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1.84 ディッチ

 壁の外からか細く鳥の声が聞こえます……。エルフは耳がいいので聞こえてます……。


 うう……。


 目を覚ますと暗い部屋の中でした。

 明かり一つない部屋です。

 暗視の魔法の向こうに見知らぬ天井が見えています。


 ここはどこでしたっけ……? 薄い毛布をよけて上半身を起こします。


 ……。


 ボーッとする頭の隅からぼんやりと記憶がよみがえってきました。

 そうでした、昨夜はオルドと酒盛りをしていたのでした。途中から全然記憶がありませんけど。


 どうやら酔ってそのまま土間で寝てしまったようです……。ボクはエルフですから平気ですけど人間だったら体を壊しているところです。向こうの方ではオルドが同じ様に土の上にそのまま横になっていびきをかいています。


 さすがドワーフ……噂にたがわぬすごい酒豪でした……。ウィスキーのあとにワインを一人で一瓶飲み干し、さらにウィスキーに戻って合間合間にチェイサーと称してビールをカッパカッパ空けてましたからね……。つられてつい飲み過ぎてしまいました……。

 人間と比べたらエルフも肝臓は強い方ですけどドワーフとはとても比較になりません。そりゃミラも死にますよ。もはやモンスターです、あれは。魔法でお酒は抜けてますので気分が悪いということはありませんけど、あまり眠った気がしません。


 閉め切った事務所の中にお酒とおつまみの匂いが立ち込めています。ドワーフというのは飲むのも池を飲み干す勢いですけど食べるのも山のように食べるようです。あれだけあったおつまみがナッツのかけらしか残っていません。鯨飲馬食と言いますけれどこれじゃドワ飲フ食です。

 ボクは窓の鎧戸を開けて外の空気を取り込みました。テーブルの上に空になったワインの瓶が転がっていたので市販のワインをベースに【複製】の魔法でコピーしたワインを補充しておきます。どうせまた欲しがるでしょうし。模造品で悪いですけどボクもそう何本も持ち出したわけではありませんので。このペースで飲んでいたら早晩なくなりそうです。


「ぬうううぅ……」

 そのときオルドが大きく伸びをしてムクリと体を起こしました。そしてボクを目にとめるといかにも気分爽快といった様子であいさつしてきました。

「おお、お前が先に起きとったか。エルフというのも中々酒に強いな」

「いやー、どうでしょうね……」

 ドワーフと比べたらエルフも人間も五十歩百歩なのではないでしょうか。


 オルドは鼻歌交じりに事務所を出て行きました。ドアは開けっぱなしで、さらに工場の方も入り口を開ける音がします。換気のつもりのようです。


「爺さん、酒飲ませてくれー」

 その開いた入り口の外から野太い声を上げるものがいます。ひょこっと覗くとドワーフが三人、揉み手でも始めそうな低姿勢でオルドの前に並んでいます。オルドは「朝っぱらからダラクソ共が。酒はやらんぞ、反省せい」と言いながらアイテムボックスから出したビールをそれぞれ手持ちのジョッキに注いで飲ませてやりました。

「ヘッヘッ、すみません」

 ビールを飲み干したドワーフたちは頭を掻きながら退散しました。


「何ですか、あれ」

 尋ねるとオルドは極まり悪そうな顔で「あいつらは『ディッチ』よ。恥ずかしい話だ」と答えました。

「ディッチ?」

「これも恥ずかしい話だがな、ドワーフは賭け事が大好きなのよ。酒と同じくらいに、な」


 オルドによればこの世界には奴隷は二種類いるそうです。……奴隷なんているんですねこの世界。はは、人権後進国らしいです。

 ひとつは人間の古い言葉で『ディッチ』と呼ばれる奴隷です。現在では『経済権制限者』と解釈されているそうです。つまり職業選択の自由、居住移転の自由、海外渡航の自由、財産権の保障といった、いわゆる経済的自由権を制限されています。借金で首が回らなくなった者がこの身分に落ちます。このタイプの奴隷と主人とは契約の神が仲介する主従契約であり相互の合意が必要です。人身売買の対象となりますが心身を損なうようなことはできません。雇用主は生命や健康、身体の安全を保証する必要があります。

