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1.8 新人研修

 朝です。ガヤガヤした往来の騒ぎで目が覚めました。こんな板の上でも寝てみたら眠れるもんです。

 外に出るともう人々は働き始めていました。まだ7時前だというのに田舎者の朝は早いですね。荷馬車がガラガラと音を立てて走り、薪を背負ったたきぎ売りの女たちが列をなして町に吸い込まれてゆきます。

 行き交う人の群れはまだ昨日ほどの数ではないもののもういくつかの屋台は商品を並べていて、足を止めた旅人が出発前の朝食を取っています。何を食べてるのでしょうね。


「らっしゃい、エルフの美人さん! どうだい、買ってってくれよ!」

 ふらふら近寄ると威勢のいいおっちゃんが手早くクレープを焼きながら声を張り上げました。見ると鉄板の右半分ではクレープを、左半分では何かの肉と薄切りにした玉ねぎを一緒に炒めています。どうやら焼肉のクレープ巻きを打っているようです。


「じゃあひとつください」

 と金貨を渡すとおっちゃんは指につまんで表にしたり裏にしたり矯めつ眇めつしげしげと眺めました。

「なんだ、見たことのない金貨だな。まあいいや、食ってけ食ってけ!」

 あ、使えるのですね。ここはドンキだったようです。この国のお金が手に入るまで当分の間食事は屋台になりそうですね。


 おっちゃんは目の前でクレープの上に肉を盛ってソースをかけてくるくる巻いてくれました。ではいただきます。

 ……うん、羊肉です。仔羊の肉の薄切りと玉ねぎを炒めてマスタードソースをあえてます。昨日の仔羊も臭み消しにハーブを使ってましたね。香辛料はないのでしょうか。クレープはちょっと灰色がかってるなと思ったら引きぐるみのそば粉でした。クレープというかガレットですね。もっちりした生地と焼肉の対比が……これはこれでアリじゃないでしょうか。そばと肉って相性いいですしね。

「ごちそうさま。なかなかいけるじゃないですか」

「まいどぉ!」


 それから屋台で見つけたスパイシーな芳香のある謎のお茶を飲みつつぶらぶらしてたら八時前になりましたので冒険者ギルドに帰りました。受付の前でいかにも新人っぽいのが二人待っています。そういえば他にもいるって言ってましたね。背の高い金髪の男は興味深そうにあちこちをきょろきょろ眺め、もっさりした三つ編みおさげの栗毛は所在なさげにもじもじしています。


「ヘイお前たち、新人ですか?」

 声をかけると「そうだよ」と金髪が答えました。

「僕はギース。よろしくね」

「あっはい、わわ私はナナです! よろしくお願いします!」

 金髪が挨拶したのを見て栗毛がわたわた頭を下げます。

「ボクはリンスです。よろしくしてあげましょう」


「お、そろったな。こっち来い」

 昨日のとは違うギルドの職員がやってきてついてくるように言いました。ギィギィ軋む階段を昇り角の部屋に入ります。中は六畳ほどの広さで真ん中にテーブルと椅子が六脚ありました。職員が椅子に腰かけながら座るように促したので職員と向かい合わせの真ん中の椅子を選ぶと、金髪と栗毛は左右の席に着きました。


「俺はこのギルドのサブマスター、ダガードと言う者だ。以後よろしく。それでは、冒険者ギルドへようこそ。お前らは冒険者としての第一歩を踏み出したわけだ。なるべく死なないように頑張ってくれ」

 という挨拶からお互いに軽く自己紹介を済ませました。

「そうですか、それはご丁寧に。ボクはリンスです」

「ギースです」

「ナナです」

「三人そろってかまぼこ隊ですよろしくお願いします」

「あの、かまぼこって何ですか?」

「おや、かまぼこをご存知ない? 辛子明太子と鬼が島のあいのこで大きさはこのくらい、手回しのハンドル式でチャカポコというリズム感がすばらしく東北の盆踊りには欠かせない──」

「それはメンタコですよ」

「コしか合ってないね」

「楽しそうで何よりだがそれは置いておいて、まず業務内容についてから始めたいと思う。冒険者の仕事というのは一見多岐にわたる。ゴブリンなどの有害鳥獣の駆除、危険箇所の探索、牧場などの警備、旅人や輸送業者の道中の護衛。国境はずっとゴタついてるからそういうところでは傭兵としての需要もある。都市部では犯罪者の捕縛をメインにやってる連中もいるな。賞金首を探して捕まえる、いわゆる賞金稼ぎだ。その他にもいろいろあるが、しかしその本質は戦闘である、戦闘が主な業務内容であると理解してもらえると思う。俺たちのやってることはつまるところ暴力の切り売りだ。戦ってナンボの命を賭けた肉体労働者、というのが冒険者の実態だ。従って戦闘は冒険者の義務であり、権利であると言える。冒険者は基本的にどの国家にも自治体にも属さない異人であるが、その義務を果たすためにいくつかの特別な権利が認められている。例えば冒険者になると町の外での武装が合法になる。冒険者の重要な権利の一つ、『武装権』だ。ほとんどの国で民間人は武装を禁止されている。しかし町から町へと移動する間には強盗やモンスターが出るわけで、そういった輩から行商人や隊商を護衛する役が必要となるわけだな。それから『防衛権』と言うのもある。正当防衛は冒険者に保証された重要な権利だ。相手が一般人だろうと国家だろうと暴力に対しては暴力で反撃していい。この二つが代表的だが、これらの諸権利はギルドの神が認めた権利であって人間世界の法律で制限することはできない。これら冒険者の戦闘の権利は長い間『自己保存の原則』と呼ばれる冒険者の基本概念から発生するとされてきた。さらに現代の学説ではその自己保存の原則は『冒険者の独立性』の概念に包含されるものであると考えられている、らしい。俺は学者先生じゃないから詳しいことはよくわからんがな」


 あれ? ずいぶん話のレベルが高いですね……? 左右の二人もポカンとしています。


「なので本来であればだ、冒険者はどういう時に闘わなければならないか? どういう時に闘ってもいいか? どういう時に闘ってはいけないか? 何をすべきで何をすべきではないか? 経験したことのないシチュエーション下でこれを判断する材料が自己保存の原則ないし冒険者の独立性なんだが……こう言っちゃなんだが、冒険者って基本的に頭が悪いからな。そういう概念から結論を導けと言うのは無理がある。正直に言うと話が抽象的過ぎて俺もよく理解してない。そこで今日はもう少しわかりやすい、別の観点からの話をしたいと思う。今のは冒険者側の理屈だが今度はギルドの立場、つまり暴力の管理という目的からの話だ──」


 という感じでガイダンスが始まりました。

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