1.6 履歴書の空白期間は何をしておられましたか?
さてこれまでの経歴ですが……ボクって就職するのこれが初めてなのですよね。前世も死んだのJCの時でしたし。森を出るまでも特に働いてませんでしたし。
と言っても森では誰も労働らしい労働はしてませんでしたけどね。何しろボクたちは生きるだけなら寝てても生きてゆける種族です。カルスの料理だってやりたいからやってただけで、みんな好きなことをしてました。適当な趣味の研究をしてるエルフが多かったですけどリーシアみたいに掲示板の管理人やってるのもいましたし。寿命が長すぎて暇ですし、言ってしまえば人生そのものが暇つぶしなのです。
というわけで経歴らしい経歴ってないんですけども。この年になるまでただ育っただけですし。あえて言えば冒険のための修業をしてたと言えなくもないような……? そして今は見聞を広めるための旅の途中と。うーん……。
まあいいです、これまでの経歴は見習い期間、現在の職業はキラキラインスタグラマー、っと。森を代表するインフルエンサーとして世界中の映えを探しに行きます。
「できましたよ。これでいいですか?」
「どれどれ」
おっさんは書類に目を通して読み上げました。
「名前はリンス、種族は見た通りエルフ。森エルフでいいのか?」
「人間の言い方だとそうなりますかね」
この世界のエルフは大きく分けて二種類、町エルフ(コモンエルフ)と森エルフ(古エルフ)とがいます。ボクたちの遠い祖先から分かれて──少なくとも八千年以上前に森から出て人間と共に暮らすようになったエルフの子孫が町エルフです。ボクはまだ会ったことはありませんけど見た目も少し違うみたいですね。
「オーケー。で、出身地は魔境と。……このキラキラインスタグラマー? てのは何だ?」
「素敵な生き方のことです」
「生き様を聞いてるわけじゃなくて経歴、できれば職業を書いて欲しいんだが」
「素敵な職業のことです」
「……じゃあもうそれでいいわ」
クマよりは職業っぽいと思いますけど。
「それとこの『永遠の十七歳』ってのは何だ? 実年齢を書け」
「『心はいつも十五歳』の方が良かったですか? エルフだけに」
「いやもうどうでもいいわ。意味がわからんし。あとこれは免許記載事項じゃないんだが、祝福を受けてる神はあるか? 戦士の神とか医療の神とか」
どっちもありますね。他にもありすぎて伝えきれませんけど。
「ありますよ。何でですか?」
「冒険者向きの神の祝福がないと申請を弾かれるんだ。あるならよし、申請してくるからちょっと待ってろ」
おっさんは席を立って奥の方の机のもう少し年嵩のおっさんのところに行きました。「課長、お願いします」と申請書を渡すとその課長とやらはうんうん唸り始めました。何やら魔法の波動を感じます。初めて見る魔法ですがどうやら神と交信してるみたいです。
「何をしているのですか、あれ」
「ギルドの神にカードの発行を申請してるんだよ。一応説明しておくと、ギルドの職員をやってるとギルドの神がそのうち祝福をくれるんだ。で、祝福の段階が上がるとあんな風にあれこれ神へと申請する魔法が使えるようになるんだ」
なるほど、申請魔法というわけですね。お前それが言いたかっただけでしょう。
「さて、カードが発行されるまでの間にひとつ注意しておこうか。研修でも同じことを言われると思うが、町に入る前に言っておくことがある。一応確認しておくが、お前イーデーズに入れなくて身分証明書を作りに来たんだな?」
「そうです」
「何か武器は持っているか?」
「まあ一応は」
森を出るときにクリスに「冒険と言えば剣だろ!」と押し付けられたのです。オキシジェンデストロイヤーとは別に。
「まっすぐここに来て良かったな。まず、冒険者登録をすると町の外での武器の携帯が合法になる。これは国法によるものだがこの国だけでなく他の国でも大体はそうだ。お前は違法状態でここに来たわけだな」
「え、じゃあギルドカード作れないのですか?」
「ギルドの規則とは別だから大丈夫だ。でないとかなりの割合で冒険者になれずに逮捕されることになるからな。しかし国の法律でもギルドの規則でも、治安維持の観点から町の中への武器の持ち込みは禁止されている。武器というのは『刃渡り0.7リード(※前世の単位だと約21cmですね)以上の刃物または全長が1.3リード以上の鈍器』のことだ。町の中に武器を持ち込めるのは衛兵だけだな。それ以外の人間だとたとえ包丁でも別に申請が必要になる」
「でも冒険者なら武器を持っているのは当たり前なのではないですか?」
リーンたちからは冒険者(正確には戦闘員)は依頼に応じてモンスターとの闘いや人間同士の戦争などに派遣される、要するに警備員や危険探索者、あるいは傭兵なのだと聞いています。武器がないと仕事にならないでしょうに。
「そのために冒険者ギルドは街の外にあるんだ。冒険者が街に入るときにはギルドに武器を預けていくことになる」
「持っているかどうかは自己申告なのですか? アイテムボックスの中までは確認できないじゃないですか」
「アイテムボックスなんて持ってたら冒険者なんかにならずに輸送業者にでもなるだろ」
「はあ、そうなのですね」
ボクは持ってますけど、わざわざ森の外に出て来て人間のために運送屋をやる気持ちにはなりませんよ?
……あ、でも待ってください。派手なデコ馬車を用意して、馬とかドラゴンとかに車を牽かせて、少し昔の流行歌を流しながら世界中を旅するついでに荷物を届けるというのは、ちょっといいかもしれないですね……。
うわー、すごく心惹かれるものがあります。冒険者なんかやめてトラックの運ちゃんにでもなりましょうかねぇ?
