1.82 酒造所の事務所で酒飲む二人
「今からイーデーズまで帰ると遅くなるだろう。今日は泊まっていけ」とオルドが言うのでお言葉に甘えることにしました。
「こんなこともあろうかとおつまみを持ってきました」
アイテムボックスから取り出した食べ物をどんどんどんどん並べます。クラッカーのような薄焼きパン、スモークチーズ、ソーセージの燻製、羊肉の燻製、豚肉のハム、ナッツとドライフルーツ、それからいつもの屋台の料理の数々。
「これは馳走だな」
オルドは相好を崩しました。
昨日と同じお酒の樽をテーブルの真ん中にデンと据えてめいめい手酌でやることにしました。森から持ってきた透明なグラスの中に魔法で作ったまんまるい氷を入れるとカロンと転げました。そこにお酒を注ぐとアルコールに沈んだ氷はクルクルと木星みたいに回りました。それを見てオルドは「なんだ、洒落たことをするのう」と目を丸くしたのでそっちのコップにも氷を落としてやりました。
グラスの中で溶けた氷が酒の中を泳いで棚引いて、ゴッホみたいな夕焼けを描いています。向かいから見ていたオルドが感嘆の声を上げました。
「うむむ……これは美しいな。ワシらの言葉ではよくできた酒を称えて"ルディコ・ドルム"、『飲む宝石』と言うのだ。久しぶりに古い言葉を思い出したわい」
「ドワーフ語ですか?」
「うむ」
オルドが言うには"rudik-o-dolum"は慣用句だそうで、"rudik"は宝石、特に色のついたものを指します。"-o-"は接続詞、A-o-Bで「BするためのA」の意味です。"dol"は「(特に酒を)飲む」という意味の動詞ですが、ドワーフ語では動詞の末尾に"-um"がつくと目的名詞になるのだそうです。合わせて「飲用宝玉」、『飲む宝石』です。
「なるほど、それではこいつはさしずめ『溶けた琥珀』ですね」
「まったくエルフという連中は言葉さえも美しく彩るものだのう。ワシらにも美しい言葉があったはずだが……」
オルドはカラカラとコップの中の氷を揺すりました。
「ワシらの祖先がミスルを失ったのが九百年前、ワシの祖先が東大陸に渡ってきたのが六百年前だ。ワシらの世代では父祖の言葉などもうほとんど忘れてしまったよ」
「南大陸にはまだドワーフが住んでいるのではないですか?」
「回復派の連中なあ。まだ多少は残っておるはずだが、まるで行き来がないからのう」