1.47 イーデーズ市東門前屋台街の仔羊の串かつ
したたる脂が炭火に落ちて景気よく白い煙を上げ続けています。
次の日からさっそくボクは炭火の上に鍋を置いて、おばちゃんの隣で串かつをジャンジャン揚げていました。
「げ、リンスだ」
「何やってんだこいつ」
前を通りかかった男たちが小さく呟きました。聞こえてますよ、エルフは耳がいいのです。見ると多分知った顔の冒険者の二人連れです。ちょうどいいのでこいつらにもこの味を知らしめてやりましょう。
「ヘイそこの冒険者たち、ちょっと寄ってくがいいです。食べないと決闘を申し込みますよ」
「勘弁してくれ」
「お前と決闘するなら先に入院しとくわ」
なんて言いながら串かつと十枚銅貨を引き換えにします。
「まいどありでーす」
「何だこりゃ、よくわからん食い物だな……ウマッ!」
「味の正体がさっぱりわからんけどとにかくうまい!」
「フフフ、そうでしょう。いいですか冒険者。串かつです。串かつをいつでも食えるくらいになるのです。それが人間偉過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなのです」
「いやこの値段だったら毎日通うわ」
「うんまぁ……」
とろけた顔で食べ終わった後の串まで名残惜しげにしがんでいる冒険者たちを見て行商人らしき旅行者が足を止めました。いい宣伝になってるじゃないですか。
「そこの人間もボクの串かついかがですか? おいしいですよー」
ニコッと微笑みかけると男はフラフラと吸い込まれるようにやってきました。
「串かつー、串かつはいりませんかー。今までにないおいしさですよー」
「お、そこのお姉さんもどうです? 仔羊はビタミンBがたっぷりで美容にもバッチリですよ!」
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、もひとつおまけに食べてらっしゃい! イーデーズの新名物、仔羊の串かつのお店はこちらですよ! 焼きは一串肉三枚揚げは一串肉二枚、どちらを買ってもお値段何とたったの十アント! 買わなきゃ損損食べたらお得お口の中で美味しさ爆発、一口食べれば羽化登仙二口食べれば極楽往生三口食べれば至福直観間違いなしの逸品です! さあさあ、来て見て買って食べていくのです! お金を使うなら生きてるうちですよ!」
また傘を回して通りすがりのラーナに上に飛び乗ってもらって、はい走って走って!
「「いつもより余計に回しておりまーす!」」
おひねりが飛んできました。
こんな風に毎日呼び込みをして、また通りかかった冒険者たちに押し売りしました。
最初は半信半疑でも食べてみればおいしいわけです。いつの間にやら評判が評判を呼んで、ボクたちの屋台は行列のできるお店になりました。
なったのはいいのですが……。
「オラァ! 串かつはまだできねえのか!」
「こちとらわざわざ町の反対側から買いに来てるんだぞ!」
「俺はこれからスズナーンまで帰らなきゃならないんだ! その前に食わせろー!」
「誠意を見せろリンスー! 全裸で土下座しろー!」
「ひぃー! もうちょっと待っておくれー!」
「おかしいです……どうしてこんなことに……」
どうあがいても手が足りません。鍋の数を増やして既に屋台の幅いっぱいに並べているというのに、注文に全然追い付かないのです。ちょっと評判になりすぎました。後ろで煽ってる冒険者は後で殺します。
この小さな屋台で時間当たりに作れる串かつの数には限界があるわけです。またボクが選択した調理法のミスもあります。量の限られた脂をあまり汚したくなかったので今回揚げてから再加熱する方法を採用したのですけど、普通に揚げるよりも時間がかかってしまいます。それに内側まで火を通すために網の上に並べた串かつを見つめる視線の痛いこと……。「早く食わせろ」と言う脅迫にも似た無言の圧力が無数に押し寄せてきます。
ちょっと土民の味覚に寄せすぎました……。同じ味を日本で再現してもここまで受けることはないでしょうし、逆にもう少し上品に作ってたらこんなに流行らなかったはずです。
そりゃまあ魔法を使って大量生産することはできるのですけれども、ボクは今回『現地で調達できる食材を使う』『人間にも可能な調理法を使う』という縛りプレイをやってるわけで、まだ始まったばかりですのに早くも縛りを投げ捨てるなんて悔しいじゃないですか。
接客をしている余裕もありません。出来た端から投げるように串を渡して同じくお金を投げ返され、また次のお客に同じように串を渡して……。
こんなのボクの考えていた理想のお店じゃありません。