ちなみにアイテムボックスというのは収納の神アリュールの加護によって授けられる拡張空間収納魔法です。人によって収納量が違ったり、冷蔵機能がついていたり、時間停止機能がついていたりと色々です。ボクのは東京ドーム百杯分くらいの容量で時間の流れをゼロ~百倍まで操作することができますよ。
「まあ自己申告なんだが、町の中で剣を抜いたら結局はペナルティ食らうから同じことだ。特に申告で嘘ついてた場合は一発でレッドカードだぞ」
「審判が笛吹きながらカードを持って来る感じですか」
「ちょっと言ってることの意味がわからん。……ほら、これがギルドカードだ」
とおっさんは懐から自分のカードを出しました。カードの裏側はリーンのものと同じく緑色です。
「ギルドの禁止事項に抵触するとその程度によってこの色が緑から黄色、黄色から赤に変わる。赤になるとカードの機能が停止されて冒険者として認められなくなる。それがレッドカードだ」
「ああ、そういう意味でしたか」
「レッドカードを食らうと犯罪者と同じ扱いになるぞ。さらにレッドを通り越してブラックになると討伐対象だ。犯罪者どころかモンスターと同じ扱いだな。あと魔法も武器と同じだからな。エルフなら魔法を使えるんだろうが、人を傷つけるような魔法は使うなよ」
「人を傷つけない魔法はどうですか? 例えば回復魔法とか照明魔法とか」
「それならオーケーだ」
「ところで、その首から提げてるカードは何ですか?」
と、ボクは指をさしました。おっさんはギルドカードとは別に、よく似たカードをぶら下げているのです。
「ああ、こっちは職員用のカードな。で、こっちは冒険者だった頃のカード。もう引退したつもりなんだが、あまりにも人手がなくてな……。忙しい時は駆り出されるんでなかなか返納できないんだよ」
大丈夫なのですかねこのギルド。
そこまで説明を受けたところで奥の机から「できたぞー」と声が上がりました。
課長とやらに呼ばれた受付のおっさんは出来立てホヤホヤのカードを受け取って戻ってきました。
「よし、できたぞ。仮登録証だけどな。新人研修を受けたら晴れて冒険者だ」
「研修なんてあるのですね」
「右も左もわからない新人を放り出していきなり死なれても困るからな。座学を一日、実地研修を四日受けたら半人前だ。クランが拾ってくれるだろうから経験を積んで一人前を目指すといい」
「クラン?」
「各ギルドに所属する冒険者の中集団のことだ。そしてクランの中で依頼に応じて組まれる小集団をパーティーと呼ぶ。まあイーデーズは田舎だからクランも一つしかないんだけどな。この辺りじゃ冒険者になりたがるような奴は少なくてな……。新人もこの春の応募はお前ともう二人だけだ」
「そうなのですか。冒険者って四、五人の固定パーティーで行動してるのかと思ってました」
「そういう連中もいるぞ。各種手続きとか報酬の計算とかが面倒くさいから専門職を置いてるクランの方が便利なだけだ。それはともかくちょうど明日の朝から研修だ。タイミングが良かったな」
「朝の何時ですか?」
「何時って何だ? 二つの鐘からだよ。二階の会議室で説明会だから遅れずに来いよ?」
時計もないのですかこの世界……。
一応確認したところ、どうやら日の出を一つの鐘、日の入りを七つの鐘として昼と夜をそれぞれ六等分しているようです。こういう時制ですので時計は日時計です。
春分の日から二週間ほど過ぎた今日の日の出は六時前、二つの鐘とは朝八時頃のことのようですね。面倒くさいので以後は前世の時間の単位に直してお送りします。
「それと武器を持ってると言ったな。出せ」
ちっ、黙っとけばよかったです。まあ言っちゃったものは仕方ありません。ボクはアイテムボックスから一振りの刀を取り出しました。
「アイテムボックス持ちかよ。冒険者なんかならなくても食っていけるんじゃないのか?」
と言いながら剣を受け取ったおっさんは「曲刀か。ドワーフ製か?」とつぶやいて少し抜きかけました。
「あ」
遅かったです。うあー……、と気の抜けた声を出しながらおっさんは前のめりに倒れてカウンターにおでこを打ち付けました。途中で剣をパシッと取り上げます。怪我しますよ?
「な、なんだこれは……」
「いきなり抜くからですよ。これは簡単に言うと魔力を攻撃力に変える感じの武器です。鞘から抜くと強制的に魔力を吸い上げられますので抜かない方がいいですよ。人間だと魔力が足りないでしょうし」
「先に言ってくれ……」
「まさか断りなしに抜くとは思わないじゃないですか」
「すまん、俺が悪かった。……あー、気が遠くなるかと思ったわ。オーケー、厳重に保管しとこう。……はい、これが引換証な。持ってきたら武器を返す仕組みだ。なくしたら手続きが面倒くさいからな? なくすなよ?」
「はいはい」
「押すなよ?」って言われてるみたいですけどとりあえずアイテムボックスに突っ込んどきましょう。まあメイン武器じゃないですしなくなっても困らないのですけどね。
「他に何か手続きが必要ですか?」
「今日はここまでだな。それじゃ、幸運を。そして栄光を」
「?」
「冒険者のあいさつだよ。そう頻繁に使う文句でもないが、お前はこれから冒険者になるわけだからな。最初くらい言っておけ。幸運を。そして栄光を」
「では幸運を。そして栄光を」