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1.65 伊達にして帰すべし

 ボクは今取調室にいます。イモムシの隣でタップダンスを踊っていたら(頭の横を踏むたびにビクッとするのが面白かったので)、駆け付けた自警団に詰め所へと連行されたのです。まさか警察で年越しするハメになろうとは……これも全部あいつらのせいです。もっと痛くしてやればよかったです。

 明かり取りの小さな窓が開いている他は絵の一枚も掛かっていない殺風景な部屋です。用もないのにこんなところに呼びつけたからにはせめてお茶の一杯でも出すべきでしょうに、まったく気の利かない奴らです。

 仕方ないので自分で用意しましょう。備え付けの小さな椅子に腰かけて、小さなテーブルにクロスを敷いて、いつもの謎茶を出して飲みました。部屋の中に爽やかな芳香が立ち込めます。しかしこれ本当に何なのでしょうね? 甘さとスパイシーさの入り混じった匂い……若干ローリエっぽさがあります。でも葉っぱじゃなくて小枝を煮出してたのですよね……。ちなみにあそこの屋台を改造したときはこのお茶には手が出せなかったので別にエルフ伝統のハーブティーを用意しました。


 ガタガタと建付けの悪い扉が開いて自警団の制服を着た男が入ってきました。ボクをここに連れて来た男たちより少し年嵩です。上司でしょうか? 男はボクの向かいに腰かけました。

「自警団長のグルードだ。お前は屋台のエルフのリンスだな? まずはギルドカードを見せてもらえるか」

 どっちのかわからなかったので冒険者カードと商業者カードを両方出すと自警団長が冒険者の方を取って裏を見ました。カードはグリーンのままです。まあ攻撃に対しての反撃は冒険者に認められた正当な権利なのですから当然ですけど。自警団長は「すまなかったな」と言ってカードを両方返してきました。

「では帰ってもいいですか」

「ちょっと待ってくれ。……いや、別に逮捕しようってわけじゃないんだ。カードの色が変わってない以上こっちには冒険者を逮捕する理由がないからな。ただ事の経緯だけは確認させてくれ」

「そういうことでしたら──」


 と言うわけでババアに喧嘩を売られたこと、屋台を壊されたこと、ヤクザに因縁をつけられたことをざっくりと説明しました。うーん、こうしてみるとボクって純然たる被害者ですよね。

「──と言うわけです」

「なるほどな」

 ボクの話を聞きながらメモを取っていた自警団長はペンを置きました。


「ところで誰か死にました?」

 逆に尋ねると自警団長は「いや、全員重傷だが死亡者は今のところいない」と答えました。

「何だ、気になるのか?」

「ええ。誰も死んでなくて良かったです」

 何しろわざと殺さなかったのですから。殺すつもりなら100回だって殺せましたのに。いえ、殺人罪に問われるかもしれないとか憐憫の情とか、そんな安っぽい理由じゃありません。


「だって考えてもみてください。昨日まで肩で風を切って歩いていたヤクザたちが今日から全員五体不満足のダルマさんですよ? この中世的人権後進世界に障碍者に対する行政の支援があるとも思えません。一応聞いてみますけど、あります?」

「いや、食料の支援くらいだな」

 やっぱりないみたいです。

「では一体誰が自分じゃ尻も拭けないイモムシを介護してくれるのでしょうか? 世間に迷惑かけるしか能のなかったクズをその世間が助けてくれるはずもなく。つまりは家族が面倒見るしかないわけです。でもチンピラの家族なんてどうせ似た者同士のチンピラでしょう。面倒臭がらずにお世話できるでしょうか? またイモムシは世話になる身をわきまえてワガママを言わずに過ごせるでしょうか? ──ねえ、どう考えても生かして帰した方が面白いでしょう? きっと素敵な人間ドラマを繰り広げてくれると期待してます」

 クックッと自然に笑いが漏れてきます。自警団長は何とも言えない顔をしていました。


 それにあいつらにはボクに喧嘩を売ったらどうなるか、見せしめのため是非とも残りの人生を不自由な体で生きてもらわなければならないのです。ここで死なれちゃ困るのですよね。


 その時軽いノックに続いて扉が開き、入ってきた自警団員が団長の耳元で何やら囁きました。ヒソヒソ声ですが聞こえてます。エルフは耳がいいのです。会話の中に議員の名前が聞こえました。

「……あー、それじゃあもう帰ってもいいぞ」

 どうやら議員が口を利いてくれたようです。案外義理堅いですね。こういう時のためのカネとコネです。素直に受け取って、ここを出たら追加で賄賂を贈っておきましょう。


「では失礼します」

 部屋を出ようとしたのですが、ちょっと思いついたことがありました。

「あ、そうそう。ひとつお願いがあるのですけど」

「な、何だ?」

 振り返って声を掛けると自警団長は弾かれたように顔を上げました。うーんこの反応……ずいぶん下手に出るなあと思っていたのですが、どうやらボクが怖かったようです。

「多分残党がいると思うのですけど、知ってたら警告しといてください。ボクのお店に手を出したら、次は手足じゃ済まさないですよ」

 どうせ自警団も警察と同じように暴力団とつながりがあるでしょうからね。こちらを通して警告してもらうことにします。


 しかし明らかな傷害事件でしょうに正当防衛と認められたらおとがめなしとは、冒険者って本当にアウトローなのですね。

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