1.85 エルフは唐辛子を食べると死ぬ
「リンスちゃん……悪いけど、これは使えないわ……」
イーデーズに帰って次の日、サンプル品のウィスキーとビールとタバコを持ってお店に行くと、おばちゃんに駄目出しされてしまいました。
「え、何故です?」
せっかくいいお酒を見つけてきましたのに。
「これ以上のお酒を探せと言われても、この辺りにそんなのあるとは思えないのですけど」
「だからだよ。料理の格にふさわしい酒というのがあってね。この店にこのお酒は上等すぎるよ。タバコも、」
言いながらタバコを一本取って鼻に寄せます。クンクン、鼻をひくつかせます。
「これは一級品だね」
そしてまたお酒をクイッと口にして、その強さにギューッと眉の根を寄せました。
「んー……いや、ちょっと飲んだことないよ、こんなお酒。思ってたのとだいぶ違ったわ。こんなのどこで探してきたんだい?」
「カクカクシカジカです」
ボクはドワーフの冒険者からドワーフの酒造家のことを聞いて直接交渉に行った話をしました。
「なるほどね。ねえ、そのドワーフにさ、もうちょっとこう……ハードルの低いお酒を紹介してもらえないもんかねぇ?」
「何でせっかくのお酒の質を落とさなければならないのですか……。むしろお店の格とやらを上げればいいです」
「簡単に言ってくれるけど、料理人の腕がついていかないよ」
「そこは頑張ってください」
「うう……。メニューも一から見直さないと……。もうちょっとファミリー層向けのレストランを考えてたんだけどね、これじゃアラカルトってわけには……」
「いやアラカルトでいいじゃないですか。コースなんか面倒くさいですよ。というか人間の格付けなんかボクの知ったこっちゃないです」
それにオルドの目論見通り後継者寄せのエサにするにはドワーフも入りやすいお店にしてもらわないと困るのです。
「そうは言ってもねぇ……」
おばちゃんは頭を抱えてしまいました。
「まあ料理はまた考えてみるけどさ、せっかく作ったから味見してよ」
ボクがお酒を探している間に新メニューの開発をしていたみたいです。厨房からマリーが試作品を運んできました。
「串揚げのバリエーションを増やそうとしてたんだけどね。コースだと前菜にしかならないね」
「おいしくできたと思うんですけど」
「だからコースじゃなくていいですって」
串の先に一口サイズの揚げ物が刺さっています。食べてみるとほとんどは野菜でした。
「うん、いいじゃないですか。『このお店は屋台から始まったのだ』って出自を示すことにもなりますし。是非使いましょう。こんな感じで並べたりして──」
ボクは串揚げを丸いお皿に放射状に並べたり細長いお皿に斜めに並べてみたりしました。
「なるほど。盛り付け方を変えるだけでずいぶんと上等に見えるもんだね」
「はーい焼き鳥はいかがですかー」
何の前触れもなく厨房から出て来た栗毛がボクの前にお皿を置きました。思わずお皿と栗毛を交互に眺めてしまいました。
「山鳩の炭火焼です。うちの村ではよく食べるんですよ」
「……いや何でお前がここにいるのですか」
「え? ミラさんが料理大会するって言うから来たんですけど。みんないますよ」
「!」
ボクは厨房にダッシュしました。
「ねー私の持ってきた肉知らなーい?」
「さっきラーナが食べてたよ」
「アチチッ! 冒険者じゃなかったらやけどしてるとこだった」
入り口から覗くといつものメンツがワイワイキャーキャーとナイフを振り回したり揚げ脂に手を突っ込んで熱がったりしています。
「なんでこいつらがいるのですか……」
「いやミラがね、試食役で呼んで来た──はずだったんだけど、自分たちにも作らせろって言ってね」
おばちゃんも困り顔です。
うーん、不安しかありません。
不安を覚えた直後に何か弾ける音とギャーという悲鳴が上がりました。ノンナが何やらカスのこびりついた串を手にケタケタ笑っています。
