1.44 商業者ギルド
「ボクも屋台をやってみたいです」と言うと「商売をするには商業者ギルドへの登録が必要だよ」とおばちゃんが教えてくれたので行ってみることにしました。商業者ギルドは冒険者ギルドと違って町の中にあるそうです。
もはやなじみとなった門番たちに挨拶して町の門をくぐりました。街道はイーデーズの町をまっすぐ貫いています。この大通りは石畳です。あの牧場近くのすり減った街道も昔は同じような石畳だったのではないでしょうか? 多分こちらは石が割れたりすり減ったりしたら敷き替えているのでしょう。しかし町の外までは手が回らないのだと思います。
道の左右に商店が軒を連ねています。この大通りに面した店は比較的まともなところが多いですが同じ大通りでも基本的に町の真ん中に近いほど店構えが立派になります。いつも女たちと飲んでいる酒場は門に近い方ですね。大通りから枝道に入ってゆくと市場や小さな店や宿屋があり、普通の人々の生活が営まれています。お店は枝道の先へ行くほど怪しくなってゆきます。ちなみに例の冒険者御用達の店は大通りからはずっと奥まったところにあります。酒場のうち大きなところは宿屋も兼ねていて、旅行者や行商人のほか、冒険者も大抵はこういうところに泊まっています。馬小屋に泊まるのは冒険者でも相当金のないやつですね。
大通りを五百メートルも進むと中央広場があります。昔はその名の通り中央だったのでしょうけど今は町の真ん中よりも東側に大きく偏っています。ギルドがある側はあの大きな川のせいで発展のしようがなくて町が西側に伸びたのでしょう。その中央広場の北側には湖を背にして行政庁舎があります。周辺および南側も含めてこの辺り一帯は公的な施設が多いようです。
そして商業者ギルドの建物はこの中央広場に面した一角にありました。壁を白い大理石で装飾した品のいい建物で入口の扉も大きくて重厚です。艶のある扉は大きく開け放たれていました。
「いらっしゃいませ」
古いホテルのフロントみたいなカウンターの向こうにお仕着せの制服を着た受付嬢が五人、電線の上にとまったスズメみたいに並んで座っています。銀行の受付みたいですね。空いていた窓口に近寄ると、その若い女性が「本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」と尋ねてきたので椅子に腰かけながら「ギルドに登録したいのですが」と答えました。
若い受付嬢がさらに質問を重ねてきます。
「身分証明書はお持ちですか?」
「冒険者のギルドカードがあります」
「冒険者の方ですか。イーデーズ市民登録はお済みですか?」
「そんなのあるのですか?」
「ええ。イーデーズ市に永住の意志はおありですか?」
「いずれは次の町に行きますよ」
「そうですか。それでは『非定住事業者登録』をお勧めいたします」
「何ですかそれ」
「具体的にはたとえば旅商人ですね。他にも従業員として就職したり、露天商や旅回りの曲芸師や楽師、純粋に運送のみを請け負う配達人といったものにはなれます。メリットとしては手続きが簡単なことと会費が安いこと、どこの町でも通用すること。デメリットとしては自分の店舗を持てないことが挙げられます」
「それじゃ屋台ができないじゃないですか」
「……あー、屋台をおやりになりたかったのですね。残念ですが現在のところ軽店舗の株は売りに出されておりません」
「軽店舗?」
「屋台のことです。株は営業権のことですね。あれらは基本的に既得権益で、ほとんどは親や親類から相続しています。売買されることはめったにありません。また市民以外が営業することもできません」
「じゃあ最初から駄目だったのではないですか……。普通のお店はどうです?」
「一般の店舗の取得にもやはり市民登録が必要です。それが売買であれ賃貸であれ。しかし冒険者の市民登録は難しいので、いずれにしてもまずは非定住事業者登録で商売しつつ居住実績を積んで、それから申請されることをお勧めします」
「税金ですか……やっぱりそういうのあるのですね」
「ええ。たとえば非定住事業者として登録をされるとギルドに月額五プライドルの会費を納入していただくことになります。そのうち四プライドルが事業者税、一プライドルがギルドの手数料になります」
「ちょっと待ってくださいよ……」
ギルドに納めたお金が税金になる??
「えーっと、つまり商業者ギルドは税金の徴収も請け負ってるってことですか?」
「ギルドはどこも徴税代行者ですよ。農家であれば農業者ギルドが、職人であれば工業者ギルドが同じことをしています」
「ということは冒険者ギルドもですか?」
「当然そうでしょうね。詳細までは存じませんけど」
……あー、そういえば研修の時に報酬からいくらか差し引かれるようなことを言ってました。あれってギルドの手数料だけじゃなくて税金も含まれてたのですね。前世だとラボアジエが徴税請負人だったというのが有名ですが、この世界だとギルドがそれをやっているというわけですか。
「非定住事業者の良いところは税制のシンプルさもありますね。たとえば軽店舗ですとイーデーズ市では月額一メリダの会費を納める必要がありますが、スズナーン市では五メリダ、王都では八メリダと都市によって税率が違います。しかし非定住事業者は全国一律で五プライドルです」
「会費を納めなかったらどうなるのですか?」
「諸々の機能が停止されて商売ができなくなります。えー、多分冒険者カードもそうだと思いますけど、カードの裏側が赤く変色して使えなくなります」
「なるほど」
冒険者カードの方は犯罪者でないことを保証していましたけど、こちらのカードは優良納税者であることを神が保証しているというわけです。
しかし税金の徴収なんてものに関わっているとは、なんだか世知辛い神様ですねギルド神……。
「そうですね、将来的に市民登録するかって言ったら多分しないでしょうけど、とりあえず非定住事業者とやらの登録はしておきましょうか」
バイトくらいはするかもしれませんしね。
「ありがとうございます。それではこちらに必要事項をご記入ください。登録料は五プライドルになります」
そう言って受付嬢が取り出したのは冒険者登録をしたときと同じような書類でしたのでボクはまた同じようなことを記入しました。登録料と書類を確認した受付嬢はところどころ視線を止めてボクの顔と書類を交互に見比べていましたけれど、何も言わず首を振るにとどめて書類を後ろの上司らしき男のところへ持って行きました。言いたいことがあれば言えばいいです。
上司が例の申請魔法で作ったカードを受付嬢がこちらに差し出しました。
「お待たせいたしました。それではこれが非定住事業者の証明カードです。毎月五プライドルの会費をどこの町の支部でもいいので納めてください。ちなみに今月分は先程の登録料とは別に今いただくことになっています」
というので追加で銀貨5枚を支払いました。これで本当にすっからかんです。
「注意事項として、紛失した場合の再発行の手数料も五プライドルです。また闇営業は処罰の対象になりますのでお気を付けて。ご自分で軽店舗を経営することはできませんが、今回の登録で店員ならできるようになりましたので、お知り合いがいらっしゃるようでしたら直接相談されてみてはいかがですか?」