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1.56 ユザワヤエルフ

 一時間後、ボクは中央広場の向こうにある問屋街の一番大きな布問屋の前に立っていました。

 ここに来る前に着替えています。トップスは真っ白なシルクのギャザーブラウスです。今は前世の暦で言えば既に六月下旬、日中20℃を超える日も珍しくありません。そこで袖口にサファイアのカフスボタンをあしらって清涼感を演出してみました。ボトムスは黒のタイトスカートです。素材はやはりシルクで裾に短くスリットを入れています。さらにシルクのストッキングと黒のパンプスを履いて、首元には黒とゴールドのチェックのシルクスカーフを巻きました。上から下まで全部シルクでまとめています。シルクの営業ですからね。自分自身を広告塔にして売り込んでゆくスタイルです。髪もキッチリ整えて「きちんと感」を出しています。

 お店は後ろが大きな倉庫になっていて前に店舗がついています。小売りのような店構えではないのですが構わず入り口をくぐりました。


 中は壁一面が棚になっていて巻いた生地が種類ごとに、色がグラデーションになるように陳列されています。種類が膨大です。一般人を相手に売るような並べ方とも思えません。おそらくプロ相手の見本なのでしょう。

「いらっしゃいませ」

 受付の娘がアパレルの店員よろしく近づいてきました。下っ端でしょうけれど布屋の社員らしくなかなかいい仕立ての服を着ています……が、ボクの服を見てピタッと動きを止めてしまいました。お、このシルクの質の良さがわかりますか? 目がキラキラ輝いています。


「アポなしで失礼、少しよろしいですか?」

 声を掛けると小娘はハッと我に返って「アッ、ハイ。本日はどのようなご用でいらっしゃいましたか?」と答えました。

「ボクはそこの森のエルフなのですが──」

と北の方を指さします。

「今日は押し売りに来ました。森のエルフしか作れないと噂のシルクをですよ? ボクたちは普通人間相手に布地を卸すことはありませんが、今回は特別にこのお店をビジネスパートナーとして選んであげますので光栄に思うがいいです」


 なんて言いながら魔法で作ったシルクの反物を見本で一本取り出して渡します。人間の規格がわからないので適当に90㎝×3mで作ったものです。布を受け取った小娘は戸惑いつつもスリスリ撫でました。……スリスリ。スリスリ。撫でる指が止まりません。

「どうしました?」

 小娘はまた我に返って「あ、あの、私ではそのようなお話は……」などと言うので今度は店の奥を指さしてやりました。

「お前に権限がないというなら責任の取れるヤツを呼んでくるがいいです」


 受付の娘は支配人だという男を呼んできました。男はしばらくの間シルクをじっと見つめたり撫でたり引っ張ったりしていましたが、やがて大きく息を吐くとようやく顔を上げました。

「いや、これは……。私も長年この商売に携わっておりますが、これほどのシルクには初めてお目にかかりました」

「王都にだってこれほどの布地はないと断言しますよ」

 王都とやらに行ったことはありませんけどね。


 何しろこれは繊維の神の魔法をフル稼働して織りあげた極上のシルクです。糸は小石丸蚕のそれより細く、織り目は機械よりも正確です。シルクというのはただでさえ光沢があるものですが、これは極細の糸の織り目が複雑に光をはじいてうっすら金色すら呈しています。前世ですらあるかどうかわからない最高級品です。この世界にこれ以上のシルクが存在するとは思えませんね。


「どうです、一見の客だからと追い返しますか? それならこの話はここまでです。他の店に持ち込むことにします」

「いえ……。これほどの品を見てそんなことは申しません。それにしてもいったいどんな職人がこれを作ったのやら」

「ボクですよ」

「あ、あなたが!?」

 驚愕したところで畳みかけます。

「それで、このシルクにいくらの値をつけますか?」

「そうですね……一本12メリダでいかがでしょうか?」


 ボクは棚の中を見回しながら歩きました。カツ。カツ。カツ。沈黙と緊張の店の中にヒールの音が鳴り響きます。陳列されている布地の中で一番高い羊毛の生地が金貨10枚です。ボクはフン、と鼻を鳴らしました。

「お呼びでなかったようですね」

 お店を出ようとしたボクを支配人はほとんどすがりつくようにして呼び止めてきました。

「わかりました! 20です、20メリダ出します! 申し訳ありませんがこれ以上は商売になりません」


 まあいいでしょう。ボクは肩をつかんだ支配人の手をそっと外してニッコリ微笑みました。

「15メリダでいいです」

「はい?」

「15メリダです。わかりますか? 転売するだけで5メリダの利益が保証されるのですよ。そしてこのお店にしか卸しません。その代わりあるだけ買い取ってもらいます。よろしいですか?」

「は、はいっ」


 勢いで押し切りました。奥の応接室に場を移して早速契約書に双方署名します。これは契約の神プラーの魔法で縛られたもので、契約に違反するとギルドカードが停止されるなどのペナルティを受けることになります。


「よろしい。それではとりあえず手付です」

 ボクはアイテムボックスから20本の反物を机の上に積み上げました。金貨300枚分です。

「そ、そんなにですか!? 今は手持ちが……」

「ならば借りて来るがいいです」

「……わかりました。でもすぐには無理です。明日までお待ちください」

「結構です」


 翌日再び布問屋に出向くと支配人が揉み手せんばかりの低姿勢で出迎えました。今度は最初から応接室に通されます。ニコニコ笑顔の支配人と向き合って座っていると、昨日の小娘がカチコチになりながら金貨を積んだお盆を運んできました。一枚、二枚、三枚……キッチリ300枚ありますね。

「確かに。良い取引でした。在庫はまだありますので必要になったら東門の屋台街まで使いを寄越すがいいです。だいたいあの辺りにいますので」

「ええ。その時は是非よろしくお願いいたします」


 支配人は揉み手しながら見送りの挨拶です。受付の小娘は隣でやっぱり緊張しながら頭を下げています。帰ろうとしたボクでしたが、スカーフをほどいて受付嬢の首に巻いてやりました。

「お近づきのしるしに進呈しましょう」

「ひゃ、ひゃいっ! ……い、いいんですか?」

「ええ。今後ともよしなに」



 よし、これで再建資金をゲットです。

 ……実際のところただお金を作るだけならいくらでもやりようはあるのです。屋台なんか経営しなくても、です。極端な話この国で流通してるシリアルナンバーも打っていない原始的な金貨なんてエルフの森に無意味にプールされてる金塊からいくらでもコピーできますしね。

 でもですねぇ……ボクは楽しみで料理を売っていたのです。作るのも結構楽しいですし、ずらっと並んでる屋台を一軒一軒見て歩くなんて毎日がお祭りやってるみたいですし。人間世界を満喫するのにうってつけじゃないですか。

 そもそも森にいるときならともかく外の世界でこういう無から有を産み出すような真似はしたくなかったのですよ。縛りのないプレイってかえって興を削ぎますからね。

 それなのに……。


 ムカつきますね……ラップを引き出すのに失敗して結局全部捨てるハメになったときと同じくらいムカつきます……。


 あのクソババア、いったい誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやります。

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