1.58 市議会議員
というわけで老法律家の口添えで今度は議員先生と面会しています。年のころは還暦を過ぎた辺りでしょうか? この世界の人間で六十歳と言えば結構な老人ですが、この議員も髪とおでこの境目が後頭部まで後退しているものの恰幅はよく、押し出しの強い見た目をしています。
何でまたこんな脂ぎったジジイに会いに来たのかというと、出店の許可は権利者と管理者双方の承認が必要だそうで、例の都市関連法令集に街道を始めとする多くの道路は市議会が権利を持つようなことが書いてあったのです。
「建国以来このリノス地方はモンサン伯爵家の領地として治められていたのです」
と老法律家は言いました。
「ところが六十年ほど前、その時の領主が亡くなったときに跡継ぎがいらっしゃらなかったのですな。代わりに係累から養子に入ったお方が伯爵家を相続されたのですが、何しろその頃にはリノスはもうすっかり寂れておりましたからな。お輿入れされる貴族のご婦人はいらっしゃらなく、その方が亡くなるともうそのまま家が絶えてしまったのです。今では市議会がモンサン家の諸権利を引き継いで事実上の自治領となっております」
なので道路の権利者は市議会、管理者も同じく市議会。実際には執行機関であるイーデーズ市長に許可を受ける必要があります。市役所に申請して許可を得る形です。自警団も道路の実行管理者という形ですので、こちらの許可もいります。
で、助役まで勤め上げたあと政界に進出したというこの議員は市役所にも自警団にも顔が利いて屋台その他の許可に強いということでしたので面会を申し込んだのです。リクエスト通りの相手ですね。あのおじいちゃんには後で酒の一本でも送っておきましょう。
「エルフが陳情とは珍しいな。手短かに頼む」
さて老法律家によればこのイーデーズでの有権者の条件は「市民であること」「市への納税者であること」の二点です。ボクは市民ではありませんし、非定住事業者の税金は国税ですので(らしいです)、選挙権がありません。ボクとこの議員の間には接点がないのです。今もエルフなんかが何の用だと言わんばかりで、面倒臭そうな態度を隠そうともしません。ですので──
「まずはごあいさつ代わりに……」
ボクはそっと絹の袋を差し出しました。かわいらしくピンクのリボンでラッピングしてありますが中身は献金です。とりあえず金貨30枚を包みました。ちなみにこの国ですと献金は(上限はありますが)違法ではないそうです。袋を手に取った議員はその重さに眉を驚かせてフッフッと笑いました。
「エルフにしては話のわかる奴だな。陳情の相手にワシを選ぶというのも気に入った。要望は何だ? 話だけは聞いてやろう」
「ええ、ええ。ですが本題に入る前にこちらをご覧ください」
と、今度は名簿を差し出します。簡単な書式ですが同意書にずらずらっと200人の署名が並んでいます。議員は怪訝そうな顔でパラパラめくり、やはり怪訝そうな顔で机の上に投げ出しました。
「何だ? これは」
「屋台の──東門の外の屋台街の店主たちの票を取りまとめたものですよ」
彼らは全員市民で納税者ですからね。選挙権を持っています。
「次の選挙でボクが指定する候補に投票するように約束を取り付けてきました」
「フン。それでワシに入れようというわけか」
「いえいえ、ガトー候補にですよ」
「……!」
議員は目を見張りました。
ガトー候補というのはこの議員の子分格です。前回の選挙ではギリギリで落選しています。さて現職の市長は今期限りで勇退するものと見込まれていますが、次の市長の座をこの議員とライバル議員とで争っているのです。この町の市長は市議会議員の中から互選で選ばれる仕組みなのですがこの議員もまた市長選の当落線上ギリギリです。子分が議員になるかならないかで結果は正反対となるでしょう。この200票は喉から手が出るほど欲しいはずです。
「ちょっとしたお願いを聞いてくれたらこの名簿は快くプレゼントするのですけど」
支持者への利益誘導は選挙の本質ですからね。
「……断ったら?」
「実はこの後ダガード議員のところへ行く約束になっているのですよ」
対立候補の名前を言うと議員はグッと押し黙ってしまいました。まあそんな約束はないのですけどね。睨むように恐れるようにボクを見ていた議員は葉巻を一服付け、フーッと煙を大きく吐くとドサリと椅子に体重を預けてようやく降参しました。
「……いちいちツボを心得たエルフだな。いいだろう、ワシに何を望む?」
「そう難しいことじゃありませんよ」