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1.42 エルフ3分間クッキング

 思案しているといつもの屋台のおっちゃん(肉炒めクレープ巻きのお店です)がのこのこ近寄ってきました。

「おう何だいエルフの姉ちゃん、何食ってるんだい?」

「鹿のお肉を温めました」

と皿に乗せた肉を突き出すとおっちゃんは嫌そうな顔をしました。

「げ、生肉かよ。エルフはそんなの食べるのか?」

「食べませんよ生肉なんて。これは火の通ったレアというやつです」


 やれ生肉が旨いだとか、今度は低温調理という言葉が独り歩きしてピンク色のチャーシュー出したりとか……。生の鶏肉とか生レバーとかみんなよく食べる気になりますよね。異世界人でも食べないみたいですのに。日本人って野蛮です。

 この肉も食べられないものというわけではないのですけど、おっちゃんは嫌がって手を付けようとしませんでした。異世界人にも食えるようにするにはやはりわかりやすく焼いてないとダメみたいです。


 そうですよ、よく「美味しいものは異世界でも通じるはず」って言いますけどね。『最も快いと感じる行為に関するアンケート(TENGA調べ)』によれば「美味しいものを食べる」ことが一位なのは日本だけで、ほとんどの国では「セックスをする」ことが一位です。つまり美食よりはセックスの方が異文化コミュニケーションに有効である蓋然性が高いと言えます(童貞は寿司でも食ってろです)。男同士はどうするかって? それはホm……まあ好きにすればいいのではないですかね。

 だいたい人間という生き物は食事に関しては案外保守的です。例えばマツタケの匂いが外人には靴下の臭いと言われたり、逆にトリュフの香りが日本人には人工的に感じられたり、あるいは餡子が欧米人には受け入れられなかったり、ミントチョコが日本人には歯磨き粉のようにしか思えなかったり……その文化の中にない味や香りは美味として認識されない場合があります。わからないものがあったらとりあえず食べてみるのは人生の楽しみがメシを食うことしかない幸福後進国の日本人くらいなものです。その日本人だって昭和の時代の田舎者は味噌か醤油の味がしないものは不味い扱いだったそうですし。中国の料理の主流が中華料理でありフランスの料理の主流がフランス料理であるように、大抵の国では伝統的な食事がもっとも支持されて見知らぬ料理には拒否反応を示すものですよ。

 それにですね、例えば仮にカルスが作る最高の美味を提供したとして、人間たちに理解できるものでしょうか? 洗練されすぎてて味がわからないのではないでしょうか。いい年してラーメンやハンバーガーしか食べない子供舌のおじさんには懐石料理の繊細な味付けがわかりません。同様に舌が未開な異世界土民にも塩や砂糖そのままの、いわば原色の味付けしか受け付けないのではないでしょうか。


「それではこれはどうです?」

 というわけで異世界人の味覚でも賞味可能な料理を作ることにします。ボクは【実験室】に戻した鹿肉を魔法でミンチにしました。硬い肉は叩くかミンチにすると相場が決まってますからね。さらに市場で買ってきた豚の脂身をミンチにして鹿肉と混ぜます。ちと味わいが足りないこの赤身の肉に脂の旨さを着せてやるわけです。今回は鹿肉四に対して豚の脂身一の割合で行ってみます。さらにさらに玉ねぎのみじん切りをきつね色になるまで加熱して混ぜ込みます。肉の臭み消しで最強なのはやはりネギ・ニンニク類ですし。あとパン粉と卵と塩と、牛乳が売ってなかったので代わりに羊のバターを溶かして適量加えてこね合わせてできたタネを一口サイズの俵型に成形して魔法で全体を再び63℃に、表面から3mmだけを170℃に加熱してこんがり焦がして……

 上手に焼けましたー!


 超速の魔法調理でものの一分でできあがりです。ほとんどレンジでチンするノリですね。ご家庭で真似する場合は63℃で真空調理してから表面だけ焼くといいです。

 こうやって表面を焦がしてあればまさか中がレアとは思わないでしょう。皿の上に山盛りにした一口ハンバーグを突き出すと、おっちゃんは「今度のは焼けてるな」とつまみ上げて口の中に放り込みました。


「うんまっ! 何だこりゃ!」

 おっちゃんはクワッと大げさに目をひんむいて叫びました。

「肉が圧倒的に柔らけえ! 外はカリッとして噛むと中から肉汁がドバァー! さらに脂の甘みが舌の上でとろける! おまけに嫌な臭いがしねえ! 香ばしさが口から鼻へと突き抜ける! こんなの今まで食ったことねえ!」

 グルメレポーターの素質がありますねこのおっちゃん。


「なんだいなんだい」

「うまそうなもの食ってるじゃねえか」

「あたしにも食わせておくれよ」

 おっちゃんの声を聞きつけていつもの屋台の店主たちがワラワラと集まってきました。「どーぞどーぞ」と皿を差し出すとみんなは手に手にハンバーグを取って口にしました。

「おっ、うまいじゃねーか!」

「イケるわ、これ」

「こりゃ何の肉だ?」

「鹿です。豚の脂身を混ぜました」

「へー!」

「鹿食ったの久しぶりだけど、前のはこんなにうまくなかったなぁ」

「豚を混ぜるとこんな味になるんだねぇ」

 なんてワイワイ試食会をやってたら橋の向こうから物々しい武装の一団がやってきました。冒険者たちです。


「ただいまー」

 おっちゃんたちに囲まれたボクに向かってラーナが手を振ってきました。

「おや、早かったですね」

 昨日ボクたちが九時に出かけて帰ってきたのが十五時前、今日こいつらが何時に出発したのかは知りませんけど、まだ十三時を回ったばかりです。ゴブリンの耳を回収するほどの時間があったとも思えないのですけど。


「それがさー思ったより洞窟が大きくてさー。それにあちこち崩れてて危ないから一旦帰ってきた」

「五人だけ残って見張りしてるけどね!」

 と言ったのはミラです。

「お前しっかりさぼったな。装備を整え直して再出発だ。明日は参加しろよ」

 などとクランリーダーが言うのは聞き流しました。


「それはそうと何それ。いい匂いがするんだけど」

 屋台のおっちゃんが手にしたハンバーグの最後の一個をラーナが指さすと、おっちゃんは慌てて口の中に放り込みました。

「「あー!」」

 ラーナとノンナが叫びました。

「いやーうまかった!」

「何それ!」

「オッサンたちばっかいいもの食ってズルい!」

「俺たちにも食わせてくれよ!」

「腹減った!」

「俺も!」

「道中足元が悪くて何も食う暇なかったんだ!」

「俺なんか朝から何も食ってねえ!」

 すきっ腹を抱えた冒険者たちが「俺も!」「俺も!」とロメロの映画のように押し寄せてきます。

 しょうがないですねぇ……。


「三分間待ってください。本当の鹿肉料理をお目に掛けますよ」

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