1.5 冒険者ギルド
冒険者ギルドとかいうご都合主義の塊がこの世界にもある、と最初に聞いた時にはどう考えてもアウトローの巣窟になると思いました。だって冒険者なんていったら暴力しか取り柄がなくてまともな職につけない脳筋のアホどもでしょう? ピッチピチのレザーパンツとトゲトゲのついた肩パットでキメたむくつけき男たちがヒャッハーヒャッハーと鳴き声を交わしながらバギーで暴走したり汚物を消毒したりの暴力が支配する世紀末組織……そういう感じになるのに決まってます。
ところが聞くところによると──というのもリーンも森の外にいた頃には(ということはつい七十数年前までは)冒険者をやっていたそうなのですが、そして他のエルフたちもだいたい同じような感じだったそうですが──この世界のギルド、つまり冒険者ギルドや商業者ギルドなどの各種ギルドは『組合の神ギルド』の奇跡を基に成り立っているそうなのです。
組織を運営しているのは人間たちですが、ギルドカードに代表される冒険者のシステムはギルド神が提供しているサービス(魔法)なのだとか。
「これがそのギルドカード」
とリーンが見せてくれたカードはプラスチックのような感触でした。表面には顔写真(写真!?)のほかに名前と年齢、出身地、交付日と所属とが人間の使う標準語で記載されています。裏面は一面緑色です。
「こういうの、人間には作れないの」
一見前世の運転免許証か何かのようですが実際のところはカードの素材も表示されている写真などもギルド神の魔法の産物だそうで、年齢や所属などの記述は勝手に変わるのだとか。
そして組合員としての資格認定は各ギルドの定めた約款に従ってギルド神が行うのだそうです。例えば冒険者ギルドであれば「犯罪者は冒険者になれない」という制約があって、冒険者になった後でも犯罪を犯せば即身分を失うそうです。
この冒険者ギルドというシステムの中では犯罪者かどうかを判断するのは人ではなくて神なのです。またカードは人間の技術力では偽造できません。つまりギルドカードが発行されれば、そして所持しているならば、その人物は犯罪者ではないと神が保証したことになります。
身分証明書は他にも都市が発行する市民登録証とか軍人に配布される所属証明章とかいろいろあるそうですが、ギルドカードは最強の身分証明書なのだそうです。
ボクたち森のエルフは人間社会とはまるで無縁のアウトサイダーですからね。外の世界で活動するにはギルドカードを取得するのが一番確実なのだとか。
そういう話を聞いてたので元々冒険者になるつもりでした。渡りに船です。
キィ……
古い木の扉を開けると魔法の明かりがともされて中を照らしていました。入ると外よりもあったかいです。どうやら魔法で空調しているようですね。
建物は石組みですが床やカウンターなど内装は木造です。天井はタバコの煙で煤けて、手すりやカウンターは手でこすられてツルツルで、床は底に鋲を打った靴で踏み固められてカチカチで、何もかもが年季が入っています。古い映画で見た昭和の田舎の町役場みたいです。
受付っぽいカウンターの向こうで無精ひげのおっさんがタバコをふかしながら何かの書類をめくっています。
ここでいいのでしょうか? 聞いてみましょう。
「すいませーん、冒険者になりたいのですけど、どうしたらいいですかぁ?」
声をかけるとおっさんはようやく顔を上げて、ボクの姿を上から下までジロリと眺め渡していぶかしげな顔を作りました。
「お嬢ちゃん、本気か?」
またですか。ボク男なのですけど……まあ人間から見ると可憐な少女のように見えるかもしれませんけど。
「本気ですよ。実力を疑うなら三分でこの町を平らに変えて見せましょうか?」
「せんでいい。やる気のある新人は大歓迎だ」
おっさんはどう見ても本気にしてない顔で後ろの棚から紙を取り出して(あるんですね、紙)こちらに突き出しました。
「これが申請書だ。ここに」と言いながらおっさんはトントンと指さして示しました。
「名前と年齢、種族、出身地、これまでの経歴を書いてくれ。あーっと、字が書けなかったらこっちで書くぞ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと勉強してきましたからね」
人間が使っているのは表音文字です。アルファベットみたいなものですね。英語の大母音推移みたいなのもなかったので綴りもだいたい発音と対応していて簡単です。
というわけでさっそく書いていきます。名前はリンス、年齢は永遠の十七歳、種族はエルフ、出身地はオーマの森……っと、外の世界でもオーマでいいのでしょうか?
「ちょっと聞いてみますけど、湖の北の方の森ってオーマでいいのですかね」
「げ、魔境出身かよ。嫌なところに住んでたんだな」
「なんですか人の故郷をグランドラインみたいに。で、オーマでいいのですか?」
「オーマでいいよ、この辺の人間の感覚だとイコール魔境の意味だけどな」
失礼な連中ですね!