1.36 楽しい化学の実験室
「よし、決めました」
方針を決定しました。
「わかってくれたか」
「じゃあ帰ろう」
冒険者たちはほっとした様子で元来た方へ帰ろうとしました。
「ギィエエエーッ!」
ちょうどその時、さっきの生き残りのゴブリンが大騒ぎしながら戻ってきました。二人と広場のゴブリンたちの目が大げさに両腕を振り回しながら駆け戻って来たゴブリンの方を向きました。
目が離れた隙にやっちゃいましょう。
【実験室】という魔法があります。アイテムボックスの拡張魔法で、ボックス内の物質に変更を加えることができるのです。
ではまず【実験室】に森から持ってきたカーボンブロック200kgをチャージします。次にこのブロックを魔法で200万等分して針のように尖らせます。さらに魔法で圧力と熱を加えてダイヤモンドに変換します。
こうしてできた0.5カラットの針状ダイヤモンド200万個を大気中に放出、風の魔法で作った超高速回転する二つの竜巻に乗せて叩きつけてやります!
食らうです風魔法【ダイヤモンドストーム】を!
左の竜巻をダイヤモンドごと左回転!
右の竜巻をダイヤモンドごと左回転!
そのふたつの竜巻の間に生じる圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙です!
「ギェエエエエエエエ!」
「アオオオオオオオ!」
「ギャァア──ッ!」
竜巻が風を切る轟音が、湧き上がる汚い悲鳴を飲み込みながら右へ左へと動き回ります。竜巻を見て喜んで駆け寄った子供のゴブリンが真っ先に巻き込まれました。ダイヤモンドの嵐は子ゴブリンの皮膚も肉も骨もサクサクとゴボウのささがきよりも簡単に削ってしまいます。一瞬の悲鳴を残した子ゴブリンは赤い霧となって爆散しました。それを見て逃げようとした他の子ゴブリンたちが次々に竜巻に吸い込まれ、ダイヤモンドのミキサーでふわふわムースの微粒子に加工されて切り開かれた森の土地にまき散らされてゆきます。次いで悲鳴をあげたメスゴブリン目がけて竜巻を移動させて子供の後を追わせ、絶叫しながら無意味に立ち向かおうとしたホブゴブリンもミンチよりひでーありさまへと成り果てました。
「な、な……」
「なんじゃこりゃあああ!」
冒険者たちが突如現れた竜巻に目を剥きました。
「ダイヤモンドを竜巻に混ぜ込んでやったのですよ。ダイヤモンドの微粒子を風に乗せて吹き付ける魔法【ダイヤモンドブラスト】の応用です。そっちは硬質素材の表面加工に使う魔法ですけどボクの魔力で生物に向けてぶっ放せばご覧の通りの威力です」
広場にいたゴブリンたちが消え去りましたので竜巻を解除します。巻き上げられた血肉や砂塵が静かに舞い降りてゆきます。20m四方の地表を嘗め尽くしたふたつの竜巻が通り過ぎた後は木の切り株もメスゴブリンが腰かけていた岩も当のゴブリンたちも一切合切が粉砕されて綺麗な更地となっていました。
森の資源の穀潰しでしかないゴブリンたちですが、こうして肉を耕されることでやがて発酵して肥料となって、その生の終わりにようやく何かの役に立てるというものです。
更地を前にして腰を抜かしてへたり込んだ一匹のゴブリンがおしっこを漏らしています。あ、マーカーついてます。さっき逃してやったゴブリンですね。また生き残るとは命冥加なやつです。
ボクはぴょんと前に飛び出して、魔法で速度を調節しながらゆっくり着地しました。後を追いかけて冒険者たちがロープを使って器用に滑り降りてきます。
「お前すごいことするな」
「ビビッたわ」
いやー魔法は大したことないのですけどね。エルフなら誰でもできます。それよりロープで降りるのってレンジャーみたいでかっこいいです……せっかくロープの魔法使えますのに。ボクもそっちにすればよかったです。