1.87 ラー油
辛い物ついでにラー油を作ることにしました。何しろ前世のボクは料理部から分離独立したラー油研究会にいたのですから。エッヘン!
……と言っても、この地方にはろくなスパイスがないのです。ナツメグもクローブもシナモンもクミンも売ってません。当然山椒も八角もありません。それどころか長ネギすらないのです。玉ねぎやポロネギっぽいのならあるのですけど。もちろん生姜もありません。
しょうがないですね……まああれです、ラー油というのは要するに中華風のスパイス油なので、中華の素材がないのならその地域に根差した食材でその地域なりのスパイス油を作ってやればいいわけです。
ラー油の作業は大きく二つ、『香味野菜の風味を油に移す』『スパイスの香りを油に移す』です。
はい、というわけで今回はニンニク(香味野菜)とトウガラシ(スパイス)でラー油を作ってみたいと思います。
まずはトウガラシの用意です。寸胴鍋に粉トウガラシとパプリカパウダーを入れて水で練ります。何でパプリカを混ぜてるのかと言うとボクは辛いのが苦手だからです。平気な人は全部トウガラシにしてください。辛くない品種のトウガラシが手に入ればパプリカよりもそちらを使ってください。水は焦げ防止なのでそんなに入れなくても大丈夫です。好きな人は水の代わりに白ワインを使ってください。
次に手鍋にヒマワリ油をたっぷり入れて、粉のとは別にブツ切りにしたトウガラシを入れて加熱します。何でヒマワリ油なのかというとこの辺りで普通に手に入る植物油がこれか菜種油しかないからです。油の温度が上がるまでは強火で、ポコポコ沸き始めたら弱火にして10分くらい加熱を続けます。
その間にニンニクを粗みじんに切ります。普通のラー油の作り方とは手順が違うのですけど今回はニンニクも食べたいのでこうしてます。
弱火にしてから5分くらいしたらニンニクを投入します。最初から入れると火が通りすぎて焦げちゃうので途中から入れてます。このとき油の中でダマにならないようにほぐしてあげてください。
ここまではちょっとソフリットみたいですけどここからが違います。ニンニクからすっかり水分が抜けたら火を止めてトウガラシを取り出します。再び過熱して油が180度になったら寸胴鍋の中のトウガラシにかけてやります。最初はお玉で少しずつ掛けまわしながら箸でかき混ぜます。これはダマにならないようにするためです。トウガラシと油が馴染んだら残りの油を一気に入れます!
おー、ボコボコ沸いてますよ。油が冷めてトウガラシやニンニクが沈殿したら完成です。
うーん……この前から一生懸命中華料理を作ろうとしているのですけど、素材のせいで何をどうやってもイタリアンっぽくなってしまいます。これヒマワリ油じゃなくてオリーブオイルを使ったら完全にあっちの料理ですよね。
しかしこうしてみるとラー油ってブイヨンを油で作るノリだったのですね。転生するまで気がつきませんでした。
「おいしそうな匂いの油だね」
「うわー、真っ赤だ! 辛そう!」
「見た目ほど辛くはありませんよ。それではこいつで肉野菜炒めを作ってみましょう」
というわけで薄切りにした豚肉に軽く小麦粉をはたいて、ズッキーニ、ナス、トマト、黄パプリカなどその日手に入った夏野菜と一緒に包油、別の鍋にさっき作ったラー油をたっぷり引いて、強火で一気に炒めます。油通しが面倒臭かったらこの油で普通に炒めてください。味付けは岩塩と、ラー油の底の沈殿物で風味を着けます。皿に盛って香りづけにローズマリーを散らして出来上がりです。
「さあ召し上がるがよいです」
大皿に盛って差し出すとめいめい小皿に取って匙をつけました。
「おいしーい!」
「ただの野菜炒めがこんなにおいしいなんて」
「ニンニクの香りがたまらないね。豚肉の臭さを感じないよ」
「辛いけど辛すぎないし、野菜がシャキシャキプリプリしてる!」
これもおおむね好評でした。が……
「でも、これはお店では出せないわ」
おばちゃんにダメ出しされてしまいました。
「え、何故です?」
「だって、炒める前に素揚げしてたじゃないか。どれだけ油使うんだい? お店で出すなら一皿が5プライドルはもらわなきゃやってられないでしょうよ。いくらおいしくたってそんなの誰も食べないよ」
「仔羊は揚げてるじゃないですか」
「今のままでも毎日ラードを交換してるんだよ。野菜まで揚げてる余裕ないよ」
「むむむ……」
うーん、確かに前世ほど潤沢に油を使える環境じゃありませんしね。売り物になる価格で設定したら油代だけで足が出ちゃいそうです。
うーん……。
「……ではこうしましょう」
油通しのキモは具材にあらかじめ火を通して水気を飛ばしておくところですので、油を使わず炭火で焼くことにします。炭火の上に網を置いて野菜を炙ります。ご家庭で調理する場合はオーブンで代用できますよ。野菜を焼いてる間に豚肉を炒めて、野菜に9割がた火が通ったら別の鍋にラー油を引いてカンカンに熱して豚肉と野菜を投げ入れて強火で炒め合わせて味付けはさっきと同じでできあがり! 串焼きをやってたおばちゃんですし炭火の扱いはお手の物でしょう。
「どうです?」
「うん、こっちもおいしい」
「さっきのより油っこくなくてこっちの方が好きかも」
というわけでまた新メニューができました。