「アハハ、チーズ揚げたら溶けた!」
「あああ脂がひどいことに! アホですか! チーズはお湯の温度で溶けちゃうのです! 衣もつけずに入れたらそうなるに決まってるでしょう!?」
調理に魔法は使わないと誓っていましたけどこの際仕方ありません。ボクは脂をアイテムボックスに収納して実験室に投入し、脂とチーズを分離して鍋に戻しました。同時に入り口を指さして退場宣告です。
「お前は料理禁止、ゲラウトヒアです!」
「えー、ケチー」
食堂に戻って栗毛の焼き鳥を食べることにしました。山鳩を細かく捌いて串に刺して焼いた、見た目は普通の焼き鳥です。
「ん、これはイケますね」
「あら、おいしいじゃない!」
「うまうま」
岩塩をすり込んだ山鳩はちょっと味が強いですけど淡泊でありながら滋味あふれる味わいです。炭火でじっくり炙られて皮目はパリッとしていながら中身はしっとり感を残しています。うん、これはかなりおいしいです。単純に素材の勝利というだけではありません。シンプルな調理法だけに腕の違いが出るところです。もう少しブラッシュアップすればコース料理のメインだって務められるかもしれません。山鳩が継続的に手に入るかわかりませんけど入荷できたときだけでも出したいですね。ないときはウサギで代用できるかも……おお、インスピレーションが湧いてきましたよ!
「これは使えます。よくやりました、褒めてつかわします」
「それは光栄の至り」
栗毛は誰かの真似をして貴族的な礼を取りました。
「ほら、食べなさい。お母さん直伝の魚のスープよ」
赤毛がテーブルに鍋を置きました。中を覗くと魚──多分湖で取れたニジマスの切り身……ぶつ切り? と野菜の乱切り? が泳ぐ薄ぼけたトマトの中身の種の色の液体で満たされていました。表面にうっすら油膜が張っているような……?
「そ、それでは」
ボクはマイスープカップにスープをよそってスプーンを手に取りました。
……。
「どう? おいしいでしょ」
うん、あれですね。こいつが振られるのは胸のせいか料理のせいかその両方か、このどれかに違いありません。ボクは得意げな赤毛に気づかれないようカップの中の残りをこっそりアイテムボックスにしまいました。
そこへラーナが「野菜揚げたよー」と言って持ってきました。こいつが野菜とは珍しい話です。お皿の上に衣をつけて揚げた野菜の串が山盛りに積み上げられています。
「うまうま」
「うまうま」
さっそく手を伸ばしたラーナとノンナはおいしそうに食べています。冒険者たちもそれぞれ串を手にしました。ではボクもひとつ……。モグモグモg
全身の汗腺がブワッ!
と 開 い て
「これどくはいってますぅぅぅぅ!」
視界が真っ白になってなんだか星がチカチカチカチカ
全身からかいたことのない感じの嫌な汗がアアアア
ちゃんと見てませんでしたけどよく見なくてもトウガラシですよこれ!
あ────!
「ギィエエエェ!」
ミラが悲鳴を上げて悶絶してます。あ、溶けて消えました。分身だったのですね。おばちゃんは紙に吐き出して丸めてゴミ箱にポイしました。カミラと赤毛は口を覆ってトイレへと駆け込みマリーは口を押さえてしゃがみ込んで涙を流しています。栗毛は平然と食べてゴクンと飲み込みました。何故ですか……。
ボクは嚙んでしまった唐辛子の衣揚げを口の中からアイテムボックスへと移動しました。【削除】! こんなものは【削除】です! さらに口の中に【カプサイシン中和】の魔法と回復魔法をかけました。これはもはや怪我です。
うう、ひどい目に会いました……。エルフの繊細な舌は刺激物にとても弱いのです。こんなことにならないようニンニクとトウガラシは可能な限り口にしないように気を付けていたのに油断しました。残機が一個減っちゃいましたよ……。