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1.39 攻めて、冒険者らしく

「「「ウオオオオオオッ!!!」」」

 それでは仕切り直して、はっけよいのこった!

 再びぶつかり合う怒号と魔法と肉体がゴブリンの肉の広場に弾け飛びます。まあゴブリンキングの会心の一撃はぶつからないのですけど。


「致命傷はボクが防いであげますから安心して闘うがいいです。フレー! フレー! 冒険者! ファイッオーファイッオー!」

 ボクには揺れる胸はありませんけどスラリと伸びた白い足があります。アイテムボックスからポンポンを取り出してワサワサ振ります!


「頑張れ♡ 頑張れ♡」

 腕を振り振り後ろ足を跳ね上げチアダンスです。普段は隠したふくらはぎをチラ見せしながら応援してますよ!


「うるせえ!」

「気が散るだろ、黙ってろ!」

 だというのにこの二人はイライラした様子を隠そうともせず怒鳴り声だけこっちに返してきました。ボクを見ないでゴブリンキングだけ見据えてですよ?


「……」

 何ですかこの恩知らずどもは。助けてもらっておいてこの言いぐさ……やる気なくしました。ポンポンをポイ捨てして後ろを向いてゴロっと横になります。ふて寝です。


「うげぇっ!」

 後ろでドガッと重い音と鈍い悲鳴、続けて人体が吹っ飛んで転げる音がしました。ガード切っちゃいましたからね。


「痛っっってええええ!」

「うおっ炎おおお!」

「熱ちちちっ!」

「ああああ! 防御! 防御頼む!」

「フンだ、知りません。せいぜい自分の力で頑張るがいいでーす」

「そう言わないで助けてくださいよリンスさん!」

「さん?」

「リンス様!」

「あんたが大将! リノス一! いや世界一!」


 ピクリ。耳の端が動いちゃいました。それを見て効果があったとでも思ったのでしょうかね、二人は戦いながらも矢継ぎ早に美辞麗句を並べ立ててきます。フン、ボクはそんなに単純じゃないですよ。


「革命的冒険者愛の最高化身!」

 ピク。

「冒険者史上類稀なる愛に満ちたエルフ!」

 ピクッ。

「冒険者が備えるべき風貌を完全に持つ親愛なる指導者!」

 ピクピクッ。


「「偉大なる空に輝くペクトー山の星にして将軍様!!」」


 …………


「しょうがないにゃあ……」

 そこまで言われて助けませんでは良心がないと言うものじゃないですか。ボクはのそっと起き上がって再び【光のヴェール】と【闇のとばり】を展開しました。ガキン! 今にも叩き潰されようとしていた冒険者A君が危ういところで命拾いします。


「す、すまん! 助かった!」

「いいってことですよ。おまけでえい!」

「ギィッ!」

 さらに光の魔法でレーザーを飛ばして右目を焼き潰してやりました。目を押さえてよろめくゴブリンキングに二人は一転攻勢、切りかかります。


「ウオオオオオッ!」

「死ねやコラァッ!」

「ウガアアアアッ!」

「頑張れー」

 ボクはポンポンを拾って再び応援です。


 左右から挟撃された形のゴブリンキングに細かな傷が増えてゆきます。あ、大振りで二人を牽制したゴブリンキングが背中を向けて森の入り口へとダッシュしました。形勢不利と見て逃げるつもりですね?

 逃がしませんよ! 【光球】の魔法を打ち上げて辺りを照らします。太陽がふたつあるような明るさで足元の影は闇のように真っ黒です。その影が牙をむきました。影の神ゴールの【影狼】の魔法です。影が盛り上がって真っ黒な狼の頭が突き出しバクンとあぎとが閉じるとゴブリンキングは吠え声をあげてすっ転びました。ちぎれた足がコロンと転がっています。


 逃げ損ねたゴブリンキングは片膝を地面について、よろけながらも金棒を振り回し必死の抵抗を見せています。

「もう少しだ!」

「やったれえええ!!」

「グッ……ガッ……」

 全身を少しずつ切り刻まれ、ゴブリンキングは次第に弱ってゆきます。それでもゴブリンキングは諦めようとしません。金棒を振り、魔法を撃ってわずかな生の可能性にしがみついています。


