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1.57 老法律家

 さっそく屋台の建造を手配して、さらにおばちゃんには休業補償として一日金貨一枚を支給することにしました。

「何もしてないのにこんなのもらえないよ」

 おばちゃんは辞退しましたが「迷惑料ですよ」と言って押し付けました。

「でも……」

「そう言うなら屋台が完成したらまたがんばって働いてください」


 とりあえず屋台の再建の目途はつきましたけど、資金は充分残っています。

「どうせなら町の中でやりませんか?」

 人員的にもミラがいますから二号店を出す余裕があります。しかし、おばちゃんは「それは許可が下りないんじゃないかねぇ。町の中では屋台を出せないって聞いたよ」と答えました。

「何故です? 野菜や肉屋の屋台はありますのに」

「……そういえば何でだろうね?」

 答えた本人も首をかしげています。すると隣の屋台のおじさんが「火事にならないようにって聞いたよ」と言いました。

「法律で決まってるんだとさ」



 翌日ボクは法律家の事務所を訪ねました。商業者ギルドに紹介してもらったのです。後進国のこの世界にも法律家なんていたのですね。へぇー。

「ごめんくださーい」

 薄暗い事務所は初老の女性事務員と年老いた法律家の二人だけでやっていました。事務机の向こうに座った白髪の眉毛の長いおじいちゃん先生は目をショボショボさせています。耄碌してそうですけど大丈夫なのですかね?


 能力的に疑わしかったのですけど一応聞いてみました。

「何で町の中に屋台を出したらいけないのですか?」

「それはですな……ええ、これですな」

 手をいっぱいに伸ばして顔をのけぞらせて目を見開いて、歌舞伎のパントマイムですかと言いたくなる姿で条文を漁っていた老法律家はようやく『イーデーズ市消防法』の中の一文を示しました。この先生、どうやら白内障と老眼を同時に患っているようです。

 眼病はともかく条文で「市内に於いて、次の場所での火気の使用を禁ずる」として庁舎だとか劇場だとかずらずらと並べ立てられた場所の中に「路上」というものがありました。


「火災防止の観点から定められたものですな。ここに記録は載っておりませんが、おそらく屋台からの失火で類焼したことがあったのでしょう」

 この町って基本的に木造建築ですものね。漆喰を塗っているのも防火のためでしょうし。なお屋台の出店については別に商店法で定められていて、街中に出す事自体は違法ではないそうです。

「消防法で火を使う屋台が出せないだけですな。屋台の出店は一律禁止というわけではなく火を使わなければよいのです。ですので野菜などは売っております」

「じゃあ何で冒険者ギルドの辺りは火を扱う屋台が出せるのですか?」

「あそこは市内じゃないからですな」

 と言って老法律家はまた紙を目いっぱい遠ざけて条文を探し始めました。


「えーいまどろっこしい! ちょっとこっち見るがいいです! 【水晶体機能回復】!」

 頭を上げた老法律家めがけて医薬の神の治癒の魔法を思いっきりかけてやりました。ボクは他人に回復魔法かけるのニガテなのですけどありったけの魔力を込めてやりましたからさすがに効いたのでしょう。「うっ、目が……」としばらく目をシバシバさせていた老法律家でしたがやがてその目をくわっと見開きました。

「おお……見える! 見えますぞ!」

 老法律家は急に背筋をシャキッと伸ばして、動作までキビキビと法律書を漁り始めました。


 さて今度は『イーデーズ市都市関連法令集』にイーデーズ市の市域の定義が載っていました。「これらの町を併せたものがイーデーズ市域である」としていくつもいくつも町名が書いてありますけど町の名前を言われてもよくわかりません。別図を参照とあったので付録の地図を見ると、要するにあの東側の白壁が市内と市外の境界になっているようです。

「冒険者ギルド付近は市外だから火を扱う屋台が出せるのです」

 それで門の外が屋台ストリートになってたのですね。

「でも普通のお店は普通に料理したものがでてきますよね。あっちはいいのですか?」

「それはですな──」


 老法律家によると『イーデーズ市商店法』で屋台は軽店舗に分類されていますが、市内では軽店舗は火を扱えないとはっきり決まっているそうです。普通のお店は店舗という分類で、こちらも十分な消火設備を整えた建物でなければ火を扱えません。

「消火設備なんてあるのですか」

「厨房の天井裏には砂を詰め込むことになっているのですな。火事で天井が焼けると砂が落ちて来て火を埋めてしまうと言う仕組みです」

「一般の民家もそんなことしてるのですか」

「民家ではそこまでしませんな。民家は商店法の取り扱い範囲ではないので火を使えるのです。要するに業として何らかの利益を伴う場合には制限を受けるのですな」

「では近くの民家でキッチンを借りるとかはどうですか?」

「事業の用に供する建物となり店舗扱いとなります。消火設備がなければ許可が下りないでしょうが、そういう民家はまずないでしょうな」

「……それではこういうのはどうですか?」


 今ちょっと思いついたアイデアを説明すると老法律家はなるほど、とうなずきました。

「それなら法に触れることもなさそうですな。この老眼を癒していただきましたご恩に報います。微力ながら力添え致しますぞ」

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