1.54 輿水幸子かぶき者説
「やー、今日もたくさん買いましたね」
目についたものを片っ端から買っちゃいました。今はお金に余裕がありますからね。アイテムボックスの中に食材がいっぱいです。
……おや、なんだかミラがいぶかしげな顔でボクを見ています。何ですか?
「ねえ、前から不思議に思ってたんだけどさ、リンスのアイテムボックスってどのくらい入るの?」
「この町一つ分くらいですかねぇ」
「町!? 何か単位が違った……」
「人間はそんなに入らないのですか?」
「大きくても部屋一つ分とか馬車一台分とかだよ、普通は。たまーに冒険者でもアイテムボックス持ってる人いるけどさ、せいぜいバックパック一つ分くらいだし。それでも便利だなって思うのに、町……」
ミラがショックを受けていますけどボクもギャップに驚いています。カバン一つ分って……。逆に衝撃ですよ、そんなちっちゃなアイテムボックスがあるなんて。エルフなら誰だって最低このくらいはありますのに。ボクのはデフォルトのままなのでこんな容量ですけど拡張すればもっと大きくなりますし。やっぱり種族間格差が大きいですね、この世界って。
屋台に戻るとミラは手を振って別れを告げ、串かつを揚げていたミラに吸収されました。
「おかえりー」
「ただいまです。……ボクが言うのも何ですけどなかなか異様な光景ですね」
「アハハ、買ってきたチーズちょうだい」
「はいはいです」
お店の前には十人ほどの客がいましたけどさして待つこともなく串かつを手に去ってゆきます。ひと頃の狂騒は落ち着いてミラとおばちゃんだけで充分お店が回るようになっています。
……しかしそのたいして待ち時間のない列を押しのけるようにして女が一人現れました。デカい乳の胸元をあらわにした厚化粧の女です。割り込まれた客たちはその厚塗りで年齢不詳になった女を迷惑そうに見ています。何故か誰も文句を言いませんけど。
お客かと思いましたけど、注文する気配がありませんね……? ミラが「いらっしゃいませー」と声を掛けましたけど無視しています。変なヤツです。「お知り合いですか?」とおばちゃんにささやくと「知らないよ。ケバい女だね」と返ってきました。
その変なオバサンはジロジロと屋台を見て、それからボクに目を止めました。
「フゥン。アンタかい、評判のエルフは。アンタ、料理を教えてるんだって?」
評判かどうかは知りませんけどボクのことでしょうね、料理を教えているというなら。そもそもこの町にはエルフはボクしかいませんし。
「この町の屋台をつかさどる胃袋の司祭ならボクですけど」
「へぇ、そうかい」
と言いながらババアはボクを上から下まで舐めるように品定めしてきました。ナメクジが這いまわるような視線です。気色悪いですね。
「ウチの店でもやってよ。いや、それよりも──」
そしてババアはあろうことか、
「料理なんかよりもサァ、客を取ってもらおうかねェ。アンタならすぐに上客がつくよ」
などといやらしいニヤケ面で言い放ちました。
……なんですかこのブサイクは! ムカツキますね、エルフ視姦罪で訴えますよ!
よろしい、売られた喧嘩です。買ってやりましょう!
「──ボクが何故カワイイと思いますか?」
「? ん?」
「元々カワイイからですよ。お前は元がブサイクですから道化のバギーになるまで厚塗りしないとならないのです。哀れなことです」
「……何だって!?」
「何ですか平たい顔の上に顔描いて。三次元に生まれながら二次元にディメンションフォールしてるじゃないですか。お前みたいな存在は何と呼べばいいのですかねぇ? 2.5次元ですか?」
いちいち言うまでもなくボクが世界で一番カワイイのは確定的に明らかです。フフーン! かわいそうですので普段はブサイクいじりってやらないのですけど、喧嘩を売ってきたのはあちらですから。チクチク刺激してやります。
「ま、お前みたいなフラクタル世界の住人のお願いを聞いてやる筋合いはありませんね。生まれ変わってゴブリンにでもなってから出直してくるがいいです」
「ふ、ふざけるんじゃねぇよ!」
2.5次元はただでさえブサイクな顔をさらに醜く歪めてののしってきました。唾が飛んでますよ、汚いですね。
「アハハ、顔真っ赤です! これじゃゴブリンじゃなくてウアカリですね! ウアカリって知ってますかウアカリ。お前みたいな顔した珍妙なお猿さんのことですよ! 珍獣はお店なんかやってないで動物園で餌もらってたらいいですぅ!」
指さして笑ってやったらつられて周りからも笑い声が上がりました。
「ププッ」「確かにエルフと並べたら猿に見えるわ」「やめなよ、比べたらかわいそうだよ?」「遣り手ババアもリンスにかかっちゃ形無しだな」「チン獣というかマン獣だろ」「HAHAHA!」
周囲の反応が堪えたのでしょうか。ウアカリババアは真っ赤な顔をさらに赤くして「覚えておきな!」なんて言い捨てて帰って行きました。こんなテンプレの捨て台詞を聞いたのは初めてです。どこまでもちっぽけなやつでした。
「ところであれ、結局誰だったのですか?」
「さあ……」
などとおばちゃんと首をひねっていたら見物客の一人が「飲み屋の女将だよ」と教えてくれました。
「えー、その、女の子が接客する感じの」
「接客?」
「あまり深くは聞かないでくれ」
男は目をそらして去って行きました。あー、あれですね、多分キャバクラだかピンサロだかの経営者なのでしょう。ボクをそういうお店で働かせようとは何考えてるのでしょうね、ボクは男ですのに。……あ、まさか男の娘風俗とかでしょうか?
翌朝も快晴でした。前世なら梅雨の時分ですけどこの高原にはさわやかな風が吹いています。絶好の商売日和です。屋台は雨が降ると客足が落ちますからね。
「さあ、今日もはりきって働きましょ……う……?」
屋台に行くとおばちゃんとミラが呆然と立ち尽くしていました。ボクもその隣で思わず呆然としました。
屋台がメチャメチャにぶっ壊れていました。いえ、壊されていました。斧か何かで叩き壊したのでしょうか? 木のフレームがへし折れて真下に崩れ落ち、木片が街道にまで散乱しています。羊を焼いていた網も炭を受ける箱もひしゃげて、下にしまっていた揚物の鍋を潰しています。
真っ二つに割られて地面に転がった看板の中で下手くそな羊のイラストが微笑んでいました。