 そんなゴブリンキングを見ているとふと妙な感覚に捕らわれてきました。憐憫の情というか、感動というか……。


 思えばこいつも哀れなやつです。こいつらは別に人間世界に侵攻してやろうなどと考えていたわけではありません。ただ生きて、ゴブリンなりの生活を営んでいただけです。なのにある日突然人間から襲撃を受けて、今朝まで笑い合っていた家族と臣民のすべてを一瞬にして失ったのです。その上人間たちはただ一匹生き残った自分の命まで奪おうと襲い掛かってきます。人間たちは弱いのに自分の攻撃は全て弾かれ、少しずつ少しずつ命を削られてゆく……。

 それでも戦おうと、生きようとあがく姿に、何だか感銘のようなものを受けたのです……。


 うーん、ちょっと甲子園のアルプススタンドで9回表の最後の攻撃を見守るJKの気分になってきましたよ。抗え孤独な王よ、命尽き果てるその時まで──。

「がんばれ……がんばれ……」

 思わずつぶやくとゴブリンキングはボクを見て一声吠えました。


 ゴブリンは言葉を理解することができません。もちろん言葉を発することもできません。にもかかわらず、このときボクはゴブリンキングが意図するところを完璧に理解したのです。

 すなわち『うるさい黙れ気が散る』と。


 ……

 …………

 はぁー!? 本当に本当に本当に失礼な奴らです! 一体誰が応援してあげてると思ってるのですかこの畜類は! もういいですお前なんか死んじゃえです! 今日は王でも明日はお肉になってお店の棚に並べられちゃうといいです!


 地団太踏んでたらゴブリンキングはこちらを見て威嚇するように金棒を振り回しました。

「隙ありいいいい!」

「あ」

 ザクリ。体ごと突っ込む勢いで突き出された剣がゴブリンキングの喉に突き刺さりました。冒険者B君の姿隠しの魔法がようやく役に立ったようです。まあこの至近距離ですしちゃんと見てたら効かなかったでしょうけど、よそ見してるからですよバカキング。

 ゴブリンキングは声も出せず、巨体をグラリと後ろに倒れこませて後頭部を打ち付けました。ダクダクとあふれ出る血だまりが広がってゆきます。もはやピクリとも動きません。


 こうして人の情けを解しない禽獣の輩はその心根にふさわしい末路を迎えたのでした。ザマミロです。


「イヒヒヒヒ! ヒーッヒヒヒヒ!」

 一匹のゴブリンが調子の外れた笑い声を上げながら森の奥へとフラフラ歩いていきました。マーカーがついてるからわかります。最初に遭遇したゴブリンです。まだ生きてたのですねこいつ。ゴブリンキングが目の前でやられたのを見て頭おかしくなっちゃったのでしょうかね。


 二人はゴロンと地面に伸びてゼーゼーと大きく息を吐いていましたけど、ようやく落ち着いたかと思うと声を張り上げました。

「クソッ、勝った気がしねー!」

「そりゃ負けてましたからね」

「……チクショー!」

「次は勝つ!」

「ま、死なない程度に頑張れです」

 なんて言いながら流体操作の魔法で洞窟内の空気を入れ替えています。さっきの爆発で無酸素状態ですからね。


「よし、換気完了です。ほらお前たち、ゴブリンの耳を回収してくるがいいです」

「……え?」

「だって必要なのでしょう?報告」

 二人はギョッと目を向いて首だけ動かしてこっちを見ましたけれども、すぐにグタッと伸びて泣き言を言いました。

「すいません無理です」

「明日にしてください……」

 まったく、たかがゴブリンキングと闘ったくらいで情けないやつらです。


「しょうがないですねぇ……。これだけ持って帰りますか」

 ゴブリンキングの死体をアイテムボックスに収納します。冒険者たちは疲れ果ててまともに歩けないみたいなので二頭の影狼を呼び出してそれぞれの背中に乗っけてやりました。二人は人間よりもはるかに大きな影狼の背中にうつぶせに寝転んで手足をぶらぶらさせています。

「あー、こりゃ楽だ……」

「助かる……」

 ご覧ください、溢れんばかりのボクの優しさ……マザー・テレサも恥じらおうというものです。


 さて、結構遅くなっちゃったので走って帰りましょう。ロープを斜め上に飛ばしてスパイダーマッ!

「ハイヨー! 冒険者! アーアア──!」

「揺れる! 揺れる!」

「落ちる! ちょっと待って!」

 ボクの森林パルクールについて走る影狼の上で冒険者たちがわめいてますけど知らんです。もう大人なのですから我慢してください。

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