はギルドに申請して『決闘』すること。
「冒険者システムの目的が暴力の管理である以上、冒険者同士の戦闘が規制されるのは当然のことだ。例えば傭兵業をしているときのように受けた依頼の結果として戦闘に至るのは仕方ないが、私闘はご法度だ。ただちに冒険者資格を失うこととなる。とまあ、私闘は禁止されてはいるんだがな……血の気の多い冒険者同士で争いごとがなくなるはずもないよな。どうしても闘いで決着をつけたい、そういうときのための仕組みが『決闘』だ。ギルドに申請して、認められればギルドの神からペナルティを受けることなく勝負できる。それはつまり神が認めた決着であり、つまるところ一種の神明裁判というわけだ。……まあ実際にはそんな大げさな話でもなくてな。毎日誰かがくだらない理由で決闘してる。どっちが強いか弱いかはもちろん、ソーセージは焼いた方がいいか茹でた方がいいかなんてことでもな。ギルドの裏に決闘場があるからまた見ておくといい」
・冒険者は一般人に危害を加えてはいけない。ただし一般人から攻撃された場合には反撃しても良いし、依頼を受けた場合も例外である。
「冒険者が一般人に手を出すのは重大な禁忌だ。一発で冒険者資格取消、最悪討伐対象になるから気をつけろ」
「一般人に絡まれた場合はどうすればいいのですか? 一方的にやられろって言うのですか? それとも決闘ですか?」
気になったので聞いてみました。
「冒険者と一般人じゃ勝負にならんだろ。自警団が仲裁に入って、それでも揉めたら裁判で決着だよ。めったにないが、どうしても決闘したい場合は代理人を立てることもあるな。──ただしこれは口喧嘩の場合だ。口で言ってるだけなら裁判沙汰で終わりだが向こうから手を出してきたらブチ殺しても罪にならん」
「つまり先に手を出されたら反撃してもいいってことですね」
「その通りだ。その場で顎をかち割って二度と偉そうな口を叩けないようにしてやれ。これは課された義務じゃないが絶対やれよ。お前らが舐められると他の冒険者も舐められるからな」
「町の中に武器は持ち込めないのですけど、魔法は使ってもいいのですか?」
「先に攻撃された場合は魔法を使って反撃してもいい。冒険者の権利の『防衛権』の範疇になる。──ああ、それと市民の正当な依頼があった場合も別だ。例えばヤクザに殺されそうになっている市民に助けを求められた場合だな。依頼に従ってヤクザを叩きのめしたところで冒険者を裁く法はない」
──とまあこんな感じで何をすべきで何をしてはいけないか、あるいは何ができて何ができないかの話を延々と聞かされました。これら以外にも例えば冒険者は冒険者身分のまま市民になることはできず軍に就職したり商業者ギルドと兼業して経済人として市民になるといった抜け道が必要で、そのせいで冒険者は借金できないとか住居を買えないとか就職先が限られるとか移動に制限がかかるとか、いろんな話をです。何か思っていたのと全然違いました。
「冒険者ってもっと脳筋で、死んでも自己責任くらいの厳しい世界かと思ってました」
「そんなの職業として成立しないだろ……。あのな、うちはギルド神の奇蹟によって成り立ってるとはいえ一応営利団体なんだ。冒険者の働きによって地域は危険から守られるだろ? その利益で俺たちはメシが食えるだろ? そんなポコポコ死んでもらうわけにはいかないんだよ。ただでさえなり手がなくて困ってるのに」
「そうなのですか? 手に職がない人間はとりあえず冒険者になってるようなイメージがありますけど」
「エルフの間ではそういう認識なのか? 残念ながら人間社会では、冒険者とは恵まれた加護を持っていながらどこにも雇ってもらえなくて切羽詰まった奴が最後の選択で仕方なくなるものだ。こんな命がけの仕事をやる前に日雇いのドカタでも荷運びでも他にやることがあるだろ、普通は。例えば力が強くなる加護をもらってる奴が港にでも行ってみろ、引っ張りだこだぞ」
「戦闘系の加護をもらって生まれてきたら冒険者になるのもおかしくないのでは?」
「そういう奴は冒険者になる前に素直に兵士になるだろ。収入も安定してるし福利厚生や保障が段違いだ。冒険者の方がいいところは嫌な奴の命令を聞かなくて済むことくらいだな。……いや、国境近くで小競り合いが絶えないところならやる価値もあるかもしれないけどな。何しろ冒険者同士は敵も味方も顔見知りばかりでな……お互い戦ってる振りをしてお茶を濁すことがよくあるんだよ。貴族のアホらしい争いのために死ぬのなんかバカバカしいしな。やったフリで報酬をもらえたら楽だよな。だがな、この辺りで主に戦う相手って言ったらゴブリンとかオークとかだからな。人間同士はなれ合いの茶番でもゴブリンやオークは本気で殺しにくるぞ? かと言って戦ってもそいつらから金を奪えるわけじゃなし、そのくせ下手な人間より手ごわいし、まるで割に合わん。冒険者ははっきり言って賤業なんだよ。しかも訳アリの人間しかならないが犯罪者はなれないという難しさだ。実際見てみろ、人口五万人の町で春の新人がたった三人だぞ? その辺の商家だってもっと人が集まるわ。しかもお前ら全員この町の生まれじゃないときた……」
最後の方は愚痴になってました。