1.74 ドワーフ
油もそうでしたけどこの世界では容器の信頼性が低いために液体の輸送が困難で、特にこの流通上の難所にあるイーデーズでは酒類はほぼすべてが地元産です。つまりいわゆる地酒ばかりで規格化されているわけではありませんので生産者によって出来がまちまちです。いつもの安酒場なんかですと問屋が適当にブレンドした低級ビールを安く卸してもらっているそうなのですけど、ちゃんとしたお店のちゃんとしたお酒はちゃんとした生産者と直接取引して仕入れています。でもそういうお酒はお店の命なのでどこから仕入れているのかは秘密なのです。例えば例の高級ホテルのレストランでは(エルフのものには及びもつかないとはいえ)なかなかマシなワインを出していますけれども、聞いても誰が作っているのか教えてくれませんでした。
「お酒のことならやっぱりドワーフに聞くのが一番だろうねぇ」
その夜視察がてらに立ち寄ったちょっとお高めのレストランでビールをあおりながらおばちゃんが言いました。ぬるいですけど普通に飲める味のビールです。多分どこかのコビットの農家が作っているのでしょう。
「ドワーフですか……」
ちょっと遠い目になってしまいました。
「冒険者にもいるよ。聞いてみようか?」
ミラがジョッキを片手に赤い顔をして言いました。
「うーん……」
正直、あまり関わり合いになりたくありません。
ドワーフと言うのは全員が何かの職人であり、同時に戦士です。ですので職にあぶれたドワーフは戦士として身を立てることになるのですが、彼らは人間の王に仕えると言う事はまずしないので、大抵の場合冒険者になります。……とオーマ・ネットワークの解説に書いてあります。
実のところイーデーズの冒険者ギルドにもドワーフの冒険者がいるのは知っていました。でも、お互いに無視し合っていたのです。エルフとドワーフとは歴史的に気が合わないためです。
まず見た目が受け付けないのです。ボクだけではなくエルフは全員そうでしょう。濃ゆさ暑苦しさがちょっと尋常じゃないのです。何というか、人間たちの作画が例えばダンジョン飯だとするじゃないですか。するとその中に混じってこいつらだけタッチが田亀源五郎調なのですよね……弟の夫じゃなくてだるま憲兵の頃の……。異彩を放ってます。逆に向こうに言わせればエルフは金色のもやしだそうで……失礼な奴らですね!
ドワーフという種族は子供の頃から顔中皺だらけ、男も女もビヤ樽が歩いているような筋肉質で口の周りが一面長いひげに覆われています。おかげで他種族からはなかなか男女の見分けがつきません。元々男女比が5:2と極端に偏っている上にドワーフ女は好きな男と結婚できないのなら一生独身を選ぶタイプだそうで、常に男余りです。でもって男女であまり見た目や体型に違いがないせいか同性愛に抵抗がないそうで「ドワーフに石を投げればゲイに当たる」と言われるほど男性側に同性愛者が多いことで知られています。一方ドワーフから見るとエルフは人間と異種婚するのが割とキモイそうです。エルフは結婚なんてしませんけどね。異種姦するエルフならいるかもしれませんけど。
さらにこのゲンゴロウドワーフたちは特有の表現法で知られています。有り体に言えば下ネタがやたら多いのです。一般的には彼ら自身もはや忘れかけている本来のドワーフ語ではなくこの下ネタを多用する表現の方がドワーフ語として認識されています。しかし当人たちは自分たちの言葉を下品だとは思っていませんし、小学生みたいに面白がって使っているわけでもありません。彼らにとってはごく当たり前の表現なのです。ただ、長い歴史の中でエルフや人間の一部はそういう表現を好まないということは知っています。そのため彼らはエルフのことをあまりよく思っていません。ネットワークの説明によると『ドワーフにとってエルフとはいけ好かない気取り屋(彼らの言葉を借りれば、腐れマ〇コ)』なのだそうです。つくづく失礼な話です。
ともかくエルフとドワーフとはまるで違う生き物、水と油よりも交わらない種族なのです。