1.37 ゴブリンさん爆破体験ツアー
地上に降り立ったので土壌中に紛れ込んだダイヤモンドを魔法で選択してアイテムボックスに回収します。ダイヤモンドは日光を受けてきらめきながら渦巻いた流れを作って虚空へと吸い込まれてゆきます。
それでは再度【実験室】で炭素の化学反応のお勉強です。いざという時の飲用に持ってきたボックス内の水を実験室に移動して魔法でさっきのダイヤモンドと反応させてどんどこエチレン(C2H4)に換えてゆきます。
反応の経路を無視すれば
2C + 2H2O → C2H4 + O2
ですから2モルの炭素から1モルのエチレン、大雑把に計算してダイヤモンド24gから22.4Lのエチレンガスができるはずです。さっきのダイヤモンドが大体200kgくらいあったので全部エチレンにすればこれも大雑把に186,666L≒187立方メートルですね。
この操作は魔法でゴリ押ししてあっという間に終わりました。道中どうやって目的地に到達するか考えなくてもいきなり結果が得られるのが魔法のいいところです。
こうしてできたエチレンを流体操作の魔法で洞窟の中に流し込みます。どんどんどんどん流し込んで洞窟の中の空気といい感じにミックスしてやります。
「今度は何をやってるんだ?」
「爆発性のガスを作ったので洞窟に流し込んでいるのです」
「おい、危なくないのか?」
「危ないですよ」
エチレンガスは空気の重さを1としたときの比重が0.98と近いので混ざりやすいのです。しかも空気と混合したとき静電気のようなちょっとした刺激ですぐ爆発するのでめちゃ危険なのです。
というわけでエチレンが洞窟の一番奥まで行き渡ったところで指パッチンをトリガーにしてその一番奥のエチレンに魔法で着火!
「ファイヤー!」
轟音と共に大地が震えました。
「おわっ」
「ヒエッ」
雷鳴のような爆発音が響くと同時に二人がマヌケな声を上げてすっ転び、直後に洞窟から爆炎がドーン! 爆炎はボクが張った魔法障壁にブチ当たって上空へと吹き上がります! そして吹き上がった炎をバックにポーズをとってキメ!
これこれ! これがやりたかったのですよ! まるで戦隊ものの登場シーンです!
映えます、映えますよこれは! カメラを前方に設定してさっそくインスタにアップです!
崖のさらに上の方から細く、しかし勢いよく炎が噴き出しました。あそこが空気穴だったのでしょう。続いて岩の崩れる音が地の底から数度響いてきました。全体が埋まったわけではないでしょうけど何か所か崩落したようですね。
「やったか?」
「今の爆発じゃさすがに生きてないだろ……」
「まあ爆発はおまけです」
爆発の熱や衝撃にはそれほど期待していません。換気が悪いと思われる洞窟の中の酸素を燃焼に使わせるのが目的です。
さっきの【走査】で洞窟の容積はだいたい3,600立方メートル弱であることがわかっています。空気中には酸素が21%含まれているので洞窟内には750立方メートルの酸素があるということですね。実際には換気の悪い洞窟内でゴブリンが呼吸しているわけでもっと低いでしょうけど。
C2H4 + 3O2 → 2CO2 + 2H2O
ですのでエチレンの燃焼には3倍の体積の酸素を必要とするわけです。この場合186.666×3で560立方メートルですね。さっきの爆発でエチレンが完全燃焼したとすると残りの酸素は190立方メートルですので、洞窟内の酸素濃度は5%ちょいまで低下したことになります。そして生物は酸素濃度が6%以下の大気を呼吸すると一発で昏倒、6分以内に救命措置を取らなければそのまま死亡します。
「つまり……どういうことだ?」
「洞窟の中のゴブリンどもは一網打尽で窒息死したというわけです。めでたしめでたし」
「な、なるほど」
しかしアレですね、危険を冒すと書いて冒険ですのに、ボクが魔法を使ったら危険も何もなくて冒険になりませんね……。ボクは冒険するために旅に出ましたのに。悩みどころです。
「しかしまさか本当にゴブリンの群れを一人でやっちまうとはな……まさかここまでとは……」
「大した奴だ……」
「いやーそれほどでもありますけどもっと褒めていいですよ?」
両側からバシバシと肩を叩いてくる冒険者たちに謙遜したところを見せていたそのとき、ドスドスドスッと重い足音が洞窟の奥から響いてきました。
「おっ」
「な、なんだ?」
おやおや、もしかして生き残りがいましたか?
巨大な影が洞窟から躍り出ました。
チリチリに焦げたでっかいゴブリンが転げ出して地面につっ伏し、口と鼻を押さえていた両手をどけて大きく息を吸い込みました。
とっさに息を止めて窒息を免れたのでしょうか? 一呼吸でもしたらナンマイダですのに根性入った奴です。
「グオオオオオオッ!!!」
そして天を仰いだデカゴブリンがデカい声で吠え──
「ゴ、ゴブリンキング……」
冒険者の恐怖する声が後ろから聞こえました。