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1.45 雇ってください

「屋台できないって言われました」

「え、そうなのかい?」

 商業者ギルドから戻って来て羊の串焼きのおばちゃんに報告すると、おばちゃんは肉を焼く手を休めず答えました。

「そりゃまたどうして」

「屋台の営業権は相続だけで売ってないそうなのです」

「へー、そうなんだね。考えてみればあたしも親から受け継いだもんだしねぇ」

「それでバイトならできるって言われたのですけど、雇ってもらえませんか?」

「ごめんね、食べていけないほどじゃないけど、うちの店も人を雇うほどには流行ってないんだよ」

 おばちゃんは視線をチラリとこちらに向けて、すぐにまた串焼きに戻しました。沈黙の中、炭火に落ちた脂がジュッジュッと煙を立てています。


「……リンスちゃんに客引きしてもらったら流行りそうな気もするけど、他の店とのつきあいもあるからねぇ。うちだけってのは、ちょっと……」

「ボクも料理を売ってみたいのであって人間に媚を売りたいわけじゃありませんよ」

 確かにボクが笑って立ってるだけで宣伝になるとは思いますけど、実際ボクに接客ができるかというと……自分で言うのも何ですができませんね。客をむやみに煽って閑古鳥が鳴くのがオチでしょう。あと絶対途中で飽きます。

「じゃあしょうがないね」

「……」


 むむむ……。

 ちょっと考えます。


「……ではボクが新しい料理を考えますので、それを一緒に売ってもらうというのはどうですか?」

「手間が増えるのはちょっとねぇ」

「その分は手伝いますので」

「うーん、ちょっと考えさせておくれ」


 このままだと埒が明きそうにありません。

 よし、ここは実食してもらいましょう。食べてみておいしければ気持ちが動くかもしれません。


 ところでリノスとはこの地方一帯を指す言葉ですが、リノスは地味が痩せていて穀物の生産に向いていません。その代わり広大な草原を生かして牧畜が営まれています。特に羊が多く飼われていて町を離れればすぐ羊の群れと行き会います。ウールと毛織物の生産はリノスの主要産業のひとつとなっているようです。

 羊と言うのはハーレムを築く動物だそうで、雌に比べて雄の数は少なくて良いそうです。リノスでは雄一匹に対して雌が二十五匹前後になるように仔羊を順次間引いています。間引かれた仔羊はラム肉となって地元で食べられます。


 なので仔羊はこの町ではなじみのある食材なのですけれど、何故か揚げ物はまるで見かけませんでした。美味しいですのに。油を大量に使う料理はせいぜいガチョウの脂でコンフィを作るくらいなもので、それも保存食の扱いです。

 何故かと思って数少ない油屋に聞いてみたところ、リノス独特の事情によるものでした。


 もっと南の方では油の生産がさかんで安いそうですけど、何しろこの世界ではまだプラスチックやペットボトルというものは発明されていないので、油の容器はほとんどの場合素焼きの陶器です。リノスは標高六百メートル超の台地の上にあり輸送するには舗装の悪い坂道を馬車で運ぶしかありません。羊の肉や羊毛ならともかく油の壷は輸送のコストがかさんでどうしても高くなっちゃうそうなのです。割れないようにするには緩衝材が大量に必要で、同じスペースで運べる量が少なくなりますので。

 アイテムボックス持ちならまた話は違うのでしょうけど、アイテムボックスの持ち主は人間では百人に一人もいないそうで、そういう人を雇うには人件費がかかり、結局高くなります。地元でも菜種とヒマワリの油を細々と生産してはいますけどやはりそこまで安くはなりません。そして油はまずは灯火用で料理に使うのはその次なのだそうです。

 高いので売れない、手に入らないので油を使わない料理ばかり発展する、途中で割れるリスクもあるので運びたくない──と言った負のスパイラルでそもそも輸入量自体が少ないみたいです。

 揚げ物が一般的ではないのはどうやらそういうことのようです。


 でもまあ、ないなら作っちゃえばいいのです。なじみのない料理が受けるかどうかはわかりませんけど物は試しです。

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