 もう一つは『ロー』です。こちらはハッキリ言えば『人権停止者』です。死刑囚や戦時条約非締約国の戦争捕虜が該当します。一切の人間的権利が剥奪されています。極端な話殺しても罪になりません。こちらは支配の神の魔法による一方的な関係で、現在では『隷属の首輪』というアイテムで管理されているそうです。

 しかしギルドの説明を受けたときにも思いましたけどこの世界って変なところで理論が発展してますよね。中世的後進国のくせに。……と思ったのですけどすぐに理由が思い当たりました。この世界って宗教がないので、前世なら神学論争をやってたような連中がこういう議論を戦わせているのでしょう。


 それはともかく、言うなれば経済的奴隷と人権的奴隷の二種類があるわけです。前者をそのまま前世の言葉を使って奴隷と言っていいのかわかりませんけど。


「エルフとコビットはギャンブルとは縁遠いがな──」

 町のエルフとコビットはギャンブルをしないそうです。大地に根を張るコビットは堅実一点張りですし、悠久の時を生きるエルフには一瞬だけカーッと熱くなるゲームの面白さがよくわからないためです。

「ところが山師というやつでな、ドワーフは賭け事が大好きなのだ。金の価値もわからんのにただただ熱くなるのが好きで、ギャンブルで身を持ち崩して自分を売るしかなくなることがよくある。そういう奴が雇われて岩塩を切り出しておるのだ」

「あーあー、そう言えばここって塩を取っているのでしたね。あいつらが掘ってたわけですか」

「あやつら以外の人間もいるがな。連中は自由にできる金がないので酒が飲めんでな、ワシのところにたかりに来るのよ。あんなアホンダラ共に飲ませてやるのはもったいないのだが、酒が飲めん辛さはわかるからのう。ああやって毎朝一杯ずつ振る舞ってやっとるのだ」

 言いながら自分も起き抜けの一杯を飲んでいます。


 ……何か違和感があると思っていましたけどようやく気がつきました。この世界の男たちって酒とタバコはセットなのですけど、酒はさかんに飲むオルドがタバコを吸っているところを見たことがありません。

 聞いてみると「ドワーフは大抵吸わんな」とオルドは答えました。

「タバコを吸うと酒の味がわからなくなるのだ」

 せっかくのウィスキーの匂いも台無しになりそうですしね。


 この世界では喫煙の習慣はコビットが始めました。タバコだけではありません。大麻、コカ、阿片などの麻薬を始めたのもコビットたちです。喫煙具の数々──パイプにしても葉巻にしても、いずれもコビットの発明になるものです。ところでドワーフとコビットはおよそ六十万年前に南大陸に進出したヒト属たちの子孫です。南大陸の過酷な大地に適応して進化したドワーフ・コビットたちは薬物毒物への耐性が異様と言えるほどに強いのです。魔法によらない体質的な耐性はエルフ以上でしょう。ドワーフがアルコールの分解能力がとても強くて飲んでも飲んでも酔い潰れるということがないように、コビットという連中は麻薬に強いのです。いくら薬をやったところでおよそ中毒になるということがありません。一回の分量も多く、例えば人間がコビットの真似をして大麻を吸ったら昏倒してしまうでしょう。


「そうですか……」

 人間たちの文化ではレストランではそのお店専用のタバコが出て来ることになっています。お店イチオシの銘柄が、です。エルフはタバコを吸わないのでオルドに相談してみようと思っていたのですけど……。

「そういうことだと難しそうですね」

 諦めながら言うと「タバコのことならコビットだな。知り合いにタバコ農家がいるから紹介してやる」と心強い言葉が返ってきました。


 その日のうちにオルドに案内されて近隣の農家を回りました。あとついでにビールの農家も紹介してもらいました。コビットという連中は警戒心が強いというか猜疑心が強いというか、よそ者にはまず心を開きません。ドワーフとコビットは仲が良いのですがエルフのボクでは口も聞いてもらえなかったでしょう。やはり頼れるものは顔の幅の広いジジイですね!


 これでタバコもゲットです。

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