1.81 お酒の価値は?
「ところで、お酒はどうなったんだい?探しに行ったんだろ?」
「あ」
ウィスキーの衝撃ですっかり忘れていました。自分用のをもらって帰っただけで、お店で出す交渉をしていませんでした。
「ちょっともう一回行ってきます」
「こんにちはー! 早速来ましたー!」
今日は出発したのがお昼前だったのでオルドの工場に着いたのは十六時頃でした。日が暮れるのも随分早くなりましたし今日はこちら泊まりになるでしょう。オルドは空のワイン樽を運んでいるところでした。
「よく来たな常若の枝よ」
「来ましたよ苔むす常盤」
アポなしですけど今日は機嫌よく受け入れてもらえました。
さてドワーフというのは気難しい生き物です。せっかくいい機嫌を損ねないように下手に出ておきましょう。
「えー、それでですね、ちょっとお願いしたいことがありまして」
「なんじゃい」
「実はボク、お店をやっているのです」
「エルフがか!? 変わっとるな」
「今度、新しくレストランを始めることになったのです。それで、目玉になるお酒を探してまして──」
「何だ、ワシの酒を使いたいのか。お前さんなら構わんよ」
「え? いいのですか!? わーありがとです」
まさか即承諾してもらえるとは思っていませんでした。
「いやー快く引き受けてもらって助かりますぅ」
「それと言うのもな……、まあこっちに来い」
オルドはボクを事務所へといざないました。
何もかもが年季の入った事務所です。魔法で浮かべた光の下、壁の木材も棚も事務机も歳月に洗われて飴色に照り、床の土間もツルツルになるまで踏み固められています。オルドは古い椅子を引いて腰かけ、ボクに古い机の向かいの椅子に座るように促しました。
「ワシにはやるべきことがあるのだ。──この地に移住してから十六年になるか。ワシがこの道に足を踏み入れて以来苦節四十年、酒の師匠が工夫を始めてから足掛け百年だ。ようやく師匠の考えた理想の酒に近づくことができたわけだが、まだ完成とは言えん。この酒をもっと美味くするのがワシの役目だな」
と言いながらオルドは傍の壺から大きなコップに液体を汲んで一息に飲み干しました。水かと思ったらこの匂い、ビールです。
「……とはいえワシも老いた。まともに働けるのは長くて20年と言ったところだ。その間に後継者を探さねばならん。しかしだな、」
と息継ぎにまたビールを飲んでます。
「理想を追い求めてこんなところまで来てしまったが、あいにくこの辺りにはろくなドワーフがおらんのだ」
「冒険者にいましたけど」
「フン。こんなところで冒険者なんかやっとるのはどうせ修業を半端で投げ出した口だろう。あんな連中にワシの酒は任せられん」
ビールは飽きたのか今度は小さなコップを取り出して樽から例のお酒を注ぎました。そしてそのお酒を掲げて、
「まあ後継者は追い追い探すとして、しかしその前にまず事業として成り立たせんといかん。でなければ受け継がせる前に行き詰まる。それに折角作ったこの酒の味を広めたいのだ。さすればこの味に惹かれてやってくるドワーフもおるかもしれん。だから、いずれにせよいつかはどこかに売らねばならんと思っとったところだ。お前ならあだやおろそかには扱わんだろう。こちらの方こそ渡りに船と言ったところだ、よろしく頼む」
と頭を下げたのでした。
「よろしく頼まれました。それで、おいくらですか?」
「いくらにしたらいい? 自慢ではないが、ドワーフは金勘定ができんのだ」
「自慢じゃありませんけど、エルフだってお金のことはさっぱりですよ」
なにしろ生まれ変わってからというものずっと対価を払わずもらわない生活を続けていたのです。前世だって働いたことありませんでしたし。自分で言うのも何ですけど、ボクって金銭感覚があさっての方向に飛んでいるのです。
「何にどのくらいの価値があるのかとかどのくらいの値段をつけたら採算が取れるのかとか、そういうこと全然わからないので人間に全部丸投げしています」
「うむむ……そういうところはドワーフもエルフも変わらんの」
「しょうがないですね。うちの会計担当に聞いてみます」
「言い値でいいぞ」
「なるべく高く売って見せますよ」